「では、インタビューを始めますね」
涼花がペンとノートを取り出すと、酒居は怪訝な顔で質問してきた。
「録音は、しないんですか?」
「え!? も、もちろんしますよ。これで」
と、笑顔でスマホを酒居に向けた後、録音を始めた。
――いつ私がライターじゃないということがバレるかもしれない。バレる前に盗めることを盗んでおかないと!
涼花は自分が一番聞きたいことを、最初の質問として選ぶことにした。彼女の中で、『聞くべきことを聞いて、サロンを復興する』『バレて、コンサル料を請求されたら逃げる!』その二つは心に決めていた。だから、財布やカバンを自分のすぐ脇に置き、いつでも逃げられる態勢を整えた上で口を開いた。
「売り上げが良くないサロンの共通点ってありますか?」
その質問対して、酒居は驚いた様子を見せた。
「あれ? 今日って、そのインタビューでしたっけ?」
――!
迂闊だった。相手がセラピストの経営コンサルタントだから、その類の質問に決まっていると高を括った涼花のミスであった。
「まずはその辺りの話をして、本題はその後で……」
「あ、そうなんですね」
――なんとか誤魔化せたかも。
「売り上げが良くないサロン……んー、お客様の目線になっていないサロンが意外と多いですね」
――せっかく聞いたけど、私には関係ないか。お客さんのことは常日頃考えているからね。
涼花の想いも他所に、酒居は話し続けた。
「例えば、すごく清潔感のあるサロンで、お客様用のソファもオシャレで、物販の化粧品もすごく良いもので、物販用の棚もすごくキレイなんです」
「すごくイイじゃないですか」
「ええ、でもその化粧品が全然売れないんです」
「ええ!? なんでですか?」
「物販用の棚が、お客様の座るソファの背中側にあるからです」
「え? それだけですか?」
「はい。ソファの前に小さなテーブルを置いて、キャンペーンのモノだけでもそのテーブルの上に置けばいいんですけど。きっと、スタッフ自身がそのソファに座っていないんですよね。だから、お客様の目線がわからない」
「でも、お客さんがその化粧品をホントに欲しいと思ったら、振り返ったり立ち上がったりして見るんじゃないでしょうか?」
「本当にそう思いますか? 例えば、同僚からのお土産のお菓子。『みなさん自由に食べてね』って書いてあっても、箱が開封されていない状態だったら、開けて食べるのに抵抗ありませんか?」
「あ……」
「箱を開けて、取りやすいようにする。誰も手をつけていなければ気が引けるので、1つ2つほど取り出して、既に誰かが手をつけたように見せる。少しでも食べやすい状況を作らないといけません。無料で食べられるお菓子でさえそうなんですよ」
――確かにそうだ。
「ベッドも同じです」
「実際に寝てみるってことですか?」
「そうです。ベッドセットをしたら自分で10分は寝てみるべきです。例えばタオルの淵が当たって痛かったり、枕が低かったり、そういうところを気にするのはすごく大事なことです」
――私は、キレイにセットすることだけを考えて、実際に寝てみるなんてことはしなかった。もしかすると、私はお客さん目線になっていなかったのかもしれない。
その時、携帯電話のバイブ音が鳴った。
「ちょっと、失礼します」
酒居はそう言って電話に出た。涼花は脇にあるカバンをしっかり掴んで、逃げる準備をした。もしかすると酒居の電話の相手が本物の『ニシジマ』かもしれないからだ。
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