いろんな角度から学びを深め、ユニークでオリジナルの施術を提供する【もっと知りたい「ヘルスケア」のお仕事Vol.76 セラピスト・ダイエットトレーナー mamy suzukiさん】#1
ヘルスケア業界のさまざまな職業にフォーカスして、その道で働くプロにお仕事の魅力や経験談を語っていただく連載『もっと知りたい「ヘルスケア」のお仕事』。
今回は、東京・代々木にてセラピスト兼ダイエットトレーナーとして「シャーマン ヨヨギ」を経営しているmamy suzukiさんにインタビュー。
サロンの売りは20年研究してあみだした独自のフェイシャルテクニックと、なんとご自身が実際に体験した-30kgの減量方法「呼吸ストトレ」。メニュー考案の背景には努力と学びがあるようです。
前編では、セラピストになったきっかけや、現在の手技確立について伺います。
教えてくれたのは…
セラピスト・ダイエットトレーナー mamy suzukiさん
20歳の頃、「リラックスする事」を追及したのをきっかけにセラピストとしてスパ施設に入社。その後、様々な手技を学びながら働き、店長や講師までをも経験。20年研究した「mamy式小顔術」を売りにサロン「シャーマン ヨヨギ」を開業。後に人気のダイエットメニュー「呼吸ストトレ」を考案した。著名人ユーザーも多数。
うつ寸前…。ヨガをきっかけに道を切り開いた
――まず、この業界に進まれたきっかけを教えてください。
20歳の頃、信販会社で督促事務職をしていたのですが、得意でない仕事を頑張りすぎて心が疲れてしまいました。そこで「リラックス」ってなんだろうと、試したヨガで瞑想していた時に「これがリラックスしている状態かもしれない…!」と、リラックスした感覚が掴めそうな瞬間がありました。
――今ではたくさんの手技を取得されているようですが、なにから始められたのですか?
最初はタイ古式マッサージの求人が目に止まりました。施術を行う側と、受ける側が呼吸を合わせてヨガポーズを取ることから「2人ヨガ」とも言われています。のちにタイ古式マッサージも学ぶことになるのですが、当時は研修日程が合わずバリニーズエステから初めることになったんです。
今思えば、これも運命だったと感じます。というのも、バリニーズマッサージをすると必ず「初めてとは思えないくらい慣れているね」と褒められることが多く、手のひらがとても温かくて、ふっくら厚みもあったのでオイルマッサージに向いているとよく言われていました。私自身もこんなにハマったと感じた仕事は初めてでしたし、徐々に天職だと思うようになりました。
この頃には、現在の「mamy式小顔術」の原型になるフェイシャルの手技ができ始めていました。
プレイヤーで満足せず、指導面も極めるために講師業にも挑戦
――既に素質があったのですね。その後の経歴を教えてください。
違うサロンへ転職し、店長を任されながら、実家の一室を改装し、お休みの日に友人や紹介の方に来て頂いたりもして技術を磨いてきました。アーユルヴェーダ、ハワイアンロミロミ、エサレン、タイ古式マッサージ、リフレクソロジー、整体等など学びを続けながら働いていましたね。
――学びに仕事に…大変ではなかったですか?
大変ではありましたが、勉強の成果なのか、小顔術を受けたセラピスト仲間からは「mamyさんのフェイシャルがすごい!」と話題になるように。「手技を教えて欲しい」「施術を受けたい」と言われることが増えていきました。それからは、今まで学んだ手技や自分の「小顔術」も存分に盛り込んでメニュー開発してリニューアルを重ねていきましたね。
たしかに、充実していて楽しかったんですが、スタッフへの技術指導には苦労しました。
私がセラピストを始めた頃は、「技術は盗んで覚えろ」という職人気質な考えがまだあり、先輩から親切に教えてもらえない環境でした。その頃の思いがあるので、私はとっておきの手技でも惜しみなく教えてあげたい!分かりやすく丁寧に伝えようと思っていたんです。しかし、自分ではすごく簡単な手技が、何十回練習しても形にならないスタッフがいて…。それをきっかけに教え方を研究したい。講師になって極めたい、と思うようになりステップアップすることになりました。
――講師という職業は「育てる仕事」なんだと気づいたんですね。
こちらが一方的に教えるのではなく、生徒さんが自分の物として習得すべく落とし込めるかが重要。やる気やモチベーション、集中力、頭で先に覚えるタイプ、体で先に覚えるタイプ、いろんな生徒さんがいます。最終的には、いかにその生徒さんの良いところを引き出してあげられるかが肝心です。試行錯誤しているときに子供を想う母の気持ちを痛切に感じました。
手技だけでなく講師業にも挑戦。多くの視点を持ち、施術に活かす
――できることが増えて順調そうとお見受けしました。
そうですね。講師業を生かしてスクールやサロンの独立をするつもりではいたんですが…店長、講師と立て続けにリードして引っ張る立場だったので、いつも上から物を言う感じに疲れてきていました。改めて、生徒さんの本音をもっと聞きたいし、セラピスト仲間もほしい…。
そこで、肩書きのないセラピストとしてアルバイトすることにしました。
――ご自身で軌道修正をするのはなかなか簡単にできることではないと思います。体験していていかがでしたか?
セラピストのアルバイトは週2回だけでしたが、若いセラピストや受付のスタッフも出勤すると「聞いて~」という感じで、ざっくばらんに何でも話してくれて嬉しかったです。「シフト早くだして!」と店長に強めに言われただけでも久しぶりに怒られたような感じで新鮮でした(笑)。
実際にアルバイトとして働いてみたら、改めて自分の物言いが社員にどのような影響を与えたかがよく分かりました。店長や上に立つ立場の人って引っ張っていくことに夢中でスタッフの本音に気がつけないんですね。スタッフも否定されるのは嫌なので、ちょっとした意見やいいアイデアなのに言えない構図も客観的に観れました。
また、技術は他のセラピストよりベテランだったので1人だけ高額ノルマを課せられていました(笑)。達成のためにボディもリラクゼーションだけじゃない、「結果重視の強化バージョンを作らないと!」と密かに研究を続けました。完成に近づいてきた頃には、ようやく独立について考え始めていましたね。
自分自身の体質改善を試み、どのような施術を思いついたのでしょうか…?後編では、二度目の独立への想い、自身が体得したダイエット法を盛り込んだメニュー展開などを詳しく伺います!
撮影/喜多 二三雄