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コラム・特集 2015-12-18

『岸辺の旅』湯本 香樹実作 文春文庫

今月読んでおきたい!評判のドラマ&映画の原作本

死者の夫と、生者の妻の別れの旅路。旅そのものが切なくて、キュンと琴線に触れること多数。そして、得がたい旅の思い出が残されるような読後感。

「思わずグッとくるラブ・ストーリーとかないですか?」

と、たまに聞かれる。もちろん、本の話である。相手は気軽な質問のつもりなんでしょう。しかし、「えーっ! それを私に聞きますか?」と構えてしまうもんです。だって、下手な本を紹介しようものなら、あの人の恋愛の趣味ってこんな?とか思われない? とにかく、つい自意識過剰気味になってしまう質問じゃあないですか?

そんな時の、これぞという手持ちの一冊が、湯本香樹実作『岸辺の旅』である

岸辺の旅

タイトルからして旅情を誘うが、その通りに、ある夫婦が長い旅に出る物語である。しかし、設定は普通ではない。夫婦は、生きている妻・瑞希(みずき)とすでにこの世の者ではない夫・優介の組み合わせ。3年前に、突然失踪した夫・優介は、どこかの海に身を投げ自らの命を絶って、カラダを蟹に食われて骨のひとかけも残っていない死者である。そんな彼が、ある日、肉体を持って、消えた日と変わらぬ姿で、妻のもとに戻ってくる。

そして、言うのである

「さあいそいで。夜が明けきってしまう」「したくするんだ」「でかけよう」

ふたりはそうして、夫が死後にたどってきた旅路をそのまま逆に戻ってゆく旅にでる。旅は、美しい場所を転々とたどるが、ふと切なくなって、エンディングはやるせない。これこそ「思わずグッとくるラブ・ストーリーではないか!」と、案外自信満々でおススメしたりするのである。

映画があんまりよかったんで『岸辺の旅』読みました

岸辺の旅

本書が初めて書店に並んだのは、2010年。たしか、その友人には文庫化された2012年ごろに、おススメしたのだけれど、結局、2015年の今年になってやっと読んだってことなのね? 映像のチカラって、本当にすごいです。

小説を読むって、文字を追いつつ、自分の頭の中に映像を繰り出してゆく作業でもある。この作家の紡ぎ出す物語は、繊細で美しい描写が持ち味で、読者は、独自の映像をココロの内に映し出しながら読み進む楽しみがあると思う。加えて、そこにプロのチカラを結集して作った映像、映画「岸辺の旅」を重ねて読み進むのは、もっと楽しいかもしれない。友人は、普段あまり本を読まない人だけど、この作家の本をもっと読みたくなったと言う。

物語は、不安で、悲しく、切なく。気がつけば、いつしか、ひっそり息をつめるように読でいたんだそうだ。そして、やるせないエンディングが、苦しかった。だけど、それは、ある種の優しさを纏った苦しさで、あとで思えば、快感だったとまで言っていました。おおっ! すごい、読みっぷりですっ!

死者と生者が、不都合なくこの世を旅するという設定は、ただひたすらにファンタジー

もちろん、そうだと知って読み進むというのに、どことなくリアリティを感じてしまう仕掛けがちょっと素敵な物語でもある。その多くは、優介が何かを食べるシーンの巧みさだろうか。そもそも、突然、彼が妻の前に姿を現した時、妻・瑞希は、白玉を淡々と作っている最中だった。優介は、それを美味しそうに食べるのである。その後も、旅で留まる場所には、かならず、美味しい食べ物が登場する。

たとえば、港町の小さな新聞販売店で数日過ごし、先へ旅立とうとする日に饗された大きな赤い魚の鍋。ほろほろになった魚の身は、大量の大根おろしと醤油をつけて食べ、最後は、だしの効いた汁でおじやを作るのである。

たとえば、小さな公園に面した中華料理店の餃子。優介が、毎日器用に包んでいたそれは、皮がもっちりしているのに、かりっと焼けてて、中から脂がじゅうっと出てくる…と、もう想像だけで美味そうだった。

素泊まりの安宿で、優介が淡々と食べた長さ30センチほどの大きなロールケーキ。

山のなかに突然現れた集落の古く大きな家では、ごく普通の夕食…玄米ご飯と玉ねぎの味噌汁、魚の干物、凍み豆腐と野菜の炊き合わせ…を、ゆっくりよく噛んで食べていたのも、死者であるはずの優介である。

生と死が、矛盾なく一緒に存在するという、ありえない設定と思っていたけれど、ホントはこの世のどこかで普通に起こっていることなのかな?いつしか、そんな風に思えてしまうのは、やっぱり、もう死んでいるのに、日々、何かを食べて普通に暮らす優介という存在のせいである。

だから、途中、優介が「飛行機が落ちるときって俺のようなのが一定数以上乗っている時」のセリフに当たって、「そうなんだ!気をつけなくっちゃ」などと真面目に思ってしまった。

湯本香樹実さんは、寡作の作家

一度、この作家のファンになってしまった読者は、いつも新しい物語を、長く、じっと待つことになる。待ちきれなくなったときは、書棚の奥から、一度は読んだ一冊を探し出してきて、同じ物語を読むことにもなってしまう。

しかし、それもこの作家の味わい方のひとつ。優れた物語がそうであるように、この物語も読むたびに、読者の状況によって、読後感は、不思議なくらい変化してしまうのです。

大切な人との別れは、こんな旅が用意されていたらいいのに

例えば、私のいちばん最初の読後感は、もちろん、辛く悲しいラブ・ストーリー。けれど、読み返すうち、あれだけ切なく悲しいと感じた、エンディングに至る旅路の印象が変わってゆきます。たとえば、何度か読んでの私の読後感は、大切な人が逝くならば、こんな別れの旅が用意されていたらいいなと変化しました。

人が亡くなったあと、たとえば、仏教では、49日、一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌と、弔いの行事が行われるけれど、そのいずれかが旅のカタチだったらいい。恋人や夫婦に限らず、親や子や、友人や…この世で大切に関わった特別な人が逝ったのち、ある日、その人が、この世に肉体を持って現れて、一緒に弔いの旅ができたらいい。死の悲しみを乗り越えようとか忘れようとかするのではなく、受け入れられるように。そして、死をきっかけにして、その人をさらに深く理解できるように。ああ、でも、それだって、「究極の愛の話」、ラブ・ストーリーの読後感なのかもしれませんね。

文・写真

タオミチル ブックレビュアー

ブログミチル日々・本を読むhttp://michiruhibi.com/category/book/でも、本のレビューを更新中。

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