幼いうちから両親に洗脳!?されて理容の道に【介護リレーインタビューvol.61/クリーン 相田由紀子さん】#1
介護業界に携わる皆さまのインタビューを通して、業界の魅力、多様な働き方をご紹介する本連載。
お話を伺ったのは…
クリーン 店長
相田由紀子さん
理容師免許を取得してから3年ほど理容店で修業を積んだ後、両親が営むヘアサロン『クリーン』に。2007年に両親から事業を譲り受ける。2017年には毛髪診断士の資格も取得。自治体発行の福祉理美容券の利用者、ヘルパーや家族からの依頼で訪問理美容を行っている。
東京都江戸川区で理容店クリーンの店長として切り盛りをしている相田さん。前編では相田さんが理容師を志したきっかけ、結婚と離婚そして出産・育児と家業をどう両立させたのか、先代から家業を引き継いだタイミングについて伺います。
保育園児の頃から「将来の夢は理容師」!

ご両親が60年ほど前に始めた理容店。この店舗の2階が住居だったそう。
――相田さんが理容師を志したのは、どんなきっかけが?
両親が理容師で、実家が理容店だったんです。大人になったら理容師になるんだと洗脳されていました(笑)。保育園に通っていた頃から、「将来は理容師になる」って文集か何かに書いていたようです。
――洗脳は上手くいったようですね(笑)。
理容店あるあるなんですが、1階が店舗で2階が住まいになっていて、学校から帰ってきたら店を通らないと2階に上がれないんです。店が忙しいときは、床を掃いたりタオルを洗ったり、いろいろ手伝っていました。幼い頃から「理容室」が生活の一部になっていたんですね。
――相田さんのごきょうだいは?
姉がいます。姉も理容師の資格を持っていて、一時は4人で働いていた時期もあったんですよ。20年ほど前「違うこともやりたい」といって、姉は独立してしまいましたが。
――相田さんが理容師の免許を取ってから、すぐこちらに?
学校を卒業してから3年ほど、他の理容店で修業をしました。その間にカットモデルをやったり、研修会があればモデルとして参加したり。いろいろな経験をさせてもらいました。
――それでも、ご実家で理容師として働くことに?
当時の店は両親のお客さまが中心でしたから、私はお手伝いをするような感じでした。
そうこうしているうちに、夫となる男性と知り合って結婚しました。
――相田さんが仕事を続けることに理解はあったんですか?
理解してくれていると思ったんですけど、本心ではなかったのかもしれません。彼は事業をやっていて、自分の仕事を手伝って欲しいと言われたので、いったん理容店を退きました。彼の仕事の合間に、店の手伝いはしていましたけど。
――ご両親はちょっと寂しかったでしょうね。
両親もそれなりの年齢でしたから、「今後のことを考えないといけないな」と思っていました。
この店のせいではありませんけれど、結局、夫婦で話し合って「別れましょうか」という結論に達しました。
「耐えられない!」と出産後わずか10日で復職

店は33年ほど前、現在の場所に移転し、14年前にリニューアルしたそう。
――離婚なさったあと、理容師のお仕事に専念なさったんですね。
そうですね。しばらくして息子の父親になる人と出会いました。前の夫は「子どもはいらない」と言っていましたが、彼は私の気持ちを尊重してくれたのも良かったですね。
――お子さんを授かったんですね?
子どもが産まれる日まで、仕事をしていました(笑)。お昼休憩に入ったときに破水して、姉に病院へ送ってもらったんです。
――突然のことだったんですね。相田さんのお客さまの予約が入っていたのでは?
出産間近なのは分かっていたので、そんなに予約を入れていなかったので大事にはなりませんでした。当時はまだ両親が現役でやっていたので、私のお客さまもお願いできましたし。
――育児休暇はどのくらい?
10日くらいでしょうか(笑)。退院して、家に赤ちゃんと私の二人きり。ミルクを飲ませてオムツを交換して、プラス食事など普通の家事をやって…って、いうのに耐えられなかったんです。ずっと仕事をしてきた人間が家に籠もるとノイローゼになりますね(笑)。「もうダメだ」と、子どもをおんぶしてミルクとオムツを持って店に行きました。
――ずいぶん早い復帰でしたね。
当時は両親、姉、私用に4台のイスがあったんです。でも全てのイスが同時に埋まることはなかったので、その1つに子どもを寝かせて仕事をしていました。姉の子どもたちも学校や保育園が終わると店に遊びに来ていたので、いい遊び相手になってくれたんですよ。家族みんなに育ててもらいました。
――すごくいい環境でしたね。うらやましい。
仕事が終わると、両親と一緒に実家へ帰って夕飯を食べてお風呂まで入れさせてもらってました。私たち親子は家に帰って寝るだけ(笑)。子どもが小さいときはすっかり甘えさせてもらったので、親孝行しなくちゃと思っていました。
――ご両親からお店を引き継いだのは?
14年前にここをリニューアルする少し前のことです。父の目が不自由になってきて、カットをしても髪をぼかす感じが以前とはちょっと違ってきたんです。それで父に「もしかして目が見えてないの?」って聞いたら、「実は…」と。
――そうだったんですね。
何か事故があってからでは遅いので、私が父のお客さまを引き継ぐから「お店に来て、引き継ぎのポイントを教えてね」と言ったら、すんなりと。
もともとの店は両親の好みが反映されていましたが、リニューアルすることで私たち世代や新規のお客さまを取り込むように世代交代を進めていきました。
――ちょうどいいタイミングだったんですね。
既存のものからいきなり変えていくのは難しいことなんですよね。両親から店を譲り受けたからには、「借金をしてでも店を変えなくては!」と考えました。
理容師のご両親から店を譲り受け、本腰を入れて切り盛りすることを決意した相田さん。
後編では、昔ながらの理容室には珍しく「完全予約制」を取り入れたいきさつ、訪問理美容でのエピソード、壁に突き当たったときの対処法についてご紹介します。
撮影/森 浩司













