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ヘルスケア 2022-12-01

サロン経営のかたわら、精油ブランドを立ち上げて成功!【アロマセラピスト 古山順子さん】#1

働き方の多様化が進む昨今、ヘルスケア業界にも1つのフィールドにとらわれずに活躍する人が増加中! そこで本企画では、多様な働き方で成功している方へのインタビューを通して、新たなワークスタイルを模索するヒントを見つけていきます。

今回は、大阪府でアロマセラピストとして活動しながら、自身のアロマブランドを立ち上げた古山順子さんにお話をお聞きしました。前編では、古山さんがアロマセラピストになったきっかけや、アロマブランドを展開した経緯を教えていただきます。

お話を伺ったのは…
アロマセラピスト 古山順子さん


語学スクールでの店舗マネージャー、人材業界での営業・採用コンサルティングを担当。アロマに興味を持ち、スクールで学んだ後に2サロン勤務を経て独立。2012年、大阪府豊中市にて自宅併設リラクゼーションサロン「アロマ&ホットストーンlahella(ラヘラ)」をオープン。2015年よりスクール、2018年より日本産精油を専門的に学ぶ「ひのもとアロマ講座」を開講。同年、日本産精油ブランド「かおりと」をスタートする。

「自由度高く、好きなことで働きたい」とアロマセラピストへ

社会人経験を経てアロマセラピストに転向した古山さん

――まずはアロマセラピストになったきっかけを教えてください。

以前は企業で営業やコンサルティングの仕事をしていて、アロマトリートメントはお客さん側として受けているだけでした。ただ、結構なヘビーユーザーで、アロマへの興味はすごく強かったんです。

アロマを本格的に学ぼうと思ったきっかけは、結婚することになり、今後の自分の仕事について考えたからでした。夫の転勤やライフスタイルの変化があっても、自分の身ひとつでできること、そして自分の好きなことを仕事にしたい。そう思ったときに、アロマセラピストという仕事が浮かんだんです。

だから最初から、「いつかは身ひとつで」という気持ちがありましたね。そのために、3年ほど2つのサロンを掛け持ちして経験を積みました。

――なぜ別々のサロンで勤務をされたんですか?

形態の違うサロンで、できるだけ多くの経験を積みたかったんです。まずは施術に慣れるために、ショッピングモール内にある、お客様がたくさん来るサロンを選びました。もう1サロンは、スタッフを複数雇用している個人経営のサロン。お客様に触れながら、経営面も少し見られたらと考えたんです。

結局、個人経営のサロンでは経営面を見ることはできませんでした。でもモール内のサロンでスタッフ教育を任されることになり、そこから1店舗に絞って教育面も学んでいきました。

――その後、自宅併設サロンを開業されたんですね。

ちょうど家を建てることが決まったので、そのタイミングで「もう自分でやろう!」と決めたんです。だから自宅の設計段階から、サロンをすること前提で作っていただきました。幸いなことに「自宅サロン」という、自分の身ひとつがあれば続けられる環境が整えられたことは大きかったと思います。

――独立を決心したきっかけは?

自由に時間を使いたかったというのもありますが、サロン勤務はアルバイトだったこともあり、金額面も働き方を変えようと思うきっかけでしたね。

また、どうしてもモール内のサロンではクイックな施術が求められるため、もっとお客様1人1人としっかり向き合いたいという気持ちもありました。施術を受ける側としてアロマトリートメントに通っていたころから、「しっかり向き合ってカウンセリングしてくれるアロマセラピストがいい」と思っていましたから。

お客様に寄り添うサロンを経営する傍ら、スクールをスタート

スクールで技術指導を行っている様子

――現在はお休み中ですが、サロンはどんなコンセプトでされていたんですか?

1日3名限定で、アロマトリートメントとホットストーンを行っていました。20~30分かけてしっかりカウンセリングをして、豊富な精油の中から合うものを選んで、90分の施術をして、終わったあともお茶をお出ししてお話する…。とにかく滞在時間が長いサロンで(笑)。息抜きというか、その方の居場所を作りたいという想いでやっていました。私の居場所でもありましたね

自宅なので住宅街ということもあり、最寄り駅から無料送迎をしたりして、お客さんに寄り添うことを大切にしていました。すごくご好評いただいて、1日3名の枠が1か月全部埋まるような状況でしたね。

――そんな中、2015年にはスクール、2018年にはプロダクト展開をスタートされています。

スクールを始めたのは、忙しくさせていただいている中で、ふと「子供を産んだらどうするんだろう」と思ったのがきっかけでした。もし私が働けない状況になったときのために、人を育てる必要があるんじゃないか、と。

ちょうど教えて欲しいという方たちも出てきたタイミングだったので、それならスクールを開いて、卒業生でサロンを運営していこうと考えました。それで駅前に場所を借りて、スクールとサロンを同時進行することにしたんです。

でも、「やりたい」と思って始めたわけではなかったので、あまり上手くいきませんでした。だから駅前の店舗は閉めて、スクールもサロンも自宅ですることにしたんです。すると、それまでかかっていた家賃や光熱費が浮いたんですよね。

ちょうど日本国内でも精油の製造が盛り返してきて、工場見学できるところがチラホラ出てきていたタイミングでした。私自身、本でしか精油の作り方を見たことがなかったので、スクールで教えるためにも見ておきたいと思って、浮いた家賃や光熱費を取材費に回すことにしたんです。

そのタイミングで、たまたまインターネットラジオの番組を持たないかと誘われました。それならラジオの取材で行こう!と考えて、22都道府県35か所の精油の産地を3年ほどかけて訪問しました。それが結果、精油ブランド「かおりと」を作るきっかけにつながったんです

日本産精油を広める活動を主軸に、自社ブランドを展開

古山さんが手掛けている「かおりと」の商品たち

――精油の産地訪問が、プロダクトを作るきっかけに?

はい。たくさんの産地を見て、「こんなにいいものを作っているのに知られていないなんて!」と思いました。また、現地の生産者の方たちから、「売り方がわからないから古山さん売ってよ」というお話をたくさんいただいたんです。

それなら、生産者さんの存在や想いをラジオで伝えるだけじゃなくて、物を流通させようと考えました。最初はセレクトショップにしようと思ったんですが、それだと何の特徴もないので、じゃあ自分のブランドを作ろうと。

ただ当時は、メーカーという立ち位置を取るつもりはありませんでした。スクールやサロンの商品という位置づけというか、スクールを走らせて付属して物を売るというイメージだったんです。

――ブランドとして立ち上げることになった理由は?

たまたま百貨店の売り場改装でヒーリングコーナーを作るという方が、海外オーガニック製品とバッティングしないものということで、リリース前に「かおりと」を見つけてくださって…。商品が完成する前に、百貨店の常設が決まるという恐ろしくもありがたい展開になったんです。それなら、商品として走らせるのにふさわしいブランディングにしようと、舵を切りました。

何がなんだかわからないまま導かれるように、私が思っている以上の規模感になってしまって(笑)。今はすごく良かったと思えますけど、当時は「もうやるしかない!」という感じでした。

――ブランド立ち上げから4年。現在の状況は?

「かおりと」はウェブショップをベースに、ポップアップなども出店させていただき、とても忙しくさせていただいています。そういった状況もあり、サロンは今年の夏から休業しました。「かおりと」の業務が忙しくなり、だいぶ前から私の都合に合わせてお客さんに予約してもらう状況が続いていて、それが良くないなと思っていて…。

コロナ禍になり閉塞しているお客さんが増えている中で、アロマトリートメントの重要性をすごく感じました。でも、私ひとりが癒やせるお客さんは限られている。それなら精油の販売や個人サロンさんのバックアップをすることが、より多くのお客さんを間接的にケアすることにつながるんじゃないかと思ったんです。だから、どっちつかずなのをやめて、精油の製造販売とサロンサポートにシフトしました。


さまざまな縁がつながり、思いがけないスピードで展開していった自社ブランドの立ち上げ。それが古山さんの多様な働き方のスタートになりました。次回後編では、もうひとつの活動である講座のお話とともに、多様な働き方のメリットやアドバイスをお聞きします。

取材・文/山本二季

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