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ヘルスケア 2022-02-25

選手の特性に合わせたトレーニングで、「できない」を「できる」に!【もっと知りたい「ヘルスケア」のお仕事 Vol.52 障がい者スポーツトレーナー 牛込公一さん #3】

ヘルスケア業界のさまざまな職業にフォーカスして、その道で働くプロにお仕事の魅力や経験談を語っていただく連載『もっと知りたい「ヘルスケア」のお仕事』。

これまで2回に渡り、長年障がい者スポーツに関わり、NPO法人 日本車いすフェンシング協会の理事も務めている牛込公一さんにお話を伺って来ました。

整骨院を経営する傍ら、障がい者スポーツトレーナーとして20年近く活動している牛込さん。後編では、健常者と障がい者のトレーニングの違いなど、障がい者スポーツトレーナーになるために知っておくといいことを教えていただきます。

お話を伺ったのは…
障がい者スポーツトレーナー 牛込公一さん

ポラリス接骨院 院長。2004年、障がい者スポーツトレーナーという名称がまだ一般的ではなかったころから、車いすバスケットボールチーム「千葉ホークス」のチームトレーナーとして活動を開始。障がいの有無に関わらずトレーナーとして活動したのち、2015年より日本車いすフェンシング協会のトレーナーへ。2018年、NPO法人日本車いすフェンシング協会の理事に就任。

「できない」の中の「できる」を見つけてモチベーションを高める

牛込さんは2004年から5年間、車いすバスケットボール、 2015年からは車いすフェンシングのトレーナーとして活動しています

——障がい者スポーツのトレーニングでは、どんなことを行いますか?

MMT(徒手筋力テスト:筋力がどの程度力を発揮できているかを6段階で評価したもの)で言うと2か3程度、つまり少しでも自力で関節が動かせる程度の筋力を、1段階でも上げるトレーニングです。健常者にとってはリハビリのようなトレーニングですが、MMTを1段階でも上げるって、すごいことなんですよ。

例えば、普段車いすで、歩けない人を歩けるようにさせる。それは歩けることが目的ではなく、歩くために必要な体幹の機能を高めて、下半身からの神経伝達のスイッチを入れるイメージです。そうすると車いすに乗った時でも、体が安定するようになります。

あとは、できなかったことを、できるようにするためのトレーニング。例えば車いすバスケットボールのフリースローなら、胸より下が動かせない重度の障害の場合は、バランスが取れないのでシュートが届きません。そこで届くようにするにはどうしたらいいのかを、選手に合わせて考えていきます。例えば背もたれに寄り掛からせて力が逃げないようにする。筋力が足りないなら上腕三頭筋を鍛える。車いすをこぎながら助走をつけてシュートをする…。いろんなものが利用できることを選手に教えていきます。

——トレーニングの際に重視していることは何ですか?

「ちょっとキツイ」を普通にしてもらうことです。何をするのにも、「ちょっとできない」ということをやらせる。例えば、「立てない」という言葉の中にも、何かにつかまれば立てる、机を伝えば歩ける、装具をつければ歩けるなど、いろんなできることがあります。それを紐解いてあげるようにしています。

障がい者ならではですが、最初から自分はできないと思い込んでいる選手は多いんです。病院で「一生歩けません」と言われて、「自分は歩けないんだ」と擦り込まれた状態。でも歩けないの中にも、いろんなパターンがある。選手はそのあたり繊細なので、少しでもできるようになって嬉しい変化を感じたら、トレーナーへの信頼性も増しますし、ポジティブにトレーニングに向き合えるようになります。できることが増えたら、自信にもつながりますから。

また、モチベーションが上がるような言葉かけも大切にしています。というか、単純に褒めることですよね。最初は、具体的な数値を上げて論理的に話そうとしていたんですが、「すごいじゃん!」って言うだけで全然いいんですよね。

大人になると褒められることってなかなかありませんけど、トレーニングをしていると褒めるチャンスはいっぱいあります。そこをできるだけ細かく見て、「以前はこうだったけど今日はもっとできてる」と伝えてあげる。すると選手も「見てくれてるんだ」と思ってくれるんじゃないかと思います。だから選手とコミュニケーションを取るときは、常に本気であること。一生懸命こちらが見ていれば、多分伝わるんだろうなと思います。

選手をよく見て、適切なサポートで必要な負荷をかけていく

「健常者ではNGとされることも、障がい者だと必要だったりする。 その選手に何が必要かを見極めることが大切です」

——障がい者スポーツのトレーニングでの注意点を教えてください。

障がい者スポーツの場合は、とにかく相手をよく見るしかありません。その選手の特性、障がいのことを理解することが大前提。そのためにはモニタリングが重要です。

モニタリングと言うと大げさに聞こえるかもしれませんが、要は現場に行って、実際どういう動きをしているのを見るということです。イメージだけでは絶対にわからないので、本人をよく見ること、そして何を求めているのかを理解すること。

例えばテーピングなら、教科書にのっているようなキレイな巻き方では、全く役立たなかったりします。車いすフェンシングで握力がなくて剣が持てないからと、指先をギュッと押さえるようにテーピングをグルグル巻きにしたりもします。健常者のトレーナーなら、それはあり得ないこと。だけど、障がい者スポーツの場合は、正しいかどうかは選手本人の感覚なんです。選手の中でいいと思える方法を見つけていってあげるのが、障がい者スポーツトレーナーの仕事です。

——障がい者のトレーニングですぐに役立つテクニックを教えてください。

例えば、ふだん車いすに乗っている下半身不随の方の筋力トレーニングの場合です。
いつも車いすに乗っている方は、足が細くなって下半身がとても軽くなっています。すると、上半身のトレーニングの際、体が浮いてしまうんです。

そういう場合は、固定用ベルトで、太ももと器具の椅子を固定。すると足に力が入りやすくなり、体が浮かなくなるため、効果的に上半身を鍛えられるようになります。トレーナー側も、下半身を押さえる必要なく、上半身の動きのサポートに入れるんです。

また、ベンチプレスの場合は、ベッドに膝を曲げて乗った状態になると、脚に力が入らないため落下する可能性があります。そのため、骨盤のところをバンドでベッドと固定します。


ベンチプレスを上げる時も、健常者の場合はまっすぐ均等に持ち上げるように指導しますが、障がい者の場合は代償運動も筋力アップにつながる大切な動作になるので、持ち上げきってから水平になるようにサポートします。

ナショナルトレーニングセンターには、車いす用のトレーニング器具があり、車いすのまま器具に入れたり、座りやすくなっていたりするんですよ。車いすのままトレーニングする時は、車いすが浮かないように椅子に重りをつけたりもします。

適切な部位を固定することで、必要な部位に負荷がかかるようにしてあげる。意外と浸透していないので、覚えておくと役立つんじゃないかなと思います。

——ありがとうございました!最後に今後の展望を教えてください。

障がい者スポーツという枠で滞ってしまうことっていっぱいあります。だから今、フェンシング協会と車いすフェンシング協会で一緒になってやって行けるような仕組みを作っているところです。

これは私の夢のようなものですが、明らかな健常者と障がい者の枠というものをどんどん減らしたいんです。それこそ、オリンピックとパラリンピックが同時に開催できるようになったらいいなと思っています。それぞれが結局別になっていて、車いすフェンシングのテレビの放送枠がなかったり、人気がないところに日が当たらないような仕組みができあがっていて、それがずっと変わらないんですよね。

そういうところに対して、本当の意味での一緒というのが何なのかを考えて欲しい。オリンピックとパラリンピックと分けている時点で違うんじゃないか。そういう価値観を、できるだけ壊していけたらと思っています。


「障がい者は一度何かを乗り越えた強さはあるけど心の弱い部分だってあるし、障がい者のトレーナーをしているからって私もそんなにいい人じゃありません。美談にされがちですけど、障がい者も健常者も同じなんです」と言う牛込さん。トレーナーとしての指導内容に違いはあれど、選手とトレーナーの在り方はどちらも変わらないんですね。

東京パラリンピックを経て、障がい者スポーツに関心を持ったトレーナー志願者も多いはず。まずはぜひ現場に足を運ぶところから始めてみてください。

取材・文/山本二季
撮影/高嶋佳代

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