訪問理美容は慈善事業ではない。お金をいただくのも大切なこと。【介護リレーvol.54/ユニバーサルBBサポート代表 半谷秀昭さん】#1
介護業界に携わる皆さまのインタビューを通して、業界の魅力、多様な働き方をご紹介する本連載。
お話を伺ったのは…
ユニバーサルBBサポート代表の半谷秀昭さん
1990年理容師免許を取得。以降2つの理容室を経て1999年に理容室「シルエット」を譲り受けて独立。2015年ごろから訪問理・美容を始める。訪問理美容サービスの充実を図るために「ユニバーサルBBサポート」を立ち上げ、代表に就任。さらに全国の障がい者(児)と理・美容師をつなぐサイト事業、特定非営利活動法人「セルフ」の理事も務めている。
前編では半谷さんが理容師になったきっかけ、訪問理美容師になったいきさつ、ユニバーサルBBサポートを立ち上げた理由などをお話いただきます。
母を含め親類6名が理容師という環境から自然と理容の道へ

(株)ベルの木の店舗だった理容室「シルエット」を譲り受けたのが1999年。以来ずっと、横浜の地で営業を続けています。
――半谷さんが理容師になったのは、何かきっかけがあったんですか?
僕が16~7歳のとき父が働けなくなり、母から「高校を辞めて働いて欲しい」と言われたんです。それでとび職、保温断熱の仕事を経験し、23歳で理容の世界に飛び込みました。母も理容師でしたし、母方の親戚が6人も理容師だったので理容師という職業が特別なものではなかったんです。
――理容師一家だったんですね。
いとこの店「ヘアーサロン310」で理容師になったものの、いとこは1年足らずでカナダへ行ってしまったんです。それで、「ヘアーサロンベルの木」に「ヘアーサロン310」と一緒に預けられた形になってしまいました。
それから5年後に「ヘアーサロンSHIMADA」に転職して、2年後に再び「ヘアーサロンベルの木」に、統括マネージャーとして復職しました。
――タイミングが良かったですね。
当時は横浜市内に4店舗あって、店を任せられる理容師を探していたようです。僕が転職先のサロンで上手くいっていないことを聞いたんでしょう。
――独立したのは、どんなタイミングだったんですか?
もともとこの店も、「ベルの木」の支店のひとつだったんです。再転職して3年ほど経った頃、この店を譲り受けたんです。屋号はそのまま「シルエット」を受け継いで、今に至ります。
――支店の数も多かったんですね。
今でもここ日吉には慶応大学のキャンパスがありますが、サロンを譲り受けたときは大手企業の独身寮がいくつかあったんです。バーバー(理髪店)のブームもあって、男性のお客さまがものすごく多かったんですよ。サロンには6台のカットチェアがあって、フル稼働していました。
ビジネスとひとつとして訪問理美容に着目!

介護施設や個人宅で髪を切る訪問理美容のほか、このサロンでは障がい者(児)の方のヘアカットを受け付けているそう。
――半谷さんが訪問理美容に着目したのは何かきっかけが?
ひとつのビジネスとして考えて、参入しました。25年ほど前から訪問理美容を始める理・美容師がいて、僕が実際に始めたのは15年ほど前からです。
――とてもドライな感じがしますが(笑)。
続けていくにはやはり利益が出ないと(笑)。僕が始めた頃は訪問理美容の土台ができつつあって、需要も多かったですね。
訪問理美容は慈善事業ではありません。僕たちは理・美容のプロです。その技術をタダで提供するのは、逆に相手にも失礼だと思います。
――確かに。「気の毒」とか「かわいそう」という気持ちがあると、対等な関係にはなれませんね。
それでも生活保護を受けているお年寄りなどは、ひと月に支給されるお金から残るのはごくわずかで、訪問美容のお金が払えない方もいます。ケアマネージャーや相談員から相談を受けたときは、商売とは別にボランティアとして対応しています。でも、1,000円でもいいのでお金はいただいて、無料ではやらないようにしています。そうしないと、人としての尊厳が守られないと思うんです。
――訪問理美容では、身体に障がいがある方や認知症の方の対応も必要ですよね。そういった方たちへの対応は、どうなさるんですか?
勉強会を開きました。介護施設など現場に行っても教えてくれる方がいないので、自分たちで何とかするしかありません。僕自身、障がいのある方やお年寄りのことを知りたくて、ヘルパー2級の資格を取りました。
――すごい努力をなさっていたんですね。勉強会にはどんな方が参加を?
SNSを通じて、理・美容師で訪問理・美容に携わっている人のグループを作ったんです。全国で1,000人くらいはいたと思います。関東圏だけで100人は集まりました。
――勉強会はどこで?
このサロンでも開きますし、ヘルパーを養成する研修所を借りて開くこともあります。研修所には車いすやベッドなど福祉用具があるので、すごく便利なんですよ。
――それは便利! 実際にどんなことを学んだんですか?
障がいを持つ方の身体のしくみや機能とか、ベッドからイスなど移乗の方法やベッドの上でカットする方法など技術的なことや、人として尊厳についても勉強しました。
勉強会に参加した人の中には、独立して起業した方もいます。事業として成り立つことを実感したんでしょうね。
――勉強会を通じた理・美容師のつながりは今も?
訪問理美容サービスを提供する「ユニバーサルBBサポート」だったり、障がい者や障がい児の保護者と彼らをヘアカットをする理・美容師をつなぐサイト事業の「セルフ」になりました。
――ネットワークも広がって、仕事の幅もどんどん広がりそうですね。
順調に広がっていきましたが、’20年のコロナでガラッと変わりました。今はこんなに人通りがありますが、あのときは通りに全く人がいなくなったんですよ。
理容師としてサロンを経営するかたわら、訪問理・美容師としての実績を積み重ねていった半谷さん。後編では、コロナ禍をどう切り抜けていったのか、訪問理美容の現場で直面したこと、障がい者(児)の髪をカットする「発達凸凹さんヘアカット」のサイト事業を立ち上げたいきさつなどをご紹介します。
撮影/森 浩司