スポーツ、リハビリ、子ども。さまざまな分野の患者さんとかかわれる理学療法士の仕事【介護・看護・リハビリ業界のお仕事企画 理学療法士/整体師 太田雄大さん】#1
業界のさまざまな職業にフォーカスして、その道で働くプロにお仕事の魅力や経験談を語っていただく連載「介護・看護・リハビリ業界のお仕事企画」。
今回は理学療法士の太田雄大さんにお話しを伺います。理学療法士歴17年目、累計2万件以上の施術実績を持つ太田さんは現在、整形外科クリニックでの勤務に加えて、東京都三鷹市で自律神経症状に特化した自費治療の整体サロン「Wellness Salon Hinata」を開いています。
高校時代、アメフトに打ち込み、漠然とスポーツ関連の仕事に就きたいと考えていたという太田さん。ケガを経験したことがきっかけでスポーツにもリハビリにも携われる、理学療法士の道に進むことを決めたといいます。
お話しを伺ったのは…
理学療法士/整体師
太田雄大さん

高校生時代に部活でケガをしたことをきっかけに、理学療法士の道へ。病院、リハビリ病院、整形外科クリニック、訪問看護ステーションで17年にわたり経験を積み、施術実績は累計2万件以上。
現在は整形外科クリニックで勤務するほか、東京都三鷹市で自律神経症状に特化した自費治療の整体サロン「Wellness Salon Hinata」を開業。不眠や頭痛など慢性的な不調に対して多角的なアプローチを行い、顧客からの支持を集めている。
Instagram:@wellness_salon_hinata
きっかけは自身のケガ。スポーツ、リハビリにかかわれる理学療法士に

現在は整体サロンも開業している太田さん。理学療法士として長く経験を積んできた
――太田さんが理学療法士になろうと思ったきっかけを教えてください。
高校生のときにアメフト部に所属をしていたのですが、周囲に体への施術に携わる仕事をしている人が何人かいたというのが理学療法士の仕事を意識するきっかけでした。例えば、アメフト部の先輩に理学療法士の学校に行き始めた方がいたり、コーチを務めていたのが鍼灸師だったり。
また僕は部活中心の高校生活を送っていたのですが、引退する2ヶ月前に膝のじん帯を損傷してしまい、そのときに通っていたのが柔道整復師のところでした。
元々、将来はスポーツ関係の仕事に携われたらという漠然とした思いがあったのですが、その3人のお話しを聞いているうちにスポーツ選手のリハビリにも携われる理学療法士の分野に興味を持ったんです。
――鍼灸師も柔道整復師もリハビリに携わることはできると思うのですが、なかでも理学療法士に惹かれたのはどんな点だったのですか?
鍼灸師や柔道整復師はベースとなる学問が東洋医学だと聞き、当時の僕にはその考え方があまりピンとこなくて。西洋医学的なベースでスポーツ選手やリハビリに携われる仕事として一番理想的だと思ったのが理学療法士だったんです。
――ちなみに理学療法士、鍼灸師、柔道整復師の3つを比べると、資格を取得するための難易度に差はあるのでしょうか?
あまり差はなかったと思います。昔は状況が少し違っていて、私は今年40歳になるのですが、私より上の世代の方たちのころは、理学療法士になるための専門学校自体がとても少なくて狭き門だったらしいです。私の時代は専門学校も増えていましたね。
また理学療法士になる方法として大学に通うのも選択肢のひとつではあるのですが、僕の時代は、選択できる大学がそんなに多くはなくて。今は大学も増えてきていると聞きます。僕は専門学校を選んで通い始めました。
興味のある分野を学べる楽しさを感じながら、国家資格を取得

太田さんは専門学校に4年間通い、無事に理学療法士の資格を取得した
――専門学校ではどんなことを感じましたか。
医学分野の勉強ということで、難しさを感じることはあったのですが、体のことに興味があったので勉強自体はとても楽しかったです。
高校のときまでは部活をするためだけに学校に行っているようなところがあったのですが、専門学校に通いながら学んでいる僕の姿を見て、母が「あなたがそんなに勉強をする子だとは思わなかった」と言ったくらい、人生で初めてしっかり勉強をした期間だったかもしれません。
あとはとにかく忙しさを感じました。僕の通っていたのは4年制の専門学校だったのですが、施設で行う実習がありまして、進級するごとに実習期間が延びていきました。2年生は3日間、3年生は4週間、4年生は2ヶ月の実習が2回もあって。4年生では実習のほかにも、国家試験の勉強、さらに卒論のようなものまで提出しなければならなかったため、とくに忙しかったです。
――国家試験の勉強はハードではありませんでしたか?
僕の場合はわりとスムーズでした。試験勉強は大変な部分ももちろんありましたが、学校の友人たちと一緒に勉強ができたので、モチベーションの維持につながっていたと思います。
施術によって歩けるように。子どもの未来も開ける可能性を感じて

訪問看護ステーションでの勤務経験により、理学療法士は子どもの未来をも広げていけると感じたという
――理学療法士として働きだしたあとに感じたことは?
難しさと楽しさの両方を感じました。難しさの面でいうと、たとえば腰痛という症状ひとつとっても、その要因は千差万別です。体のこの部分にアプローチすれば絶対によくなる、という鉄則のようなものはありません。そのため施術の際には毎回、患者さんの痛みどこからきているのかを考えていかなければならず、難しさを感じることはありました。
一方でその難しさが解消できたときには、仕事がとても楽しく感じました。自分の知識が増えて、経験値が上がっていくことによって、解決できる場面も増えますし、解決にいたる過程をショートカットできるようにもなります。
常に勉強をし続けなければなりませんが、学ぶことによって着実にできることが増えるので、その点にもやりがいを覚えましたね。僕は今でも月に2、3回は症例や手法を学べる場に勉強をしに足を運んでいます。
――これまで多くの患者さんと出会われたと思いますが、印象的だった出来事はありますか。
ひどい頭痛があり、さまざまな治療を受けてきたけれど改善しなかったという方が、僕の元へ通ってくださるようになって1、2ヶ月で症状が改善し、また自分の好きな仕事が思いっきりできるようになったととても感謝されたことや、股関節の病気の方が僕の施術によって調子がよくなり、ハワイでの娘さんの挙式に参加できたと聞いたときには大きなやりがいを感じました。
――それはうれしいですね。
はい。もうひとつ印象的だったのが訪問看護ステーションで働いていたときに出会った、3歳のダウン症のお子さんです。運動能力の発達が平均と比べてもかなりゆっくりで、3歳になっても歩くことができず、その子のお母さんは歩かないことをとても不安がっていました。
それが何回か担当させていただき、運動機能の向上ができるようなお手伝いをさせていただいたところ、立って歩けるようになったんです。その後も長くお付き合いが続いたのですが、歩けるようになった翌年には運動会で走れるようにまでなっていて。お母さんが本当にうれしそうに報告してくれたことが強く印象に残っています。
――お子さんにかかわることもあるのですね。
はい。訪問看護ステーションで働くまでは、子どものリハビリにかかわったことはなかったのですが、理学療法士の仕事が子どもたちの未来を切り開いていく一助にもなると気づいたことは、僕の人生にかなり大きな影響をもたらしました。このときの経験により、いつか子どもの健康を支えられるボランティア活動をしたいという夢ができ、今でもその実現を目指しています。
一方で理学療法士としての枠を超えれば、もっと自分にはできることがあるというジレンマも抱えており、そういった思いから整体サロンを開くことにしたんです。
後編では理学療法士として働いていた太田さんが、整体サロンを開業することになったきっかけや、整体サロンの特徴について伺います。根本にあったのは「すべての人に、不調で諦めることのない明るい未来を提供したい」という思い。理学療法士としての仕事の線引きを超え、お客様の不調に真正面から向き合うことを決めたそうです。












