トップ

『昨夜のカレー、明日のパン』 木皿泉 著 河出文庫/『きえもの日記』高山なおみ 著 河出書房新社

今月読んでおきたい!評判のドラマ&映画の原作本

若くして夫を亡くしたテツコと、亡き夫の父であるギフ(義父)とのゆるやかな暮らしと、それをとりまく人々が織りなす物語。何かに囚われてどうにもうまくいかない…なんて時に紐解いてほしい。物語には、そこから解き放たれるための魔法のコトバがちりばめられています。

皆さんの、辛いときの対処法って、どんなです?

仕事仲間や隣人、友人、近しい人となんとなくうまくいかないとか。シゴトにやりがいが感じられない、なんだか失敗ばっかり。転職したいけど、ちょっと不安とか?なんだか、意味も分からず鬱っぽい!……etc。

もう、こんなコトって、実は、みんな共通して持っている悩み。えっ? いつも幸せそうなあのひとも?たぶんそうだと思いますよ。だけど、そう見えるひとは、ここぞというときの対処法を知っているのかも。

僭越ながら私の場合は、うまいモノを食べて、風呂に入って、とりあえず寝る(笑)。うーん、ぜんぜん参考にならないかぁ。

そして、落ち込んだときに、読んだら、少し泣けて元気になった一冊というのを知っているコトでしょうか。

『昨夜(ゆうべ)のカレー、明日(あした)のパン』は、辛いときのお守りのような一冊です。

昨夜のカレー、明日のパン

といったら、未読の友人知人に不信顔を向けられました。でも、読んだことがある人は、一緒に「うんうん、そうだよね」とうなずいてくれる。

文庫バージョンの解説を担当した作家の重松清さんだって、<『昨夜のカレー……』とは、ひいては木皿泉ドラマ全般を貫いているのは、「発見と解放の物語」なのではありませんか--?>とその解説の中で言っています。

「発見と解放の物語」かぁ。さすが作家は洗練された表現を思いつくものです。

でも、ホントにそうだと思います。この物語の登場人物たちは、それぞれに出口の見えない悩みや苦しみに囚われて、ある時<そうか!>と出口を見つけ、<そうゆうことでいいのじゃないか!>と解放される。

読者は、その登場人物たちに寄り添って、一緒に、「それで、いいんだよね」とうなずきつつ、自分のココロのつまりみたいなものも溶かしてゆく。

日々くだらない(自分にとっては大事な)悩みや、小さな(個人的には重大な!)苦しみにとらわれている読者ならば、もうこの物語を読むたび、<だいじょうぶだよ>とやさしく言われたような気分になって、涙するはず。もちろん私もそうでした。

そして、その涙は、「悲しみの涙」ではなく、何かからの「解放の涙」なのです。

『昨夜のカレー、明日のパン』は、シナリオライター木皿泉の書いた処女小説

著者の木皿泉さんは、和泉務(いずみつとむ)&妻鹿年季子(めがときこ)夫妻のユニット名。そして彼らは、気鋭の脚本家です。

代表作は、第22回向田邦子賞を受賞した『すいか』や第47回ドラマアカデミー賞で最優秀賞作品等6部門を制覇した『野ブタ。をプロデュース』の脚本など。と言ったら、「あっ!あの!」と思う方も多いと思います。

そして、この物語ももちろん、著者自らの脚本で、2014年10月、仲里依紗さん主演で、NHK BSプレミアムでドラマ化され人気を呼びました。

その後、NHKのこの種のドラマではけっこう珍しいDVD化(大河と朝ドラ以外は、そうとう厳選されている気がする)、そして2015年8月には再放送もされました。

一方、小説『昨夜のカレー、明日のパン』も2014年の「本屋大賞」の第2位に輝いたりして、読書⇒テレビ視聴、テレビ視聴⇒読書という相乗効果も生んだみたい。おかげで、2016年に入って、待望の文庫化がなされ、文庫には、書き下ろし短編「ひっつき虫」が新たに収録されて、もうこれはオトク以外のなにものでもないってコトで、ここにご紹介する次第なのです。

小説だというのに、付箋がいっぱい立って、たぶんこのまま何度もそこを読み返しそう。

昨夜のカレー、明日のパン

物語は、7年前、25歳で死んだ一樹(カズキ)の遺された妻・テツコが主人公。なぜだか、彼女は、その後も一樹の父・ギフ(亡き夫の父親だから義父=ギフ。寺山連太郎という立派な名前があるんだが……。)と、ずっと一緒に暮らし続け、その日常で交わされるテツコとギフのコトバの数々がなんとも素敵なのです。

実は、この本はドラマを先に観て、それがあまりにも面白かったので原作を読む。という、普段と逆のパターンをとりました。ドラマの楽しみをもう一度という気軽な読書のつもりが、何度もハッ!として、グッと涙が出そうになったコトバに遭遇。読了したら、いつのまにか、こんな風に付箋がいっぱい立っていました。

試しにいちばん最初の付箋はなにかな?と見れば……。

やっぱり、テツコとギフの会話の中のギフのセリフでした。

「自分には、この人間関係しかないとか、この場所しかないとか、この仕事しかないとかそう思い込んでしまったら、たとえ、ひどい目にあわされても、そこから逃げるという発想を持てない。呪いにかけられたようなものだな。逃げられないようにする呪文があるなら、それを解き放つ呪文も、この世には同じ数だけあると思うんだけどねぇ」(P23)

ああ、「解き放つ呪文」かぁ、そうだよなぁ。そして、今日から、この一文は、わたしのここぞというときの解放の呪文だっ!と思って、付箋をペタッと貼ったのでした。

といった風に、ささやかな日常をコミカルで軽快に、時々切なく描いた物語のそこここに、こんなコトバが埋め込まれ、読者である私は、それを自分のモノにしようと躍起になって付箋貼りしたというわけです。

これから、いざというときは、布団に入って、一人静かに、この付箋の前後数ページを読んで、また泣いて、ちょっと疲れてぐっすりと寝て、そして元気になってやろうという魂胆。

そんな風に、本書は、読者のココロに寄り添ってくれる物語かと思います。

ドラマは、お料理のシーンも人気の秘密だった。そのメイキング的な一冊があります。

きえもの日記

ドラマで、料理監修を手がけているのは、料理研究家の高山なおみさん。彼女が、テレビドラマ『昨夜のカレー、明日のパン』に登場する料理を手掛けた舞台裏を詳しくつづった一冊が『きえもの日記』です。

実は、テレビドラマのタイトルバックや劇中に登場する料理も気になりまくる存在感でした。

もちろん、本で読む物語のほうも、食べ物に関して丁寧な描写が多く、たとえば、冒頭からして「焼売(しゅうまい)にビール」が登場。

「それって、どんな風な焼売で、何をかけて食べているのかなぁ?」と気になったのは、おそらく高山さんがアレンジした料理の影響でしょう。

そのほかにも、「炒った銀杏」、「即席ラーメンに落とした卵」、「みそおでん」に「串カツとビール」などが、それぞれここぞというタイミングで登場し、読んでいるこちらは、語られるセリフにやられながらも、おなかもすくという具合。

どんなに元気がなくとも、落ち込んでいても、おなかがすいたと思わせてくれる物語って、読み手のココロまで豊かにしてくれるものだなぁと思う。こんなところも、この物語の魅力です。

そして、その魅力を、高山なおみ著『きえもの日記』はさらに輝かしいモノにしてくれています。

考えてみれば、『昨夜のカレー、明日のパン』という物語は、その強い魅力でもって、読者、テレビドラマ、料理……と、さまざまな要素をひきつけ、奇跡のコラボレーションを成し遂げてしまったみたい。

それほどのパワーをもっているからこそ、読者の何かを「フッ!」と解放してくれる物語たりえているのかもしれません。

文・写真

タオミチル ブックレビュアー

ブログミチル日々・本を読むhttp://michiruhibi.com/category/book/でも、本のレビューを更新中。

この記事が気に入ったら
いいね!してね

トップ
この記事をシェアする

編集部のおすすめ

関連記事