力を抜くことの大切さを伝えたい!【もっと知りたい!「ヘルスケア」のお仕事Vol.137/村上鍼灸院 院長 村上真人さん】#2
ヘルスケア業界のさまざまな職業にフォーカスし、その道で働くプロのお仕事の魅力や経験談を語っていただく連載企画『もっと知りたい! ヘルスケアのお仕事』。
前編に続いて、村上鍼灸院の院長、村上真人さんにお話しを伺います。
前編では、日本を代表するロックバンド『ラウドネス』のドラマー、樋口宗孝さんの付き人からミュージシャンになり、IT関連の企業勤務を経て鍼灸師を目指したいきさつを中心にご紹介しました。後編では、「脱力」の大切さを痛感した出来事、コロナ禍のまっただ中に開業したこと、治療院のコンセプトに「脱力」を取り入れたことなどを語っていただきます。
お話しを伺ったのは…
村上鍼灸院
院長 村上真人さん
日本を代表するロックバンド『ラウドネス』のドラマー、樋口宗孝氏の付き人を経てドラマーに。その後IT関連企業に勤務。適応障害の発症を機に鍼灸に興味を持ち、国際鍼灸専門学校へ進学。卒業後は「鍼灸の世界」の著者、呉澤森氏のもとで2年間修業する。自宅開業を経て、‘20年より神田須田町に鍼灸院を構える。
ドラムの練習に力を入れすぎて腱鞘炎を発症!
――鍼灸師として治療院に勤める方法を選ばなかったのはなぜですか?
サラリーマンとしてIT企業に勤めていたとき、理不尽な経験もしましたし、時間に縛られるのが性に合わないことが分かりました。それにドラムの練習時間も欲しかったというのもあります(笑)。
――なるほど!
ただ、当時はドラムの叩き方が悪くて、力強く叩き過ぎていたんです。それが原因で腱鞘炎になってしまいました。
――ドラマーと言えば、力強く叩くのが一般的なのでは?
100m走を全力で走るような叩き方のまま2~3時間のライブはできません。力が入っているようで、実は力が抜けています。身体の使い方と音の関係をプロは知っているんですね。僕はその力加減を間違っていたようです。
あまりに痛くて半年くらい、思うように叩けませんでした。いろいろ工夫して、力を抜きながら叩いてみたら痛くない。しかも自分の理想に近い音が出たんです。ミュージシャンとして演奏していた頃より、今の方が上手いと思います(笑)。
その時、脱力することが大事、これって鍼でも同じことじゃないか…と気づいたんです。ドラムも治療も脱力することで、人生が豊かになると思いました。そのタイミングで、脱力Tシャツが生まれました。
――開業なさったのは、呉先生のもとでの研修が終わってからですか?
研修期間中から「お試し」的に自宅で開業してました。それからコロナ禍が始まって、患者さまがいらっしゃらなくなったんです。このまま自宅でやっていても仕方ないと思って、自宅を飛び出して開業することにしました。いつかは治療院を立ち上げるつもりでいたので、良い機会でした。結果は、めちゃめちゃ良かったです。
――他の鍼灸院と村上鍼灸院との違いは何ですか?
まずは「脱力」させることですね。脱力はこの治療院のコンセプトでもあります。身体が凝り固まっていると、上半身だけでなく足が疲れやすくなったり腰痛がひどくなったりします。その状態から、鍼とマッサージで力の抜けた状態を知ってもらう。この脱力した状態をキープしましょう…とお伝えします。
でも、これが難しい。「力を抜いてください」と言っても、なかなか抜けない方が多いですね。脱力することになれてきたら、身体を揺らして波を送ります。揺れることでリラックスしてもらうのが目的です。
自分がドラマーだったこともあって、ミュージシャンの患者さまも多いですね。声帯を酷使するボーカリストには、喉に鍼を打つことがあります。ドラマーは身体にしなりが出るように、硬くなった部分を中心に鍼を打っています。
物事をポジティブに考えることで、最高のご褒美を獲得!
――治療をしても、次回の予約が入らないケースもあります。モチベーションが下がりませんか?
もう僕自身、前向きな考え方に切り替えられたので、モチベーションが下がることはないですね。リピートしない方は1回の治療で「完治した。卒業おめでとう!」と考えます(笑)。
身体が凝り固まっていると、考え方まで「俺がやらなくちゃダメだ」とか「おまえは間違っている」とか固まってしまう。僕自身にも患者さまに対しても否定をしないようにしています。
――治療の合間にお話しもするんですか?
相談されたときには話しますが、こちらから押しつけることはありません。まず身体をほぐしてあげるのが最初です。思考の脱力には時間がかかりますから。考え方に柔軟性が出てくると、物事の捉え方も人間関係も変わります。今までイヤだなと思っていたことが、気にならなくなるものです。
僕自身が凝り固まっていて、いつもイライラしていました。人と話すのが怖かったのは、「おまえは俺を苛つかせるんじゃないか?」という不安からだったんです。自分が変わらないといけないんですよね。
ドラムの師匠(樋口宗孝さん)が亡くなり、心と身体にダメージを受け、もう生きていけないんじゃないかと思いましたけど、意識を変えることで楽しい生活を送れるようになりました。自分と同じような人を苦しみから解放してあげたい、というのも開業した目標のひとつです。
――今もドラムの練習をしているんですか?
もちろんです。腱鞘炎にかかって力を抜いたドラムの叩き方をマスターしてから、動画をアップしたんです。それがラウドネスのリーダー、高崎晃さんの目に留まって「今度の記念ライブでドラムを叩かないか」と声をかけていただいたんです。1曲くらいだろうと思っていたらなんと5曲も! 声をかけられたときから超絶緊張して、ライブが終わった後も緊張が抜けませんでしたが、これでもう、いつ死んでも悔いはありません(笑)。
――村上さんの今後の目標を教えてください。
半年先を目処に、研修生を受け入れようと思っています。一人で仕事をこなすには限界があるんですよね。雇うなら、力が入っている人がいい(笑)。働きながら力の抜き方を学んで欲しいと思っています。
村上さん流! 鍼灸師として働き続ける3つのポイント
1.ミュージシャンの経験を鍼灸に活かす
2.良い経験も悪い経験も、すべて自分にとって必要だったと考える
3.凝り固まった身体をほぐして、思考の脱力を目指す
もともとマイナス思考だったとは信じられないほど、何ごとにも前向きな村上さん。大切な師匠の死によって受けた心のダメージも、腱鞘炎やぎっくり腰など身体のダメージもすべてご自身の糧になさっている頼もしさが患者さまを惹きつけているのだと感じました。
撮影/森 浩司