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介護・看護・リハビリ 2022-04-09

ご利用者さんやそのご家族の心に寄り添うケアを/介護リレーインタビュー Vol.35【保健師・看護師 馬坂陽子さん】#1

介護業界に携わる皆様のインタビューを通して、業界の魅力、多様な働き方をご紹介する本連載。今回お話を伺ったのは、「社会福祉法人 春光福祉会 にしおおい訪問看護ステーション」の管理者であり、保健師・看護師として活躍する馬坂陽子さん。

前編では、馬坂さんが訪問看護の道に進んだきっかけや、それにまつわるエピソードを伺います。

本当は心理カウンセラーになりたかった!
実習で終末期の患者さんと出会い、看護師の道へ

――初めに、馬坂さんが看護師になったきっかけを教えてください。

実は私、初めは心理カウンセラーになりたかったんです。でも大学受験で浪人していた時、周りから「せっかく浪人するなら看護師を目指したら?」と言われて。祖母が看護師だったのもあり、ちょっと迷ったんですよね。最終的には大阪府立看護大学(現大阪府立大学)看護学部看護学科に入学したんですが、その時もまだ看護師になりたいとは思ってなくて、保健師を目指していました。

――そうだったんですね! そこからどんな気持ちの変化があって、看護師を目指したんですか?

実習で終末期の患者さんを担当することになったんです。がんを患っていた女性だったんですが、初めて終末期の患者さんを担当して、彼女は後余命数週間だったと思うんですが、告知されていなかったんですよね。家に帰って子どもに会いたいって言ってたけど何もしてあげられなかった。何かもっとしてあげられることはなかったかなって、ずっと考えてしまって……。その時、がん看護や終末期医療に興味を持ちました。地域全体を診る保健師ではなく、一人一人にアプローチする看護師の方が自分に合っているかもって。それが看護師を目指すきっかけですね。

初めての配属先は精神科。
当時はもどかしかったけど、
看護の真髄である「観察力」が培われた!

――大学卒業後は何科に配属されたんですか?

精神科です。当初、周りの友人はどんどん手術などの高度医療の患者さんを担当してカタカナや英語が飛び交っているのに対し、自分は希望していない科に配属されて、スタートが遅れた!って焦っていましたね。

でも、精神科で学んだことが今すごく生きているなって思います。例えば、手術を受ける患者さんって、術後は劇的に良くなるじゃないですか。でも精神科の患者さんは、「昨日に比べて今日は少し良くなって……る?」とか、「ちょっと表情が柔らかくなった……かな?」とか、小さな変化を診ていかないといけないんですね。それって、すごく観察力が磨かれるんです。それこそ看護の真髄というか、とても勉強になりました。

――看護の真髄……確かに。その後は?

婦人科に配属されました。やっと希望していた終末期医療に関わっていくんですが、辛いことも多かったですね。目の前で若い女性とか、お子さんがまだ小さいお母さんとかが、がんで亡くなっていくんです。本来そういう方には、化学療法や手術などの治療と精神的なサポートを両立すべきなんですが、大学病院って思った以上に忙しくて、メンタルのケアまで手が回らず……。せっかく精神科で学んだことが生かせず、ただただ悔しかったです。もっと内面にアプローチしたケアをしたい、少しでも不安を取り除いてあげたいと思って、25歳で大学病院を辞め、私立病院のホスピスに転職しました。

――そこではどうでしたか?

緩和ケア病棟だったので、入院されているのはがん終末期の患者さんばかり。最期の終の住処として来られているわけなので、「少しでも楽に、痛みなく、幸せな最期を迎えられるように」という方針にはやりがいを感じていましたが、ここはここでなかなかハードで……。大学病院とはまた別の忙しさというか、私立病院ならではのシフトというか。きっとその時に対応できるスタッフの状況だったりタイミングだったりなんでしょうけど、なにせ夜勤が多くて。夜勤が7〜8回あることもありました。

――昼夜逆転しちゃいますね……。

一緒に働いていた先輩には、緩和ケア認定看護師やがん性疼痛認定看護師などの専門知識を持った人も多くいて、すごく勉強になる現場だったんですけどね。25歳の自分にはまだまだ勉強不足だったし、シフトの過酷さもあって、結局2年弱で辞め、大学病院に戻りました。

「どうしても家に帰りたい!」
自宅での最期を希望する患者さんと出会い、
在宅医療・訪問看護に興味を持った

――もともと勤めていた大学病院に戻られたんですか?

いえ。どうせ行くなら!と、京都大学医学部附属病院に行きました。ここでも婦人科に配属されたのですが、改めて学ぶことが多かったですね。大きな研究機関なので治験の患者さんも多くて、高度な医療を間近で見ることができました。

――印象的なエピソードはありますか?

そうですね、私が在宅医療に興味を持ったきっかけになるのですが、終末期で入院していた患者さんで「どうしても家に帰りたい!今すぐ帰る!」と言って実際にお家に帰られた方がいました。

――なんと!大丈夫だったんですか?

私も同行して救急車でご自宅まで送ったのですが、「こんな何の設備も整っていない普通のお家で、安らかな最期を迎えられるの⁉︎」と心配になったのを覚えています。もちろん訪問看護師に引き継ぎをしましたが、とはいえ入院時のような高度な医療や技術は受けられないし、24時間そばにいるご家族には専門的な知識がないわけで……、本当に大丈夫なのか?と。引き継いでしまったのでその後はわからないですが、ずっと気になっていましたね。

――それで訪問看護に?

はい。と言っても、それがきっかけというのはあとから気づいた話で(笑)。
ちょうどその頃、大学院で勉強したいなと思っていたんです。それを教授に相談したら、「大学院に行って、何を勉強したいの?」と言われまして……。そこで初めて、自分の目指す分野がまだ定まっていないことに気づいたんです。その時、先ほどの患者さんを思い出し、まずは在宅医療の現場で実際に働いてみよう、と。

――そうだったんですね。実際の現場はどうでしたか?

家で人が亡くなるって、こんなに穏やかなんだ!と驚きましたね。穏やかな最期のためにできることは、医療で楽にするだけじゃない。自分の好きなものに囲まれていたり、落ち着く環境で過ごすことが患者さんの痛みや不安を減らしているんだ、と。

――精神的な面って、大きいんですね。

はい。でもその裏で、ご家族が24時間サポートしているんですよね。もちろん医療知識なんてない中で、ちょっとした変化に一喜一憂しながら懸命に支えているんです。いくら家族とはいえ、医療従事者じゃない人が最期を看取ることの難しさを目の当たりにしました。在宅医療には、患者さんのサポートだけでなく、そのご家族のケアも欠かせないな、と。だからこそ、自分はそこにしっかりアプローチしようと決めました。


たくさんの患者さんとの出会い・別れを経験して、訪問看護師を目指すことになった馬坂さん。「もともと看護師になるつもりはなかった」とおっしゃっていましたが、患者さんやそのご家族に誠心誠意尽くしている姿を見ると、看護師になるべくしてなった方だという気がします。

後編では、訪問看護の働き方や管理者としての思い、今後の目標などについてお話を伺います。

取材・文/児玉知子
撮影/喜多 二三雄

Information

社会福祉法人 春光福祉会
住所:東京都品川区西大井2-4-4
TEL:03-5743-6111

 

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