美容鍼灸は入り口に過ぎない! 本来の目的は「土台を整える予防医学」「薬に頼りすぎない社会づくり」【もっと知りたい「ヘルスケア」のお仕事Vol.77 /治療家・上田隆勇さん】#1
「ヘルスケア業界」のさまざまな職業にフォーカスし、その道で働くプロに、お仕事の魅力や経験談を語っていただく連載企画「もっと知りたい! ヘルスケアのお仕事」。
今回お話を伺ったのは、治療家として活躍する上田隆勇さん
一般財団法人 日本美容鍼灸マッサージ協会の代表理事を務めながら、「ハリウッド式美容鍼灸®」の創始者でもある上田さん。鍼灸だけにとどまらない幅広い知識と技術で、多くの人々の美と健康を支えています。
前編では、上田さんがこの道に進んだきっかけや、「ハリウッド式美容鍼灸®」が生まれた経緯を伺います。
痛みやしびれと闘う患者さんを救いたい!
看護師をしながら飛び込んだ、鍼灸師への道
――この業界に進もうと思ったきっかけは何だったんですか?
もともと大学病院で看護師をしていたのですが、西洋医学の限界を感じる場面に直面したんです。当時は小児科病棟で白血病や悪性リンパ腫の患児を多く看護していました。ある時、抗がん剤治療をしている患児が、しびれが出て泣いていたんですね。何とかしてあげたかったんですが、そもそもしびれに効く薬ってないんです。神経系ってすごく難しくて、対処に限界があるんですよ。
その時ちょうど鍼灸の資格を持つ先輩と話す機会があったので聞いてみたら、「鍼でしびれは改善できるよ」と教えてもらって。もともと鍼灸に興味はあったものの、まだ看護師2年目だったので「いつかは」ぐらいに考えていたんですが、「勉強するなら今しかない」と。二足のわらじになりますが、看護師4年目から鍼灸の学校に通い始めました。
――勉強を始めて、どうでしたか?
初めて授業を受けた時の感想は、「東洋医学って怪しい⁉︎」でした(笑)。というのも、病院では患者さんの血液データを見て、レントゲンやCTの画像を見て治療をしていたのに、いきなり「陰」とか「陽」とか「気・血・水」とか言われるんですよ! とても哲学的でエビデンスがありません。「本当に大丈夫なの?」と先行きが不安でした。
そんな時、医師が行う医師に向けた鍼の勉強会に参加したんです。講師は、アメリカで活躍している日本人の外科ドクターでした。病院でなかなかよくならない患者さんがモデルとして参加してくださり、例えば脳卒中の患者さんだったら、まずは脳外科のドクターが診る。しびれがあったら整形外科のドクターが診る。さらに皮膚に異常があれば皮膚科のドクターが診る。その後、その外科ドクターが東洋医学を元にした鍼の施術で、その場でドンドン治し改善していくのです。舌や脈、お腹を見て「気」を整えていっていました。
この場面を目の当たりにして、「西洋医学の限界をカバーするには、西洋医学的な鍼ではなく東洋医学の鍼が必要なのか!」と、やっと理解できたんです。
――東洋医学の鍼とは?
東洋医学の考えを元にした鍼治療っていうことですね。西洋医学の考えを元にした鍼だと、例えば足がしびれていたら、その原因になっている箇所、例えば腰に鍼をします。でも東洋医学の考え方だと、腰に原因があったとして、さらにそれは何が原因でそうなっているかという、もっと深い土台の部分の不調を見極めて鍼をするんです。
西洋医学は対症療法なので、結果に対して治療するだけ。根本原因にアプローチできていない場合が多いんですね。そこを改善するのが東洋医学。これに気づいた時、心を入れ替えて東洋医学を学ぼうと思いました。
顔をキレイにするだけじゃない!
体の土台を整え、心を整え、その上で顔をキレイにするのが
本来の美容鍼灸
――アメリカでも鍼灸を学ばれたんですよね。
はい。鍼灸の学校に通う前、今から20年前に、テレビで海外アーティストが顔に鍼を打っていたのを見たんです。鍼灸学校に入り思い出し、気になっていたら、その後「美容と鍼灸」っていう業界誌が出ました。おそらく業界誌で日本初の企画だと思うのですが、これは詳しく知りたい!と。でも当時は今ほど日本で美容鍼灸が浸透していなかったので、国内のセミナーが見つけられなくて。それならと、クラスメイトの友人と一緒に、卒業旅行がてらアメリカのセミナーを受けにいきました。
――美容鍼灸の本場?になるんでしょうか。アメリカのセミナーはどうでしたか?
すごく貴重な話が聞けましたね。なかでも、アメリカではがん患者さんに美容鍼灸の治療をしているという話が印象的でした。
これはどんな病気でも同じですが、体調が悪いと顔色が悪くなったり、顔がむくんだりします。すると「こんな顔を人に見せたくないし、自分でも見たくない」って心まで塞ぎ込んじゃうじゃないですか。そういう時に鍼灸師が体調を整えて顔色を良くしたり、むくんだ顔をスッキリさせる鍼を打つ。すると患者さんのモチベーションが上がり、前向きに治療を頑張れるようになる、という話でした。生きる喜びを支えているわけですよね。これを聞いて、「僕が鍼灸の勉強を始めたきっかけでもある、がん患者さんのしびれをとってあげたいっていう思いと同じだ」「これこそ僕がやりたかったことだ」と思いました。
そもそも美容鍼灸って、アメリカでは「Facial acupuncture(フェイシャル アキュパンクチャー)」と言って、顔の全身調整鍼っていう意味なんですよ。日本語訳だと「美容鍼灸」になっちゃうんですが、本来美容だけではないんです。体と心を映し出す鏡として「顔」をみて、まず土台である全身を整え(全身治療)、次に顔の悩みをケア(局所治療)する。。これが本来の目的であり、「東洋医学の美容鍼灸」の真髄なんです。
症状だけをみるのではなく、全身をみる。
幅広い目でサポートするからこそ、根本原因の改善に近づく
――それで日本に戻られて、美容鍼灸を普及しようとご尽力なされたわけですね。
最初はなかなか周りも理解してくれなくて「病院で鍼をやりたいって言っていたのに、美容って……お金儲けに走るのか⁉︎」と言われました(笑)。アメリカで学んだことを一生懸命伝えても、全否定されるんです。
でも逆手に取ると、「美容」をうたうからこそ、入り口を広げられると思ったんです。例えば、「鍼灸で全身を整えよう」とか「鍼で未病を改善して予防医学を」とどんなに訴えても、お客さんはなかなか来てくれないと思うんです。結局ハッキリとした症状がないと、なかなか進んで病院や鍼灸院、治療院には行きたがらない。
でも美容目的なら、意外と受け入れやすいはず。特に女性は、ニキビやシワ、たるみなどの変化に敏感ですから。でもその変化って、実は隠れた体の不調が原因だったりするわけですよね。入り口は美容でも、そこで体の不調に気づいてちゃんとケアしてもらえば、予防医学になる。もちろんそのためにはちゃんと顔もキレイにならないと信頼してもらえませんが、土台を整えた上で施術していくわけなので、どんな表面的な施術よりも効果的なのは明確。問題ありません。
――確かに。でも当時は日本にそういうサロンは少ないですよね? すぐ独立なさったんですか?
しばらくは鍼灸師の先輩のところでお手伝いをしたり、当時すでにドクターが鍼治療を行っていた北里大学東洋医学総合研究所で研修を受けたりしていたんですが……そうですね、結果的に割とすぐ独立しました。
というのも、その鍼灸師の先輩に「美容鍼灸を普及させたいなら、それで稼げるというところを見せないと、誰もその技術を勉強したがらない。それに上田君は人の下で働くようなタイプではないから、早く独立したほうがいい」と言われまして……(笑)。「金なしコネなし」状態でしたが、マンションの一室でスタートしました。それが2007年なので約15年前ですね。
――なんと! でもそれが「ハリウッド式美容鍼灸®」誕生の瞬間ですね。施術において、大切にされていることは何ですか?
先ほどもお伝えしたように、美容鍼灸は入り口です。本来の目的は、「土台となる体を整える予防医学」と「薬に頼りすぎない社会づくり」。そのためには、本物の鍼灸治療ができないといけない。「治す鍼灸」「治す美容鍼」でないといけないんです。
とはいえ、表面的なアプローチではない分、やっぱり時間がかかりますよね。もともと美容目的でいらしたお客さまなので、長期間どうやってモチベーションを保ってもらうか、というのがカギになります。
そのために僕が大切にしているのは、お客さまの未来のペースメーカーになること。これはスタッフにも、セミナーの生徒さんにも伝えているのですが、「悩みを改善した先にどんな未来があるかを一緒に考えて、現在できるベストな治療をしましょう」と。例えば半年後の姿を一緒に想像して、「そのために今この治療を頑張りましょう」という風に、お客さまの人生を一緒に伴走することで、モチベーションを保つわけです。
あと、常にジェネラリストでいること。要は、幅広い目でサポートする、ということです。例えば問診をしていて、「一度病院で検査したほうがいいかも」と思えば紹介するし、食事とか姿勢とか、洗顔の方法をチェックすることもあります。お客さまが訴える症状だけをみるのではなく、全体をみるんです。時には健康系の本とか、スピリチュアル系の本をお渡しすることもあります。それを読むことで、本人の中で何か「気づき」があれば、症状にも変化が起こるかもしれません。顔は体と心を映す鏡ですからね。この考え方は、看護師時代のキャリアが生きているんだと思います。
もともと看護師だった上田さん。原点である「鍼灸を通して、西洋医学ではカバーできない痛みやしびれを取り、患者さんのQOLを上げてあげたかった」という思いは、「美容鍼灸」という入り口こそかわったものの、今でもしっかり引き継がれているのがよくわかりました。
後編では、現在の活動内容や働き方、未来の鍼灸師に向けたアドバイスを伺います。
取材・文/児玉知子
撮影/喜多二三雄