「人間の体」という未知の世界を探求する面白さが生きるエンジンになる【もっと知りたい「ヘルスケア」のお仕事Vol.106/自力整体 矢上裕さん】#2
「ヘルスケア業界」のさまざまな職業にフォーカスし、その道で働くプロに、お仕事の魅力や経験談を語っていただく連載企画「もっと知りたい! ヘルスケアのお仕事」。
今回お話を伺ったのは、鍼灸師・整体治療家「自力整体」矢上裕さん。
予防医学のための整体術「自力整体」を考案し、以来30年以上「自力整体」の教室や指導者育成に尽力している矢上さん。前編では、「自力整体」考案までの道のりや現在の働き方についてお聞きしました。
後編となる今回は、矢上さんが感じるヘルスケアのお仕事の魅力や、教室の経営面、ヘルスケアのお仕事の心得についてお聞きします。
人の体への探求心を深めることが
誰かの役に立ち、自分の存在意義になる
――ヘルスケアに携わるお仕事の魅力ややりがいは何だと思いますか?
治療家としては、私の場合は探求心が満たされることが大きいです。どうやったら改善できるのかを研究していくことが、おもしろいし生きがいになります。だから今でも治療関係の新しい本を探すのが楽しみですし、それがまた自分の仕事にも役立ったりしますから、私にとっては生きるためのエンジンになっています。
そして、患者さんの「よくなりました」という笑顔を見ることができることも、この仕事の大きな魅力です。自分自身が誰かの役に立っていると実感できるんですよね。
――ヘルスケア事業を仕事にしていくうえで大切なことは何でしょうか?
まずは自分自身が元気であること。技術ももちろん大切ですが、「先生に会うのが楽しみ」「先生に会うと元気がもらえる気がする」という、ただ治療してもらうだけじゃない人間同士の感覚のやりとりというのは、この仕事をするうえでとても重要だと感じます。
腰が痛くて治療院に来たのに、先生と話した瞬間に痛みが消えてしまった。そういうことがあり得るんですよね。逆に「触れられるだけでゾッとする」となってくると、治療以前の問題です。
だから治療家側に元気があるかというのはとても重要で、自分という人間そのものを磨いていかないといけないし、第一印象をよくする努力は必要。冷たそう、不潔そうの2つはアウトですから、そこはまずクリアしないといけないですよね。
――ご自身が元気を高めるためにしていることはありますか?
私は「自力整体」をしたら元気になります。でも治療家のときは、だんだん体を壊していきましたね。自分自身のためのケアする方法がなかったから。患者さんに元気を与えながら、自分がスカスカになる状態が続きました。
でも「自力整体」が完成してからは、教えながら自分のケアをしているわけです。だから教室がないときは、ちょっと不機嫌なんですよ(笑)。
開業当初から変わらない価格設定と
確かな効果感で、クチコミだけでも集客し続ける
――経営面について、売上や集客のために取り組んでいることはありますか?
売上というと、教室の場合は生徒数ですよね。それ以外には、著書の印税や講演料、ナビゲーターの研修費というのが収入になってきます。そのなかで経済的な安定につながったのは著書出版が大きいですかね。本を書いたことで、こうして知ってもらえたと思うので。
正直なところ、教室指導をしなくても経営面は安定しているんです。でも自分のために教室はやめたくないんですよね。私の場合、教室を始めた35年前から変わらず月謝は6000円。それは月謝がハードルになってしまわないこと、より多くの方に取り組んで欲しいという気持ちがあります。それが結果として、集客面にもつながっているのかもしれません。
ほかに集客というと、生徒さんの入り口としてはクチコミが大きいんです。5人の生徒さんからスタートして、その後1回も宣伝をしたことがないんですよ。それができているのは、やっぱり実感として効果が高いからだと自負しています。誰でもできて、痛みがあるからだにも優しくて、すぐに楽になる。そういうものがあれば、みんな行きたいじゃないですか。それが「自力整体」なんだよと、生徒さんたちが悩んでいる人たちに伝えてくれるから、今まで広めてこられたんだと感じます。
――全国にナビゲーター(自力整体の指導者)がいるというのもすごいですよね。
「著書を読んでもっと自力整体を学びたい」という遠隔地の方たち向けの通信会員というものがあり、2カ月に1回『自力通信』という本、年に2回DVDを作っているんです。それらを見ながら自分の家で「自力整体」をするという通信会員が、全国に2000人ほどいます。
その通信のなかでナビゲーター養成を呼びかけると、より学びを深めたいという方が講座に申し込んでくれたり、オンラインの教室に参加してくれたりします。
――オンラインが始まって喜ばれたのではないでしょうか。
オンラインはコロナ禍がきっかけで2020年からスタートしました。ナビゲーターが活用している割合は大きいですが、遠隔地の方はもちろん、家族で「自力整体」をしたいという方からも喜ばれていますね。
ヘルスケアの仕事は愛の行為
1人1人に向き合うことが「ついていきたい先生」の第一歩
――これからヘルスケアのお仕事を目指す方が学んでおくといいことは何でしょうか?
私は、私が歩んできた道が正解だったと感じているんです。鍼灸を学び、ヨガを学んで治療生活に戻り、治療の中で学んだことを教室で展開している。その結果、全国に弟子がたくさんできるようになりました。これは治療家としてひとつの成功例じゃないかと思っています。だから是非、私がたどってきた道を、みなさんもトライしてみて欲しいですね。
――新しいことを学んでいく姿勢、バイタリティがカギなのかなと感じます。
そうですね。これだけ医学が発達した今でも、人の体の世界は未知なんですよね。その部分に掘り進んでいくのは、けっこう楽しい作業なんです。そこが楽しめると、ヘルスケアの仕事も楽しくなっていくんじゃないでしょうか。「面白くてたまらない」という気持ちが、仕事の動機にあると継続できますよね。
――これからヘルスケアのお仕事を目指す人へアドバイスをお願いします。
ある程度働けば給料がもらえて満足できる――という人には向かない仕事かもしれません。資格をとったら、ちょっと学んだらできると思って、別の仕事が辛いからセラピストや整体師の仕事でもしてみようというのはダメですよね。資格がなくてもなれてしまう仕事だからこそ、「偽整体師にならないで欲しい」というのが一番のアドバイスです。
――矢上さんが考える「ヘルスケアのお仕事」の心得3か条とは?
1.人格を磨き、人に好かれる自分になる
2.経営に走らない
3.多くを学び、発信していく
まずは先ほどお話した通り、「この先生に会いたい」と思われる人間になること。つぎに、お金の匂いをさせないのも大切です。治療というのは云わば愛の行為ですから、経済的な報酬というのは後からついてくるものだと思います。治療という非常にデリケートな世界で経済が優先してしまうと、患者さんにもわかりますよね。それは結果的に、患者さんが離れていくことにつながります。
また患者さんを治療して終わりではないのが、病院との違いでもあると思います。自分が勉強して発見したことを患者さんにも提供していく。それは「この先生に生涯かけてついていきたい」と思われる関係性を作る第一歩にもなります。
1カ月に100人の患者がきたほうがいいのか、1人の患者が100年続いたほうがいいのか――。治療を終えても1人の患者さんがずっと通い続けてくれる。そういう関係が100人できれば最高ですよね。そのための治療家としての在り方を考えてみて欲しいです。
取材・文/山本二季