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ファクトリージャパン_小牧めぐみ
ヘルスケア 2019-09-02

株式会社ファクトリージャパングループ(FJG) 代表・小牧めぐみ「1万人のお客さまを良くしよう」を合言葉に挑み続けた「OL後」の人生(前編)

「明日のKA・RA・DAを創る」を使命に、整体サロン「カ・ラ・ダファクトリー」をはじめとするサロンを国内・海外合わせて約320店舗展開している、株式会社ファクトリージャパングループ(FJG)。一度見たら忘れられないすてきな笑顔の持ち主の代表取締役社長・小牧めぐみさんは、今も現場に立ち、整体師として施術を行っています。

「小学生の頃から担当しているお客さまは、確か今26歳くらいだったと思いますが、早くも転職の相談を受けています(笑)。けれど、それがこの仕事の魅力の一つなんですよね。気づいたら、お客さまの人生に伴走しているんです」

1300万人※を施術してきた実績に基づいて確立された独自の技術「A.P.バランス®(整体・骨盤調整)技法」で日本の健康・予防の意識改革に取り組み続ける、小牧さん。整体師という職業との出会いから、健康産業・リラクゼーション業界を目指している方たちへのメッセージまで、いろいろなお話を聞くことができました。

※2019年2月時点での、のべ来店客数。

株式会社ファクトリージャパングループ(FJG)・代表取締役社長 小牧めぐみ(こまき・めぐみ)

1972年生まれ。神奈川県横須賀市出身。OL生活を経て、サンフランシスコ語学留学。その後1998年、カ・ラ・ダファクトリーの前身となる「横浜南整体院」で整体師として勤務し、2001年に株式会社ファクトリージャパン(現・株式会社ファクトリージャパングループ)の創業メンバーとなる。2007年、常務取締役に就任。2015年から代表取締役社長に就任し、現在に至る。座右の銘は「一期一会」。

5年続けたOL生活に別れを告げ、整体師の職業に就いた理由

短大を卒業後、すぐにリラクゼーション業界に入ったわけではなく、5年間のOL生活を過ごした、小牧さん。

「新卒入社でした。職種は一般事務です。事務職を選んだ理由は、周囲が選んでいたからです。『みんなと同じことをしていれば間違いはない。5年くらいたてば結婚退職するだろう』という期待もありました。

私の実家は自営業だったので、サラリーマンやOLに憧れがありました。ただ、実際に従事してみると自分が必要とされる場面がすごく少なくて。両親から『5年を一区切りとして考えなさい』と言われていたので5年間勤めましたが、自分に向いている職業だとは思えませんでした。自分にはどんな仕事が適しているのかなと思い探していく過程で、『人と接する仕事』『人から求められる仕事』の分野で探し始めました。そして偶然巡り合ったのが、身体にまつわる整体師の仕事でした。

整体師を『選んだ』感覚はないですね。人の役に立つ仕事。しかも、今すぐできる。その条件に合ったのが、結果として整体師だった。ただ、それだけです」

整体師になった小牧さんは、1998年から横浜南整体院で働くことになります。その横浜南整体院の院長(オーナー)が後に株式会社ファクトリージャパングループ(FJG)を創業するのですが、院長(オーナー)が身体を壊したことをきっかけに異業種から整体師になったこともあって、いつも「困った人は助けていこう」と言っていたそうです。

「オーナーが異業種から整体業に飛び込んだこと。『困った人は助けていこう』の考えに賛同したことが、入社の決め手です。従業員は、院長(オーナー)と私ともう1人の女性の3人でした。個人開業店だったので、スペースとしては6畳の和室と洋室が1つずつ、そしてキッチンがありました。キッチンが待合室、洋室が院長室の役割を果たしていたのですが、広さにゆとりがあるとはいえない空間でしたね。

だからこそ、常に来ていただいたお客さまにさまざまな思いを馳せるんです。『どうやってここまでたどり着いたんだろう』『どういう思いでやって来たんだろう』『着いたらこんなマンションの一室で、さぞかし不安だっただろう』って。ピンポンって押してマンションに足を踏み入れる。その一連の行動がとてつもなく大変なことなんだという自覚を私たちが持たない限り、お客さまとのギャップは絶対に埋まらない。そんな話を毎日していました。同時に、お客さまの気持ちに寄り添うことがどれだけ大切なのか、気づきました」

その気づきがあったおかげかお客さまは順調に増え、アットホームな整体院が出来上がりました。するとある日、院長(オーナー)がある願いを口にします。

「俺は1万人のお客さまを良くしたいんだ」

「突然、『俺は1万人のお客さまを良くしたいんだ』って言い出したんですよ。その日から『1万人のお客さまを良くしよう』が合言葉になり、毎晩、達成するための話し合いをしていました。1万人を良くするためには何が必要なんだろう。従業員3人×7台のベッドで施術をしていても間に合わない。そもそも、この場所に整体院があってはいけない。いろいろなテーマで議論をして、意思決定をしていきましたね。

ただ、院長(オーナー)が独断で決めたことは一度もないんです。常に三位一体でしたし、3人の特徴や強みがどうやったら生きるのかを考えていました。それが不思議とうまくいって、お客さまも増えていきましたね。21年たった今も『チームワークを大事にしよう』と言っていますが、理由はこのときチームワークで成功したからです。

チームワークが成功した理由を1つ挙げるのであれば、院長(オーナー)が発信する全ての言葉の意味と意図が常に私たちに伝わっていたことでしょうか。例えば、『店舗開発のための営業に行ってこい』と言われても、達成後のイメージが見えていなければ、どうしても後ろ向きになりがちじゃないですか? その点、私たちはいつも院長(オーナー)に『1万人のお客さまが良くなった世界』のイメージを見せてもらっていたので、軸がブレませんでした。たとえ、お客さまから無理難題をたくさんいただいても、『1万人のお客さまを良くする』ためであれば、立ち止まらずに前へ進んでいけました」

「カ・ラ・ダファクトリー」1号店オープンの光と影

「1万人のお客さまを良くするため」に立ち止まらず前進した先に待ち受けていた次なる試練は、自分のお店を持つこと。横浜南整体院だけでは到底、1万人のお客さまを迎えることはできません。そこで2001年に誕生したのが、小牧さんが店長を務める「カ・ラ・ダファクトリー」の記念すべき1号店でした。場所は、横浜の上大岡です。

しかし、それまでの「三位一体」ではなく一人の店長としてお店を切り盛りすることになったことで、「ある問題」が生まれました。

「3人のときは、3人が『あうんの呼吸』で動いていたので特段大きな問題はなかったんです。けれども、私が店長になったことで3人の枠から放り出されて自分でチームをつくらなくてはならない状況になりました。このチームづくりに、大変苦労しました。

外から経験者を雇ったのですが、この世界は学ぶ場所が変わると教え方が全く変わってしまいます。そうすると、『私は悪くない。あなたの技術が悪い』といった『否定』が始まります。そして、仲間を認め合わなくなってしまいました。

上大岡の店舗業務が終わると横浜南整体院に移動して当日の業務報告をします。そこでいつもの3人で集まり、話し合いをするんですが……自分は『違う場所に行かされている感』を抱いていて、だんだんと心が離れていきました。横浜南整体院が古巣で自分の世界だったのに、その世界が変わっていってる……と。

お店がショッピングセンターの中にあったので、自分の姿が人前にさらされて、心も休まりませんでした。辞めようとは思わなかったですが……とにかく孤独で、一人で頑張っている感は否めなかった。そうしたらある日、横浜南整体院の院長(オーナー)ともう1人の仲間が応援に来てくれて、3人揃って1号店の現場に立ったんです。そのとき、ようやく自分が生き生きしたんです。やっぱり、仲間って大事だなと感じました」

そして、小牧さんは1号店の立ち上げ時の苦労を乗り越えた後の日々を、こう振り返ってくれました。

「楽しくて、仕方なかったです(笑)。1号店は大きなお店だったので、スタッフの採用からマネジメント、給料計算に給与振り込みと、全て1人でやらなくてはいけなかった。でも、対お客さまも対スタッフも、店長としてやること一つ一つが誰かのためになっていたので、自分を他人と比較する時間がないくらい仕事に夢中になれた毎日でした。この経験が、今、320店舗以上の店舗拡大へ続く、スタートラインだったんです」

後編は、社長でありながら今なお現場に立ち続ける理由や会社の理念経営を支えているクレドと整体師が一番大切にしなければならない姿勢について、語っていただきます。

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