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ヘルスケア 2024-08-14

過酷な妊活で傷ついた心と身体を救われた…これがヨガ探求のきっかけに【もっと知りたい!「ヘルスケア」のお仕事Vol.154/ヨガインストラクター わたなべまさよさん】#1

ヘルスケア業界のさまざまな職業にフォーカスし、その道で働くプロにお仕事の魅力や経験談を語っていただく連載企画「もっと知りたい! ヘルスケアのお仕事」。

今回はヨガインストラクター・不妊ピア・カウンセラーとして女性たちの悩みに寄り添っているわたなべまさよさんにお話しを伺います。

前編では、わたなべさんご自身が妊娠を望みながら叶わなかったこと、絶望したときに毎日ヨガを続けて心と身体のバランスを取り戻したこと、ヨガの奥深さに目覚めてインストラクターの資格を取得したことについて語っていただきます。

お話しを伺ったのは…
ヨガインストラクター・不妊ピア・カウンセラー
わたなべまさよさん

10年間の妊活を経て心と身体の健康を保つことの重要性を体感。不妊に悩むカップルのためのヨガ指導とカウンセリングを行っている。さらに不妊体験者を支援するNPO法人Fineの不妊ピア・カウンセラー、宿泊リトリートや出雲大社相模分祠での女性向けヨガのインストラクターとしても活動している。

幼い頃からの夢「子どもを持つこと」を叶えるために妊活をスタート

元プロサッカー選手で今は解説者として活躍している渡邉一平さんと、二人三脚で10年にわたる妊活を経験。44歳のとき夫婦と愛犬たちとの生活を選択。

――わたなべさんが妊活に特化したヨガを教えていらっしゃるのはなぜですか?

私の妊活がきっかけです。子どものときから母親になるのが夢で、10年にわたって妊活を続けました。それでも授からなくて、担当の医師から「夫婦ふたりの生活を考えた方がいい」と言われてしまって。

――それはショックですね。

「諦める」という言葉が受け入れられなくて、ヨガを毎日やるようになったんです。

――それは妊活のためのヨガですか?

そういう特別なものではありません。会社員をしながら不妊治療を続けていたので、外出もままなりませんでした。当時はYouTubeなんてありませんでしたからDVDを観ながら簡単なポーズを20分間だけ、夜、眠る前に毎日続けました。

――何か変化はあったんですか?

3か月ほど続けていたら、生理周期が約45日だったのが30日になりました。それから今まで何をやっても妊娠しなかったのに、自然に妊娠したんです。しかも2回も! 出産までたどり着けず、流産してしまったんですけれど。

私の心と身体が劇的に変わった原因はヨガに違いないと確信して、ヨガにのめり込みました。

――妊活はどうなさったんですか?

ひと区切りつけました。10年も続けてきましたが、このまま妊活だけで人生が終わるのはイヤだなと思えるようになったんです。それなら私の経験を活かして、不妊で悩んでいる方の支援をしたいと思えるようになりました。私が変わったように、不妊で悩んでいる人が自分から変われたら、こんなに素敵なことはないですよね。

――このあたりからヨガのインストラクターを目指すことに?

最初は「ママのためのヨガインストラクター」を目指そうと思って夫に相談したら、「ママじゃないのに?説得力がないよね」と言われて。「確かにそうだな」と(笑)。

私は心と身体の両面からアプローチしたかったので、心理についても勉強を始めました。

――わたなべさんご自身も心理的なサポートを受けたんですか?

受けていません。当時の私は「子どもがいない人生=不幸」だと思い込んでいました。医者から「子どもを諦めた方がいい」と言われたときは、めまいがしたり、朝目覚めても起きられなかったり、身体に不調が出るほどボロボロになったんですよ。内科を受診すると「これはメンタルの問題だから、心療内科へ」と言われました。心療内科を受診しても、アドバイスをされるだけで救われません。もう「いなくなってしまいたい」と本気で思いました。

――当事者でないと分からないことがたくさんありますよね。

そうなんです。私のように辛い思いをしている人をサポートしたくて、いろいろ調べるうちにヒットしたのが不妊体験者を支援するNPO法人のFineです。妊活を経験した人だけがなれる不妊ピア・カウンセラーを募集していたので、1年半かけて資格を取りました。

ピアカウンセラーと同時にヨガの学びもさらに深化

ご自身の心と身体が劇的に変化したのを機に、ヨガに関する本も読みあさったとか。

――ヨガにはたくさんの種類がありますが、わたなべさんが指導を受けたのはどんなヨガですか?

最初に私が指導を受けたのは、インドの伝統的なヨガです。これをベースに女性向けのヨガと瞑想法、不妊に特化したヨガも学びました。ヨガのインストタクターは国家資格ではないので、先生方が教えている独自のメソッドを10日だったり3か月、1年かけて習得しました。今でもワークショップがあれば参加しています。

――たくさんの種類のヨガを学ばれたんですね。

私がヨガインストラクターになったのは40歳を過ぎてからなんです。「人に教えたい」という気持ちはなくて、自分の身体が変わった理由を知りたい興味本位だったんですね。でも、変わった原因はまだ分からない。そうこうするうちに、「誰かのお役に立てるかも」という気持ちが出てきました。10年も学び続けたら私もプロと認めてもらえるだろうと思って今に至ります。

――会社員はどのタイミングでお辞めになったんですか?

不妊体験者をサポートする不妊ピア・カウンセラーの資格を取って1年後くらいですね。毎日、会社に8時間も拘束されるより、自分の好きなことをやって過ごしたいと思ったので。もう妊活も止めていたからお金もかかりませんし(笑)。

――不妊ピア・カウンセラーとヨガインストラクターの2つの仕事ですね。

ヨガは誰かに教えるつもりはなかったんですが、習っていた先生から「自分の勉強のためにも、生徒さんに教えた方がいい」とアドバイスされて。最初は住んでいたマンションの集会所で教えていました。その当時はまだ会社員で、副業禁止だったこともあって場所代として200円いただいていました。

――ワンコインより安い!

「こんな私が教えるなんて、おこがましい」という気持ちがあって、本当はお金をいただくつもりはなかったんです。でもお金をいただくと責任感も出てくるから…というアドバイスをいただいて。

それに自分の声に自信がなかったんです。声というより、自分自身に自信がなかったのかもしれませんが。生徒さんたちに自信を持って教えたくて、ボイストレーナーについて、声の出し方を教わりました。

――お話を聞いていて、落ち着いた声だなと思っていましたが…?

私がヨガのインストラクターを目指していたとき、周りはほとんど20代で、すごく明るい声なんです。ハキハキしていて、自信にあふれているような印象をうけました。それに比べて私の声はトーンが低くて、通りが悪いというか。引け目に感じていたんですね。

実際にボイストレーナーに指導を受けたとき、「低くて落ちついたトーンでいいじゃないですか?」って言われたんです。ビックリしました。そういう見方があったのか!という驚きですね。

ボイストレーニングのおかげか、ヨガの生徒さんから「素敵な声ですね」とほめられるようになったんです。声に自信がついてから、いろいろな面で自分に自信が持てるようになりました。


ご自身の不妊治療から、その体験を活かす道を選択したわたなべさん。さまざまなヨガを学んでご自身の引き出しを増やしつつ、妊活のためのヨガを探求していきました。

後編では、コロナをきっかけに始めたオンラインのヨガ教室のこと、ヨガとカウンセリングを組み合わせたわたなべさんオリジナルの妊活レッスンのこと、出雲大社相模分祠で開かれている女性向けのヨガ教室のことについて、ご紹介します。

撮影/内藤健志
撮影協力/出雲大社相模分祠

Salon Data

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