正しさを押し付けず、自分で自分をチアアップできる心身に導く【もっと知りたいヘルスケアのお仕事 Vol.133/理学療法士・アレクサンダー・テクニーク国際認定教師 大橋しんさん】#2
ヘルスケア業界のさまざまな職業にフォーカスし、その道で働くプロにお仕事の魅力や経験談を語っていただく連載企画「もっと知りたい! ヘルスケアのお仕事」。
前回に続き、アレクサンダー・テクニークという心身技法をベースに、理学療法士としての知識や太極拳の技術を取り入れた総合的なヘルスケア・マネジメントを行っている、大橋しんさんにインタビュー。
後編では、大橋さんがヘルスケアのお仕事をするうえで大切にしていること、ヘルスケアのお仕事の心得をお聞きします。
お話を伺ったのは…
株式会社フローエシックス代表 大橋しん さん
理学療法士、アレクサンダー・テクニーク国際認定教師、日本産業カウンセリング協会認定カウンセラー。ドイツでチェロの修業中にアレクサンダー・テクニークに出会い、帰国後アレクサンダー・テクニーク認定教師と理学療法士の資格を取得。救急病院、整形外科クリニック勤務を経て、2020年に独立。リハビリと太極拳を中心としたスタジオを開設する傍ら、音声配信やYouTubeチャンネルにてヘルスケア情報を発信している。『魔法のフレーズをとなえるだけで姿勢がよくなるすごい本』(飛鳥新社)など。
自分で自分を認め、応援できる心身状態を
一緒に目指すのが僕の役割
――大橋さんがヘルスケアのお仕事をするうえで大切にしていることは何ですか?
レッスンを受けてくれる方に、プレッシャーを与えたくないんです。あれをしちゃダメ、これをしちゃダメと抑制するのはもちろん、励ます、練習を促す、アドバイスをするというのも、それ自体がプレッシャーになることは往々にしてあります。こちらから一方的に、何かを押し付けないということは、常に意識しています。
その方が行動を起こす動機が外からのプレッシャーによるものだと、それがなくなれば元に戻ってしまう。例えば、入院中にたくさん筋トレをさせても、退院して「筋トレしましょう」と言う人がいなくなったらやらなくなるんです。病院でリハビリをしていた経験から、それではいけないと感じるようになりました。
外からの応援がなくても、自分から「やろう」という意欲が湧く何かはあるはずなんです。それは僕が促したり、支えたりするのでは意味がない。僕ができるのは、その方がこの世界にいてもいいと思えたり、何かに許されるような感覚を受け取れる心身の状態を、一緒に見つけることなんだと思っています。
――集客面などでやってよかったことは?
本を出版したことは、やはり大きかったです。独立して最初に出した本はとても反響が大きくて、活動の安定を10年くらい早めてくれたと思います。そのおかげで、積極的な集客をせずにやってこられました。僕のまわりで独立したPTなどを見ていても、集客にものすごく労力を割かれているのを感じます。それがないというのは、すごくありがたいですね。
あとはオンライン配信で、どこからでもレッスンを受講できる仕組みにもチャレンジしています。オンラインをしているのは僕が提案している「理学太極拳」なんですが、受講者には台湾やイギリス在住の日本の方もいます。
一般的な太極拳は広さが必要で、動きの流れのなかでいろんな方向を向くので、画面を見ながらすることが難しかったんです。そんな太極拳をオンラインで配信するにあたり、ヨガマット1枚の足場の上で、画面を見ながら続けられるように改良しました。その結果、太極拳のDVD制作にもつながりましたね。
また昔ながらの太極拳のイメージが、始めるうえでのハードルにならないようにも気をつけています。中華風の服装はせず、スウェットやクライミングパンツなどラフな格好。説明にも伝統的な四字熟語は使わず、理学的な観点から動きの解説をしています。そうすることで、一般の方、若い方も取り入れやすくなったかなと思います。
商業ベースの活動から
社会福祉にシフトしていきたい
――今力を入れている活動は何ですか?
今年の4月、兵庫の西宮市と東京の日暮里に、学校を作る予定です。僕がいくら頑張っても月に50人くらいしかレッスンできないので、僕の知識や技術を使える人を育てて、僕のアイデアで不調が改善する人の絶対数を増やせないかと思っています。
――では、これから取り組みたいことがあれば教えてください。
コロナ禍を経て、僕の中に「社会福祉ベースで活動したい」という想いが、確実にあることに気づきました。会社を独立したきっかけも「より多くの方を診たい」というものでしたし、コロナ禍当初の自粛中に「なにかボランティア活動ができないか」と思い立って、公園で誰でも参加OKの太極拳を開いたときや、自宅前で太極拳の練習をしているところをライブ配信して無償でURLを配ったとき、社会福祉的な活動が自分にしっくりきたんです。
本がヒットしたおかげで、活動の商業ベースができあがりました。今のところ商業メインで動いていますが、これからは社会福祉の方面にも関わっていきたいという気持ちが大きいです。
今年初めの震災後、何かできないかと考えていたところ、福島大学の災害心理研究所の教授から、僕の本が被災した方の役に立ちそうだから、何かできないかと相談がありました。宣伝とかにならなくていいから、本の内容をぜひ使ってくださいと言ったんです。そのつながりから、今度は子どもの姿勢について、一緒に何かできないかと相談していただいています。どんなかたちになるかはわかりませんが、そういった活動も何かできるんじゃないかなと思っているところです。
心配なのが、これまで商業ベースで動いてきたので、福祉方面にアプローチしたときに、自分の宣伝のように見えてしまわないかということ。大学の先生と一緒に活動するなど、僕の活動を福祉として先入観なく届けられる方法を模索しています。
大切なのは正しさではなく、
選択肢を提示してあげること
――大橋さんにとっての「ヘルスケアのお仕事3か条」は?
1.正しさを提示しない
人は正しさを求めて情報を探し続けるけど、現実にはそれが見つかる事は滅多にない。それで自分が貶められたり損をしているように感じたり、誰かのせいにしたくなったりする。でもそれは消耗するだけで、何の助けにもならない。だからレッスンを受けてくださる方には、正しさに固執しないような提案を心がけています。
2.選択肢を示してあげる
人は何でも自由に、と言われるとかえって何をしていいか分からなくなる。その人が生き生きと活動するには限られた選択が、常に自分でできる状況にある事が重要で、また自分で自分の行動を選択できるような提示も必要だと思います。
3.自分が自然の一部であることを忘れない
人間も哺乳類という動物だし、野生に基づいて生きてきたわけで、今もそれは変わりません。だから頭の中の声ばかりに振り回されず、自分の中の野生の声、体の声を聞いてみようという提案をよくするんです。そういう発想を忘れずに、自然体の自分と向き合う提案を続けていきたいです。
――最後に、これからヘルスケアのお仕事を目指す方にアドバイスをお願いします。
ヘルスケアの仕事は、一人ひとり悩みが違うので、すごく奥が深いです。だから常に学びが続いていくもの。モヤモヤしているときこそ学びがあると思うので、自分のなかでモヤモヤを感じたら、そこを追求していくと成長できるんじゃないでしょうか。
すっきりする感覚というのは、自分のなかで決着をつけてしまったときに起こるんです。メディアなどで出ているものは、そういう「すっきり」した情報の方が提示しやすく、情報が偏りやすいんですが、あまり真実には突き当たっていない感じがします。
「わからない」「モヤモヤする」と感じるのは、自分自身の興味や探求心が動いている証拠なので、その気持ちを大切にして学び続けてください。
取材・文/山本二季