タイに魅せられて5回渡航! 知識や技術だけじゃなく、本場の空気感も伝えたい【もっと知りたい「ヘルスケア」のお仕事Vol.81 /セラピスト・飯村亜希子さん】#1
「ヘルスケア業界」のさまざまな職業にフォーカスし、その道で働くプロに、お仕事の魅力や経験談を語っていただく連載企画「もっと知りたい! ヘルスケアのお仕事」。
今回お話を伺ったのは、セラピスト・飯村亜希子さん
東京・八王子市にあるご自宅で「タイ古式マッサージとチネイザンのsalon&school ゆらぎ」を営む飯村さん。本場・タイで学ばれ、タイ政府も認定する本格的なタイ古式マッサージやチネイザン(氣内臓療法)が受けられるサロンとして人気を集めています。最近ではタイの産後ケア「ユーファイ」も取り入れ、女性のお客さまも多数ご来店されているそうです。
前編では、飯村さんがこの道に進んだきっかけや、サロンに込めた思い、経営面についてお話を伺います。
タイ古式マッサージに惹かれて
セラピストの道へ
――この道に進んだきっかけは何だったんですか?
セラピストになる前は事務職をしたり、ゴルフ場でキャディをしたりして働いていました。実は私、スノーボードをライフワークにしていて、冬の間は休みをとって雪山に行くため、長期休暇がとりやすい仕事を選んでいたんです。
スノーボードって常に横を向いている状態なので、体に負担がかかるんですよ。当時ジムで筋肉を鍛えるとか、可動域を広げるといったようなトレーニングはやっていたんですが、ケアやメンテナンスはあまりやっておらず、「なんとかしなきゃ」といろいろ試していく中で出会ったのが、タイ古式マッサージ。一番体にしっくりきて、無理もなく、私にすごく合っていました。
そうやって施術を受けるうち、タイ古式マッサージに興味を持つようになりました。たまたまセラピストをしている知人がいたので詳しく聞いたら、「セラピストの勉強をしてみたら?」と、研修制度のある大手温浴施設のマッサージ部門を紹介してくれて。それが2012年の8月だったので、約10年前ですね。
――ちなみに本場・タイにも行かれていますよね?
初めてタイに行ったのは2013年の11月。温浴施設に勤めつつ、勉強旅行ということで、タイの北部・チェンマイに10日間ほど滞在しました。タイは今までに5回行きましたが、毎回チェンマイです。
そもそもタイ古式マッサージには大きく分けて2つの流派がありまして、一つはバンコク発祥のワットポースタイル(ワットポー式)、もう一つがチェンマイ発祥のランナースタイル(チェンマイ式)。チェンマイは約80年前にタイに併合されたのですが、それまではランナーという一つの国だったんです。約700年間、ひとつの国として時代を築いていたんですね。なのでチェンマイには、今でも独自の文化や言葉が生きていて、すごく魅力的なんですよ。
――チェンマイでは何の施術を学ばれたんですか?
「タイ古式マッサージ」「チネイザン」「トークセン」「ハーブボール」「ユーファイ」の5つです。ただ厳密にいうと、チネイザンはタイ発祥のものではありません。マンタク・チア老師という創始者がタイ古式マッサージの概念を取り入れて、タオ(哲学)の中の「リトリート」の一つとしてつくったもの。そのリトリートが受けられる「タオガーデン」という施設がチェンマイにある関係で、チェンマイに根付いているんです。
――ちなみに一番最近学ばれたのは?
「ユーファイ」です。これはタイの産後ケアで、直訳すると「ユー」が「そばにいる」、「ファイ」は「ファイヤー(火)」のファイで、「火のそばにいる」っていう意味になります。
そもそもタイのマッサージには2大概念がありまして、一つは「セン(エネルギーライン)」、もう一つが「4元素」。先ほどの「火」に関わってくるのは「4元素」の方で、「人間の体は4つの元素でできている」という考えがベースになっています。
・「土」=固くて触れるも(骨、髪の毛、皮膚など)
・「水」=流れるもの(リンパ、血液、涙など)
・「火」=燃焼するもの(代謝、老化など)
・「風」=動くもの(エネルギー、呼吸など)
女性は出産することでエネルギーを使い、血を大量に失ってしまうので、「火」を体に入れることでエネルギーの動きを元に戻す、ということから「ユー(そばにいる)ファイ(火)」なんです。
タイでは産後7日目からユーファイが受けられます。でも日本って、こういう産後ケアがまだまだ少ないですよね。最近では女優さんが韓国のママキャンプに参加して出産されたというのがニュースになっていましたが、アジア圏で産後ケアの文化がないのは日本だけなんです。もっと女性の体に寄り添うケアも取り入れたいなと思い、学びました。
タイ人の3大ポリシー
「サヌック」「サヴァイ」「マイペンライ」が
サロン&私のポリシー!
――温浴施設の会社にはどれくらい勤められたんですか?
4年2ヶ月です。実は勤め始めてから並行して、個人でも「出張サロン」をやっていたので、温浴施設を退職してからは1年ほど路面店に勤めながらフリーランス活動に力を入れ、2017年に自宅でサロンを開業しました。
――当時どんな思いで開業されたんですか?
「お客さまともっとしっかり向き合って仕事がしたい」という気持ちがあったと思います。勤めていた頃は時間に追われて施術することが多かったので、その反動でしょうか。これは、お客さまがたくさんいらっしゃる大きな店舗だからこその悩みかもしれないですね。
私達スタッフが慌ただしくしていると、せっかくゆっくり癒されに来て下さったお客さまもバタバタとお帰りになるじゃないですか。それってなんだか申し訳ないし、寂しい。せめて扉を開けて入って来られてからお帰りになるまでは、ゆったりとした時間の流れを感じていただきたいという思いがありました。
――他にも大切にされている思いはありますか?
メニューは自分自身が体験して「すごい」と感じた施術だけを取り入れるようにしています。あと、自分が「心地いい」と感じるものも大切にしていますね。この考えは、タイの文化やお国柄に触れてきたからかもしれません。
というのも、タイには「タイ人の3大ポリシー」というのがあるんです。
・「サヌック」=楽しい
・「サヴァイ」=気持ちがいい
・「マイペンライ」=どうにかなるさ
「何事も楽しい気持ちでやってればなんとかなるから大丈夫! 難しく考えなくていいよ」っていう考えです。
――なんともタイらしい考え(笑)! でも、素敵ですね。
サロンに来ていただいたお客さまには、マッサージを受けて「気持ちがいいな」とか「楽しくなってきたな」って思っていただきたいし、体が癒されることで心も軽くなって、お悩みがあっても「どうにかなるさ!」って前向きに考えられるようになっていただきたい。これこそ、タイ古式マッサージのいいところだと思います。サロンとしても、私自身としても、このポリシーを大切にして、施術だけでなく本場の空気感もお客さまに届けたいです。
お客さまを中心に考えれば
自然と数字はついてくる!
――サロンをオープンさせてから、経営面はどうでしたか?
もちろん最初の頃はなかなかうまくいきませんでしたが、「芽が出るまで半年は我慢」という気持ちで営業していました。これは勤めていた頃に先輩から教えてもらった言葉なんですが、当時指名とフリーがあって、完全歩合制だったんです。お客さまがなかなかつかず辛い時期に、「まずは半年我慢できるかどうかで、その後が決まるよ。半年耐えて!」って言われて。今考えると、「お客さまに指名してもらうにはどうしたらいいだろう」って考える力は、この時に培われた気がしますね。
――開業当時、具体的にはどんなことをされたんですか?
まずは認知してもらうことから始めました。SNSで宣伝したり、ご近所にポスティングしたり、知り合いに「オープンしたよ」って報告したり。地道に動いた甲斐があって、徐々にお客さまが増えていきました。
――経営塾とかに通われたりは?
実は全く。なので、このやり方が正解かどうかわからないまま続けています(笑)。ただありがたいことに、経営者のお客さまだったり、同業の知人だったり、的確なアドバイスをくださる人が周りにたくさんいて、助けられています。
例えば、「困ったことがあったら、お客さまを真ん中に置いて考える」というのも、お客さまから教わりました。経営している以上は数字を追ってしまいがちですが、売り上げが振るわない時でも自分やサロンを中心に数字を考えるのではなく、お客さまを中心に考えて、ちゃんとその方のためになっているか、金額に見合うサービスができているか、と振り返ってみる。それを行動に移すことができれば、数字を追わなくても自然とお客さまがつながっていくんですよね。
――確かに、どうしても生活がかかっていると数字に振り回されがちで、ちゃんと意識しないと「お客さまを中心に」ってなかなか考えられないかもしれません。
とはいえ、コロナ禍はやっぱり辛かったです。こればっかりは、どうしようもなくて……。第一波のころはサロンも2ヶ月ほど閉めました。
でも再開すると、意外にも新規のお客さまが増えたんです。みなさん外出自粛で、癒しとか体のメンテナンスにお金と時間をかけるようになったみたいで、「運動不足をなんとかしたい」という方も多かったですね。「今まで通勤途中のサロンに通っていたけど、リモートになったから家の近くで探しました」と、ご近所のお客さまも増えました。最近は自粛ムードも和らいでみなさん外出されるからか、残念ながら少し足が遠のきましたが、逆に、以前のお客さまが徐々に戻って来てくださっています。
「タイの魅力に取り憑かれ、沼にハマっています(笑)」とおっしゃっていた飯村さん。キラキラとした笑顔でお話しされているのがすごく印象的で、「この仕事が好き!」という気持ちがすごく伝わって来ました。
後編では、現在の働き方や今後の目標、未来のセラピストに向けたアドバイスを伺います。
取材・文/児玉知子
撮影/喜多二三雄