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ヘルスケア 2024-11-30

スポーツもフレイルも「チーム力」が要!【もっと知りたい!ヘルスケアのお仕事Vol.166/マークスボディデザイン 江口典秀さん】#2

ヘルスケア業界のさまざまな職業にフォーカスし、その道で働くプロにお仕事の魅力や経験談を語っていただく連載企画「もっと知りたい! ヘルスケアのお仕事」。

ヘルスケア業界のさまざまな働き方をご紹介する本企画。前編に続いて、マークスボディデザイン代表の江口典秀さんにお話しを伺います。

前編では、大学卒業後にカイロプラクティックの資格を取り、セーリングとアルペンスキーの日本代表チームのトレーナーになったいきさつをお届けしました。

後編ではトレーナーとして常に心がけていたこと、ご自身の施術院を開院なさったいきさつ、アスリートのためのトレーナーにとどまらずフレイルのトレーナーとなったきっかけなどをご紹介します。

お話しを伺ったのは…
マークスボディデザイン代表
江口典秀さん

JCDC認定カイロプラクターの資格を取得後、(財)日本オリンピック委員会専任メディカルスタッフ、(財)日本セーリング連盟オリンピック特別委員会トレーナーを歴任。アテネ、トリノ、北京、ロンドンのオリンピックに同行する。現在はプロスポーツ選手や実業団選手など数多くのトップアスリートのケアやコンディショニング指導を行うほか、健康・生きがい開発財団の上級フレイルトレーナーとして、全国各地の自治体で健康づくりをサポートしている。

選手の能力を引き出すにはディスカッションが必要!

施術院にはオリンピックやワールドカップの写真や記念品が飾られています。サッカーのワールドカップで主審を務めた西村雄一さんたちのメンテナンスも担当。

――トレーナーには、身体のメンテナンスと同時にケガをしないように運動を指導するイメージがあります。

指導ではないですね。例えばスキーでもセーリングでも道具を使うスポーツにはメカニックがいて、道具が変われば技術が変わります。技術が変わるとそれに合わせた体力が必要になるのでトレーニング方法を考える、という順になります。

どんなに僕が「このトレーニング方法はいいですよ」と言っても、道具が変わったらまったく合わないこともあるので、メカニックとのディスカッションが必要です。また、能力を引き出す技術を教えるコーチともディスカッションが必要で、僕は身体の視点から考えた意見を伝えます。
自分一人の力は限られています。お互いの知識を出し合うことで相乗効果が生まれるんです。

――ディスカッションなんですね。

自分では「これはいい」と思っても、100人いたら100通りの考え方や感じ方がありますし、身体つきも求めていることも違います。そこにどう合わせるかが大事なんですね。そうなると僕一人だけではどうにもならないときもあるし、僕が1つのピースとしてピタッとハマるときもある。トレーナーはそういう役割なのではないでしょうか。

――日本代表チームとなると、選手はもちろんスタッフの重圧もかなりありそうですね?

オリンピックを目指す選手たちは自分をしっかり持っていて、「自分のやりたいことを徹底してやりたい」という強い気持ちがなかったら上に行けません。彼らの夢を実現するには、支える僕たちも中途半端な気持ちでは絶対できない。彼らは4年間という限られたサイクルで結果を出さなくてはいけない厳しい世界なので、僕自身、自信を持って提供できるものを出さなければなりませんでした。

――ストレスが溜まりそうです。

4年間同じチームにいると、毎年「次は何をやろうか」と悩みます。その競技のことは学べますが、それ以外のことは学べないんですよね。そうなるとどんどん自分が小さくなっていくような感じがして。「このままでいいのか」って悩んでいるとき、大学時代の恩師が「大学院で学び直しをした方がいい」とアドバイスしてくれました。卒業後も僕のことをずっと気にかけてくれていたようです。

――大学院に進んで正解でしたか?

間違いなく正解でした。今まで自分がやってきた正しいことだけを伝えてきましたが、実は視点を変えるといろいろな研究があって、そこにはたくさんのヒントがあったんです。学び直す機会が与えられて、すごく楽しかったですね。いろいろな分野の方とも出会えましたし。

――大学院に通っている間、トレーナーのお仕事は?

続けていました。ロンドンオリンピックの前だったと思います。勉強は楽しかったんですが、いい学生ではなかったですね(笑)。卒業するまで3年かかってしまいましたから。

――トレーナー冥利に尽きることはありましたか?

アルペンスキーの全日本チームのトレーナーになって1年目のとき、世界ではまったく無名だった若手選手がワールドカップで2位になったことですね。セーリングでは、とても厳しい状況で挑戦した選手が北京オリンピックの代表になったことです。

選手にも社会にも役立つ学問と出会って、可能性は無限大!

順天堂大学の恩師たちと一緒に開発したコンディショニングボード。ボードに乗ると身体中の感覚器が起動して脳の処理機能がアップ。マークスボード¥18,900~

――こちらの施術院はどんなタイミングで開院なさったんですか?

前々から「いずれは開業したい」という想いがあったんです。スポーツ医科学センターで勤め始めた頃、この場所ではなく自宅で始めて、’03年には友人と共同経営という形で施術院を開院しました。トリノオリンピックが終わったときにお互いが独立して、今のマークスボディデザインという形に落ち着きました。

――全日本チームのトレーナーになり、ご自身の施術院を開院なさって、普通の方ならもう満足すると思います。江口さんにはまだやりたいことが?

あります(笑)。17年前に機能神経学という学問に出合って、大学院の研修室でお世話になった恩師らと一緒に研究を続けているんですよ。

――機能神経学?

全日本のチームに筋力もあって持久力もあり、体力測定は問題ないのに、結果がついてこない選手がいたんです。「なんでこのスキルができないんだろう」、「左右差が改善しないのはなぜか」という壁にぶち当たっていました。そんなとき友人から「アメリカで機能神経学という学問が話題になっている。絶対に学んだ方がいい」と勧められたんです。ちょうどアメリカでそれを学んだ先生が帰国して、日本に普及しようとしていたタイミングだったんですね。

――タイミングがばっちりですね(笑)。

僕たちは筋肉ばっかり見ていたわけですよ。筋肉だけではなく、脳とか神経というもっと中身を動かしている方に着目したら、そこに不具合や上手くいかない機能のヒントが隠されていたんです。これは絶対に学ばなくちゃいけないと思って、名古屋まで通って勉強しました。

――お話しを伺っていると、もっと深刻な病気のことのようですが?

最初は僕も何か疾患のある方を直すための技術だと思っていました。でもオリンピック選手を神経系の視点で見てみたら、実は脳や神経系に機能低下があったんです。あんなに鍛えて、あんなにトレーニングして、体調を整えている人たちなのに、誰も見ていない視点だったんですね。そのことに衝撃を受けて、これは一般の人にも普及しなくてはいけない、もっと簡単に予防できるものとして広めなくてはいけないと思うようになりました。

――アスリートの方たちの理解は得られましたか?

選手たちのほとんどが、鍛えるべきは筋肉だと思っているでしょう。脳や神経系を鍛えるより、筋肉を鍛える方がいい。「もっと強くなるトレーニングはないの?」って思っているはずです。ただし、ケガをしたり、ベテランになってくると、ただ鍛えるだけではなくて「もっと自分の能力を引き出したい」と考えるようになります。その一人が、サッカーのワールドカップで主審を務めた西村雄一さんです。

試合になると審判は選手と同じ距離を走りますし、そのなかでゲームが円滑に運ぶようにマネジメントしなければなりません。その彼が「今、必要なのはこれだ!」とおっしゃって、僕たちの被験者になってくださったんです。

――それがマークスボードですね?

そうです。子どもからトップアスリートまで使える基本の原理原則から考えて作りました。体重計と同じように一家に一台、備えてほしいです(笑)。

――このボードに立つことと脳や神経にどう関係するんですか?

人が自立した生活をするにはまず立つことが重要です。私たちは常に重力にさらされていますが、筋力が重力に負けるとうまく立てなくなります。生活習慣や加齢で姿勢が悪くなるのは、重力に負けてしまうからなんです。だからといって、筋力だけをつければいいというわけではありません。

僕たちがどんな場所でも立てているのは、耳の奥にある三半規管と耳石がバランスを感知しているおかげです。その情報を処理して正しく筋肉に伝えているのが脳からの電気信号で、僕たちが意識しなくても勝手にやってくれています。不安定なボードに立って、揺れの刺激を受けることで脳の処理機能が整い、無意識に姿勢を保つバランス機能を整えることができるんです。

――面白いですね。スポーツ選手のサポートだけでなく、高齢者のフレイル予防活動にも関わるようになったのはなぜですか?

僕の母が健康・生きがい開発財団の活動に参加していたご縁から、母の勧めもあって僕も参加することになったんです。ちょうどそのころ、東京大学高齢社会総合研究機構が監修するフレイル予防事業が始まり、健康・生きがい開発財団から推薦をいただきました。

それから全国の自治体にフレイル予防を伝える上級フレイルトレーナーとして、現在は全国100か所を超える自治体で実際に活動する住民のサポーターを養成する一員になりました。こうした活動を通して、日本の高齢化社会の現状を知って、「何とかしなくちゃいけない!」と。僕たち運動の専門家は「とにかく運動しなさい」っていっていましたが、実は運動だけではダメだったんです。いろいろな研究に触れて、ガツンと一発殴られたような衝撃がありました(笑)。

――何が必要だったんですか?

健康長寿の研究によると、運動、栄養、社会参加の3つが必要なんです。例えば一人で運動している人より、社会参加している人の方がずっと元気(笑)。それで勝つためのコンディショニングから、健康作りや健康長寿のためのコンディショニングに移行することに決めたんです。

フレイル予防は住民サポーターと行政、トレーナーの三者で動く!

江口さんは上級フレイルトレーナーとして、全国の自治体で住民のフレイルサポーターを育成しています。

――トップクラスのアスリートから一般の方が対象になって、物足りなさを感じませんか?

将来、自分も「こうなりたいな」という高齢者の方たちから学ぶことが多いので、物足りなさはないですね。行政や住民のフレイルサポーターたちに「みなさん一緒にやりましょう!」という立場でありながら、みなさんから学ばせていただいてます。

――ニーズはとても高そうですね。

これから高齢者が増えて、病院も足りなくなる時代になります。いかに自分たちが自己意識をもって予防するかが大事。「気づき」をいかに行動に移すのかが大切なんですが、それは選手たちに伝えてきたこととまったく変わりません。行政と住民のサポーター、そしてトレーナーがチームを組んで、フレイルをしっかり予防していこうと活動しています。

――選手は自主的にトレーニングをすると思いますが、高齢者はどうでしょう?

僕が「何とかしてあげる」じゃないんですよね。次に進むためのきっかけ作りしかできません。元気で長生きしたい気持ちを引き出して、前向きになってもらうことが大事です。自分から進んでやってみて、「いいかも」と思ったら続くものです。無理にやらされたものは続きません(笑)。

この施術院も同じです。施術させていただくことがゴールではありません。不調を改善に向けてサポートして、不調に関わる原因を一緒に考えながらご自身で予防できることを目指しています。

――ヘルスケア業界を目指している方にアドバイスを願いします。

チャンスは突然やってきます。そのためにも、さまざまなことに興味を持って、学び続けることが大事です。失敗を繰り返すことでしか成長はありません。たとえ上手くいかなくても、「もっといい方法がないか」と考えて、チャレンジし続ければ必ずいい方向に向かいます。

江口さん流!トレーナーとして長く続けるためのポイント

1.初めてのことでも、チャンスが来たらまずは挑戦する

2.トライ&エラーを繰り返し、失敗したら原因をとことん究明する

3.常にアンテナを張り巡らせて、学びを止めない

トレーナーとして幾つものオリンピックを経験した江口さん。今は全日本チームではなく、トップアスリートたちの個人的なトレーナーとして、またフレイル予防を広めるために上級フレイルトレーナーとして活動しています。江口さんが大切にしているのは、選手や患者さんに寄り添うこと。お話しを伺いながら、「よりよい方向へ一緒に進むパートナーでありたい」という気持ちが伝わってきました。

撮影/森 浩司

information

マークスボディデザイン
住所:神奈川県横浜市都筑区茅ヶ崎中央19-7 SSビル5F
電話:045-507-7837

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