越えられなかった月の売上200万円の壁。オンラインサロンが転機になり、売上大幅アップに成功【美容師 中澤俊夫さん】♯1

吉祥寺、国分寺、立川など、西東京エリアにてヘアサロン「shell」「tokute」、ネイルサロン「Ada」、ネイル+アイラッシュ併設型「sofa」など、計7店舗を展開する株式会社Link up。その代表を務めるのが中澤俊夫さんです。

独立前に3社を経験した中澤さん。1社目で美容師としての基礎を築き、2社目ではクリエイティブな表現に挑戦。その後、売上にこだわりたいと、3社目への転職を決意します。そこでは月の売上が100万円を突破するという一定の成果を上げられたものの、200万、300万円のラインにはなかなか到達できず、壁にぶつかったそうです。

そんな中澤さんの大きな転機となったのが、美容業界でも先駆者的な存在の美容師が主宰するオンラインサロンへの参加でした。単発で参加する外部セミナーとは異なり、リアルタイムで技術や数字、集客ノウハウを学べる環境があり、毎日の仕事にすぐに活かすことができたといいます。

結果として約2年で月の売上300万円を突破し、店長昇格のチャンスもつかんだとのことです。

お話を伺ったのは…

中澤俊夫さん

株式会社Link up 代表取締役社長

茨城県出身。小学生のときに通った美容室で、くせ毛を活かしたスタイリングをしてもらったことがきっかけで、美容師になることを決意。作新理容美容専門学院卒業後、東京の美容室を3社経験。2019年に独立し、株式会社Link upを開業。「shell吉祥寺店」を皮切りに、東京西部のエリアに多店舗展開を進め、現在は 「shell」、「tokute」(ヘア)、「Ada」(ネイル)、「sofa」(ネイル+アイラッシュ)など4ブランドで7店舗を運営。会社のパーパスである「未来の幸せを創る」を軸に、顧客第一はもちろん、スタッフが何歳になっても人生のピークを更新できるような環境づくりにも力を注いでいる。

Nakazawa’S PROFILE

お名前

中澤俊夫

出身地

茨城県

出身校

作新理容美容専門学院

趣味や休みの日の過ごし方

映画鑑賞

憧れの人

担当させていただいている、飲食店を経営されているお客様

インスタグラム

大変なことがあっても、未来だけを見ていた新人時代

これまでの美容師生活を振り返る、中澤さん

――独立前に3社の美容室を経験されたとのことですが、1社目はどのようなサロンだったのですか。

1社目に所属したのは、関東だけでも100名以上が新入社員として入社する、全国展開の大型サロンでした。会社の規模が大きいほど、将来の可能性が広がるのではないかと考えて志望したんです。またこの会社では社内に8ブランドほどを展開しており、撮影などクリエイティブな活動もできるブランドがありました。僕は元々、専門学校時代もヘアショーなどクリエイティブな活動に力を入れていたので、その点も魅力的に感じました。

――では、クリエイティブな活動ができるブランドへの配属を希望されたのですか?

いえ。そういったブランドは、アシスタント期間が7~8年と非常に長く設定されていたため、まずは美容師としてサロンワークの経験を早く積むべきだと考え、3年ほどでスタイリストデビューが可能なブランドを選択しました。実際、僕は2年ほどでスタイリストデビューすることができました。

――そうだったのですね。初めて美容師として働き始めたとき、どのようなことを感じましたか。

とにかくがむしゃらにがんばっていた時期だったと思うのですが、毎日が本当に楽しかったです。今振り返ってみると労働環境は決してよいとはいえませんでしたが、自分が憧れていた仕事に就けたことが何よりうれしかったですね。

また同じ店舗に5人の同期がおり、仕事もプライベートも共に過ごしていたことも、毎日が充実していた理由のひとつだと思います。元々の性格的な部分があるかもしれませんが、大変なことがあっても、それを「辛い」とネガティブに受け止めるのではなく、常に未来を見ていました。「この先、もっとこういう仕事がしたい」と夢を描くことも多かったので、楽しさの方が上回っていたのだと思います。

――そこまでポジティブに捉えられるのが素晴らしいです。

そもそも自分の人生をまるでRPGのゲームのように捉えていた節があります。当時はできることは少なかったですが、自分が成長し、レベルアップしていけば、できることも可能性も広がっていくと信じていました。

そうした気持ちがあったからこそ、当時の苦労も成長へのステップだと受け止められました。若いうちに苦労して経験を積んでいなければ、将来もっと苦労するのではないかと思っていたので、その大変さにむしろ安心感すら感じていたのかもしれません。

また僕は負けず嫌いでもあり、「誰よりも早くデビューして売れっ子になりたい」という思いが大きな原動力でした。実はカリキュラムの最初にあるシャンプーチェックでは同期のなかで合格が一番遅くて、その悔しさから「カットのカリキュラムでは絶対に負けたくない」と意気込んでいました。もしチェックに落ちてしまったとしても1週間後のチェックでは必ず受かるということを意識していましたね。

さらに挑戦を続けたい気持ちから、2度の転職を経験

美容師としてのキャリアを積み重ねるなかで、さらなる成長を求めて転職を決意した中澤さん

――その後、2社目のサロンに転職されているということですね。

はい。1社目のサロンである程度のサロンワークを経験させてもらい、クリエイティブな活動にも挑戦したいと考えました。しかし1社目のサロンではクリエイティブな活動もできるブランドに異動する際、スタイリストとしての経験があっても、再びアシスタントからのスタートを切らなければなりませんでした。アシスタントは7〜8年の期間が必要なため悩んでいたんです。

そのタイミングで、すでに退職されていた先輩から、クリエイティブな活動に力を入れているサロンを紹介していただき、転職を決意しました。そこではシーズンスタイルのブック制作などを行っており、各店舗から1名ずつ候補者が選ばれ、作り上げたスタイルが評価されれば雑誌にも掲載されるという仕組みだったんです。私も何度か候補として選ばれましたし、トレンドの勉強会もあり、さまざまな経験を積むことができました。

――3社目に転職した理由は?

20代後半となって将来について考える機会が増えるに連れて、自分の市場価値を高め、キャリアアップしたいという思いが強くなってきたからです。当時所属していた2社目のサロンはチーム中心で物事を進める社風だったため、個人の力を試してみたい、自分の売上にこだわってみたいと考えるようになり、3社目への転職を決意しました。

転機となった、オンラインサロン。さまざまな学びを吸収

美容師人生のなかで経験したもっとも大きな困難は、3社目で経験した売上の壁だったという

――3社目のサロンに入ったあと、売上を上げるという目標を叶えることはできましたか。

それが、案外難しかったんです。月の売上が100万円を突破するまでは比較的スムーズだったのですが、そこから先の200万円、300万円の領域にはなかなか到達できず、しばらく足踏み状態が続いていました。

――どのようにしてその壁を乗り越えたのですか?

当時、美容師の木村直人さんとエザキヨシタカさんが主宰していた「マルチバース」という、美容師向けオンラインサロンに参加したんです。今では美容師が運営するオンラインサロンが多数ありますが、当時はその先駆けとして注目されていました。ここへの参加が僕にとっての大きなターニングポイントとなったんです。

それまでも月に1、2回ほど外部講習に参加することはあったのですが、オンラインサロンでは毎日更新される新しい情報に触れることができて、学びの機会が日常的になりました。売上や技術、マーケティングといった分野に強い美容師さんたちが在籍していて、自分の疑問に対してすぐに回答が得られる環境だったため、毎日の仕事にすぐに活かすことができましたし、トライ&エラーを繰り返すことができたんです。

また、オンラインサロンから刺激を受けて、サロン外での発信活動にも意識的に取り組むようになりました。スタイル撮影、ブログ、予約サイトなどで、培ったノウハウを実践。リピートの増加や集客効果にもつながっていきました。

こうした取り組みを約2年間継続することで、月の売上は300万円台に到達することができました。その実績を評価され、33歳で店長に昇進する機会をつかむこともできたんです。


後編では、独立後のお話について伺います。売上や店長としての成果が評価され、FC店での独立のチャンスをつかんだ中澤さん。しかしさまざまな意思決定に時間がかかることなどを懸念し、最終的には自分で会社を立ち上げ、独立することを決意します。

その後オープンしたサロンは、中澤さんが美容師として歩んできたキャリアのなかで感じ続けてきた、業界の慣習への違和感や美容師の理想像を明確に反映した設計となったそうです。

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tokute高円寺
住所:東京都杉並区高円寺南3-46-10 VORT高円寺南5F
TEL:03-5929-9191

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