【もっと知りたい!「ヘルスケア」のお仕事 vol.141】30錠以上を服用する精神疾患を鍼灸で改善。27歳で鍼灸師の道へ
「ヘルスケア業界」の多様な働き方を紹介する「もっと知りたい!ヘルスケアのお仕事」の企画。今回は「鍼灸師」の職業に焦点を当ててお届けします。
三重県四日市市で鍼灸院「はりきゅう処ここちめいど」を経営する鍼灸師、米倉まなさん。精神疾患に特化しており、日本各地からお客さまが訪れる人気の鍼灸院です。しかし実は1日に30錠も薬を服用する精神疾患を抱えていた経験もある米倉さん。それを改善してくれたのが鍼灸でした。
お話しを伺ったのは・・・
米倉まなさん
鍼灸師/「はりきゅう処ここちめいど」院長
10代から不登校、原因不明の体調不良を経験し、20歳頃からはうつ病、パニック障害、自律神経失調症、双極性障害を併発。投薬治療を始め8年が過ぎたころに鍼灸と出会い、1日30錠以上になっていた薬を断薬。なぜ自分に鍼灸が効いたのかを知りたいと考え、鍼灸専門学校に入学。国家資格取得後は整骨院・病院勤務を経験し、「まな鍼灸堂(2021年に「はりきゅう処ここちめいど」にリニューアル)」開院。自身の経験を元にメンタル鍼灸を掲げ、患者に寄り添った治療を行っている。
現在は東京有明医療大学所属の鍼灸師、松浦悠人先生と連携しながら、論文を発表するなどメンタル鍼灸の研究にも力を入れている。また精神疾患を診られる鍼灸師を全国に増やすべくオンラインサロン「ここちめいど」も主宰するなど精力的に活動中。
長く続いた精神疾患が、鍼灸によって改善
――鍼灸師を目指したきっかけを教えてください。
私は元々、精神疾患を抱えており、それが鍼灸によって改善したことがきっかけで興味を持ちました。精神疾患の発症に関しては、何かきっかけがあったというより、子どものころからメンタルが少し弱く、中学で不登校になったり、社会人になってからも定期的に会社を休んでしまったり、仕事が長続きしませんでした。1つの会社に3年以上勤めることができなかったんです。
20代半ばくらいで、極端な気分の上下が見られる「双極性障害」の診断がおりました。躁状態のときはいろんなことをやりたくなって、あまり寝なくても活発に活動ができるのですが、そこで全部エネルギーを使ってしまい、抑うつ状態になると、朝起きられない、死にたくなる、そんな状態でした。
一番ひどかったのは26歳ころで、外に出ることもできませんでした。今では厚労省によって多剤投与の対策が取られているためそんなに薬が処方されることはありませんが、1日に30錠くらい薬を飲み、症状をなんとかおさえていたんです。
――それが鍼灸によって改善されたのですね?
はい。いくつかの病院にかかっても良くならないし、整体などに行っても改善が見られなかったため、母のすすめで四日市市にある鍼灸院に通うことになりました。
症状が少し落ち着いているタイミングでもあったのですが、何度か通っているうちにみるみる症状が安定したんです。あまりおすすめできることではありませんが、あるタイミングで薬を飲み忘れてしまったまま、薬をやめることもできました。
――ちなみに、鍼灸が精神疾患を改善するのはどのような仕組みなのでしょうか?
最近の研究でも色々なことがわかってきているところなのですが、ひとつには鍼によってオキシトシンホルモンが出て、抗ストレス作用に効果があること。あとは、脳内の血流と、抑うつ感やイライラなどの感情のコントロールには関係があると言われています。鍼によって、脳内の血流が調整されることが、メンタルの安定につながります。
――では鍼灸が精神疾患を改善することは、鍼灸師の間でもよく知られていることなのでしょうか?
東洋医学では心身一元論といって、心と体はひとつだと考えられているので、精神疾患にも鍼灸が効くことは認識されていました。ただ、過去には鍼灸師が精神疾患をみてはいけないと言われていたこともあるようです。最近になって少しずつ増えてきているようですが、まだメンタル鍼灸を掲げている先生は少ないと思いますね。
鍼灸を学べば、生きていける方法が見つかるかもしれない
――ご自身の経緯があって鍼灸師を目指したのですね。
ただ最初から鍼灸師を目指していたわけではないんです。私はなぜほかの人と同じように生きられないのか、仕事が長続きしないのか、鍼灸や鍼灸のベースとなる東洋医学を学べば、私が生きていける方法が見つかるんじゃないかという気持ちでした。
――どのようにして鍼灸について学びはじめたのですか?
専門学校に通うことにしました。学校に通うことを決意したのが2011年9月頃で、学校が4月開校だったので、しばらくはアルバイトをしながら社会生活に慣れて、4月に向けての準備をしました。
――実際に通い始めてみてどんなことを感じましたか?
とにかく覚えることが多くて、思ったより大変だなと感じました。学校には3年間通うのですが、1年に2回、計6回の試験があって、それをパスしないと追試になり、追試を受けるのに1科目2,000円ずつかかる仕組みだったんです。あまりお金がなかったこともあり、それだけは避けないといけないと思って、とくに試験の前は必死で勉強をしました。中高生時代は勉強が本当に苦手だったのですが、1日17時間くらい勉強をする日もありましたね。学校は首席で卒業、鍼灸師の国家資格を取得することができました。
周りの人たちはそこまで勉強しなくても合格している人がほとんどだったので、これから目指す人はそんなに勉強をしないといけないのかと心配をしなくても、大丈夫だと思います(笑)。
――最初は鍼灸師になるつもりはなかったとのことですが、どのあたりから気持ちが変化したのですか?
明確なきっかけがあったわけではないですが、在学中に徐々に、という感じでした。自分の不調がどう起きているか、そもそもどういった症状なのかなど、体に関する知識を得ることもでき、さらに鍼がそこにどう作用するかを学んでいくうちに、自分も鍼灸師になりたい、この仕事だったら長く取り組めるかもしれないと思ったんです。
また鍼灸師の仕事は独立すれば1人でやっていくことができるというのも、私にとっては魅力的でした。それまでの仕事では社内での立ち回りや人間関係に悩むことが多く、組織に属することが難しいのではないかという思いがあったんです。
とはいえ、いきなり独立することは無理だと思ったので、いつかは独立することを視野に入れつつ、まずはクリニックのなかで鍼灸師として働くことになりました。
苦しかった精神疾患を鍼灸によって乗り越えた米倉さん。次回は鍼灸師となってから、また独立してから苦労したことをどう乗り越えたか、そして鍼灸師の仕事の魅力についても伺います。