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ヘルスケア 2021-08-16

感情をお腹に溜めがちな日本人を救う「チネイザン」を広めたい!【もっと知りたい「ヘルスケア」のお仕事 Vol.37 たまよろ庵 Yukiさん #1】

ヘルスケア業界のさまざまな職業にフォーカスして、その道で働くプロにお仕事の魅力や経験談を語っていただく連載『もっと知りたい「ヘルスケア」のお仕事』。

今回は、気内臓療法と呼ばれる「チネイザン」を取り入れた施術を行っている「たまよろ庵」のYukiさんにインタビュー。Yukiさんは20代のころ、会社員生活と並行して様々な施術法を学ぶなかで、「チネイザン」に出会いました。そこから11年間、チネイザンの普及とセラピストの育成に力を入れています。

前編では、そんなYukiさんがチネイザンに出会った過程と、現在の働き方に至った経緯をお聞きしました。

お話を伺ったのは…

「たまよろ庵」主宰 Yukiさん

一般社団法人「内臓マッサージ協会」代表理事。早稲田大学政治経済学部卒業後、外資系コンサルティング、外国州政府機関、PR代理店、中米大使館、大手IT通信企業などに勤めながら、自分自身を模索するなかで世界を旅する。多くの伝統療法を学び、チネイザンをベースにしたオリジナルのYuki式チネイザンを開発。セラピストの育成、セルフチネイザンの普及に励む。著書『タオの伝統療法チネイザン入門DVD』など。
Instagram:@yukichandra

「不調とメンタルを変えたい」という気持ちを叶えるチネイザンとの出会い

20代のころ様々な不調に悩んだというYukiさん。
「病は自分で治すもの」だと考え、多くの治療法を学んだそう

―まずは、セラピストになったきっかけを教えてください。

ヘルスケア系の仕事に興味を持ったのは、最初はヨガからでした。会社員をしていた23才のころ、たまたまパワーヨガの先生をテレビで見て、すごくかっこいいし、こんな人になりたいと思って、すぐに養成講座を受けました。本場で勉強がしたいと思ってインドにも行ったりして。

その後、タイ古式マッサージも勉強しました。それまで自分にすごく厳しかったんですけど、タイ古式を受けて「私も誰かに全身をゆだねていいんだ」って初めて思えたんです。それでタイにも勉強で行って。すごく楽しくって、マッサージの世界にすごく引き込まれました。その後も勉強を続けて、自宅にお客さんを呼んで施術するようになりました。

―それは会社員と並行して?

はい。まだ20代でしたし、海外に出て働きたいというキャリア志向もあったので、会社を辞めて独立するというところは考えていませんでした。

私は元々胃腸が弱く慢性的に生理がなかったりと不調が続いていて、自分に自信が持てずメンタルもすごく弱かったんです。仕事を続けていくなかで体調不良になることが度々あり、病院に行ってもなかなかすっきり治らなくて…。自分に合わないことを続けていると具合が悪くなると思って、20代で5回転職しました。自分の不調や人生を変えたい、という気持ちがずっとありましたね。

タイ古式を始めてからも不調は続いていたし、薬を飲まないと生理も来ない状態で、薬を飲むのもイヤになってしまって。「自分で改善するしかない」と思って、内側から体をキレイにしようと断食を始めたんです。断食道場のスタッフになれるくらいハマっていました。

いろんな断食道場に行き、アシスタントでヨガを教えたり、タイ古式をやったりしていました。でも道場から日常生活に戻ると、すごく食べちゃう。そのループに疲れて、何が正解かわからなくなっていた時に「チネイザン」に出会ったんです。

―「チネイザン」は、Yukiさんが普及している施術法ですね。

そうです。最初は、当時通っていた経絡ヨガの先生に、チェンマイに内臓がすごくキレイになるチネイザンという療法があると教えてもらったんです。「内臓が洗濯機で洗われてピカピカになる感じ」って。それを聞いて、断食にハマっている自分から抜け出せるかもしれないと思って、すぐに調べて夏休みを利用してチェンマイに行きました。

そこで初めてチネイザンを体験して、衝撃を受けました。断食でも体の内側がクリアになる感覚があるんですけど、また別世界というか。同時にチネイザンの「内臓と感情は結びついている」という考え方を知り、自分が本当にキレイにしないといけなかったのは、自分のネガティブな感情だったんだと思いました。

そこからチネイザンをすごく勉強して、日本に戻ってブログも書き始めました。すごく反響がありましたね。

東日本大震災で「チネイザン」は日本に必要だと確信

30歳でセラピストの道へ

―実際にお仕事にされたのは、そこからですか?

チネイザンを学び始めた当時は、まだ会社員でした。タイ古式をして、チネイザンの勉強をして、ヨガを教えて、会社に行って、7つくらいスクールにも通って…そんな生活をしていたら、信頼している漢方の先生から「あなたは命の貯金を削って負債ばかり。そんなことをしていたら生理はこない」って言われたんです。

すごく衝撃的でしたけど、確かにそうだなと思いました。「何かの活動をやめよう」と思って、30歳なら失敗してもまた会社員に戻れるだろうと会社を辞めたんです。そこでセラピストを仕事にすることを決めました。

―Yukiさんは、施術だけでなくセラピストの育成もされています。そういった働き方になった経緯を教えてください。

セラピストとしての初めてのお仕事は、九州での断食合宿での講師の仕事でした。その時、ちょうど東日本大震災があったんです。

震災の影響で、みんなが不安と恐怖による様々な症状が出ていました。チネイザンの考えでは、内臓と感情は結びついていて、恐怖は腎臓に蓄積するんです。冷えや腰痛、髪が抜ける…といった症状が出るんですね。そういった話をすると、みなさんチネイザンを受けたいと、行列になるくらい通ってくださったんです。

その時に、「この手技は今の日本に必要とされているんだな」と実感しました。それと同時に、私の手は2本しかないし、体力的にも限られているから、仲間を作らなくちゃと思ったんです。

自分と同じようにチネイザンをできるセラピストを育成すること、自分で自分の体をよくするセルフチネイザンを日本全国に普及すること。それが私のセラピストとしての原点になりました。

育児と介護と仕事を両立するためセラピスト育成に注力

現在は主にセラピストの育成に力を入れているそう

―セラピストになった当時と現在で働き方は変わりましたか?

当時は休みなく、ほぼ毎日働いていましたね。朝9時から夜9時まで、ひたすらお客様のお腹を揉んで、土日にはワークショップを開いてセルフチネイザンを普及して…。月1・2回は養成講座もしていました。

2015年に子供が生まれ、翌年に母の介護が始まったので、そこから少し働き方を変えましたね。

養成講座がある日は、6時に起きて10時から17時まで講座をしています。チネイザンのセラピストをしたいという方は多いので、養成講座はコンスタントに人が集まります。

―生徒さんには、どんな方が多いですか?

私がチネイザンを始めて婦人科系トラブルが改善したこともあり、妊活中や婦人科系に悩まれている方は多いです。

―施術と育成、セルフチネイザンの講座など、同時進行は大変そうですね。

そうですね。現在は、施術はほぼお弟子さんに任せていて、私は育成とセルフチネイザンの普及に注力しています。コロナ禍になってから、また働き方も変わってきました。

コロナ禍で痛感したんですが、この先またお客様がサロンに通えなくなる日が来るかもしれません。だからセルフでできる方法をセラピスト側が知っておいて、お客様とオンライン上でもコミュニケーションを取れるようにしないと、お客様が離れて行くことになります。

だからお弟子さんや生徒のセラピストさんたちには、お客様に教えてあげる技術を学んだほうがいいということも伝えているところです。

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自分の不調や人生を変えたいと世界中の療法を学ぶなかで、「チネイザン」に出会ったYukiさん。勉強していくことで、自分で自分を癒す方法を、たくさんの人に伝えたいと感じるようになったそう。そこからセラピストの育成、セルフチネイザンの普及をスタートしました。次回は、Yukiさんがセラピストを続けてきて感じたお仕事の魅力と、セラピストを目指す人に向けたアドバイスをお聞きします。

▽#2はこちら▽
セラピストは、人生を変えるお手伝いができる仕事【もっと知りたい「ヘルスケア」のお仕事 Vol.37 たまよろ庵 Yukiさん #2】>>

取材・文/山本二季
撮影/片岡 祥

Information

たまよろ庵

※プライベートサロンのため、お問い合わせはメールでお願いします。
MAIL:info@tamayoro.com

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