痛みで成長することもある! 自分と向き合う「きっかけ」作りも仕事のひとつ【もっと知りたい!「ヘルスケア」のお仕事Vol.151/サッカートレーナー森本麻衣子さん】#2
ヘルスケア業界のさまざまな職業にフォーカスし、その道で働くプロにお仕事の魅力や経験談を語っていただく連載企画「もっと知りたい! ヘルスケアのお仕事」。
前編に続いてサッカートレーナーとして、WEリーグや大学リーグで活躍をしている森本麻衣子さんにお話しを伺います。
前編では現役のプロ選手から、セカンドキャリアとしてサッカートレーナーに転身をしたことを中心に語っていただきました。後編では、メンタルダウンからどのように復活したのか、サッカートレーナーとしてどう仕事と向き合っているのか、新たに見つけた「やりがい」について伺います。
お話しを伺ったのは…
サッカートレーナー
森本麻衣子さん
2011年に8年間在籍していた浦和レッズレディースを引退。鍼灸師とAT(アスレティックトレーナー)の資格を取得後、オルカ鴨川FC、ちふれASエルフェン埼玉などのプロリーグ、帝京平成大学女子サッカー部、早稲田大学女子サッカー部の大学リーグのトレーナーを歴任。
仕事を抱えすぎて、自分自身がメンタルダウンに
――ちふれASエルフェン埼玉の専任トレーナーをなさっているときにダウンしたのは何歳の時ですか?
36歳でした。国内最高峰のリーグで戦っているんだから結果を出さなくちゃいけない、選手たちにもいい結果を出せるようにしたい、自分もいい結果を出して実績を残したい…いろいろな考えに囚われていました。今にして思えば、自分ひとりで頑張ってもどうにもならないことがたくさんあるんですよね。当時の私はひとりで抱え込むタイプだったので、頑張ればどうにかできる!と思っていました。
――抱え込みすぎてダウンしてしまったんですね。
そうです。キャパオーバーになって、ある日突然、仕事に行けなくなり、チームを辞めました。
――その後は?
私、ずっと「自然の中にあるカフェで働きたい!」と思っていたのを実行しました。
――カフェですか!?
勤めていたチームが埼玉県の飯能にあって、その近くの森に私が思い描いていた理想通りのカフェがあったんです。「これはチャンス!」と思って、勤め始めました。
このカフェそのものが癒やしの場になり、とても元気になりました。
――いつまでカフェに?
3年は働いていました。1年後にはトレーナーとして復帰したんですが、カフェの居心地がすごく良くて辞めたくなかったんです(笑)。ちふれ(ASエルフェン埼玉)で非常勤のトレーナーを週に2~3日、カフェで2日のペースで働いていました。選手たちも食べに来てくれたんですよ。家、カフェ、ちふれの位置がちょうど三角形を描くバランスで、それぞれ車で5分くらいの場所だったんです。
――二足のわらじ状態ですね(笑)
カフェはオーナーもスタッフも良い人たちばかりだし、環境もいいし、本当に辞めたくなかったんです。本業が忙しくなったときでも月1ペースで通っていました。でも、引っ越したタイミングで辞めざるを得ず…。オーナーは「月に1回でもいいし、3か月に1回でもいいから」と言ってくださいましたが、通うにはやはり無理なので。今、カフェは休職中です(笑)。
目指すのは「何かしてくれる人」ではないトレーナー
――トレーナーを1年間お休みして、すぐに復職できたのがすごいですね。
私が現役でやっていた頃のチームメイトたちが、WEリーグや大学リーグのチームでGMだったり指導者だったり、上層部で活躍しているんです。そのご縁で呼んでもらいました。活躍している仲間の人脈のお陰です。
復帰した直後は、まだメンタルが不安定だったので、「来られなかったら、来なくていいよ」って言ってくれたのが嬉しかったですね。無理しない形で復帰できたので、やりやすかったです。
――復帰後は仕事の取り組み方とか、何か変わりましたか?
以前は「自分の仕事をやり抜かなくちゃ!」と思い詰めて、選手の気持ちを考えずに「大丈夫なの?本当に大丈夫なの?」って状態を聞いたり、必要だと思えば「これをやりな!」って押しつけたりしていました。今考えると、すごいやり方をしていたなと思います(笑)。
今は何か聞きたいことがあっても、伝えたいことがあっても、相手のタイミングを見るようになりました。
――選手たちにどんなアドバイスをするんですか?
身体に痛みがあってもプレイしている選手はたくさんいます。彼女たちはプロだから、痛みがあっても結果を出さなくてはいけません。身体が資本とは言え、生活もかかっているので、「このまま続けると身体に負担がかかる」場合には必ず言います。
――サッカーの選手は個性的な方が多そうですね。
自分のことは自分でしっかり管理している選手にはいっさい言いません。試合前には声をかけて欲しくない選手もいます。試合後の勝敗も関係しますね。選手たちの顔を見て判断しています。
――トレーナーとして、森本さんは選手に対してどう関わっていますか?
選手自身に考えさせて、なるべく自分で解決できる方法を見つけてもらうように心がけています。特に育成年代では、セルフケアを重要視して関わっています。痛みがあったとしたら、自分で「これをやったら痛みが取れた!」というのを実感して欲しいんです。痛みを訴える子がいたら、「何でここが痛いと思う?」って必ず尋ねます。考えさせて、それでも分からなければ「水分を摂ってる?」、「ご飯を食べてる?」、「ちゃんと眠れてる?」などヒントになる質問します。
ほかにも「ここをほぐすとどう?変わったよね?」という風に身体で感じてもらうようにしています。
――自分で管理ができるようになりますね。
サッカーのカテゴリーによって、チームにトレーナーがいないところもあります。そこでは自分で痛みを取らなくてはならないんです。「強くなれよ!」という願いも込めています(笑)。
サッカー以外にも、もっと面白い選択肢がたくさんあった!
――トレーナーをしていて、最高に嬉しかったことは何ですか?
ケガした選手が復帰したときですね。膝の痛みがひどくて半年~1年ほど活躍できない選手がいました。ケガをすると筋力が落ちてどんどん細くなってしまうんです。筋トレで脚を太くしようとしても、まったく効果なし。何をやっても太くなりませんでした。思うような効果が出なくて私に当たることもありましたし、自分自身に当たることもありました。
「おかしいな」と思ってよく調べてみると、脳からの指令が脚に届いていなかったんです。
神経の通り道を回復するように脳神経系のトレーニングを取り入れたら、状態がようやく上向きになりました。その選手が試合に復帰したときの嬉しさといったら!
――トレーナー冥利に尽きますね。
私がチームを離れても、ケガをして試合に出られなかった選手たちの試合は必ずチェックします。一生ものの深いつながりができるのが嬉しいですね。
――森本さんのこれからの展望を教えてください。
可能な限り、サッカートレーナーとしてグランドに立ち続けたいです。特に育成年代の選手を指導できればいいですね。脳神経系のトレーニングにも力を入れて取り組むつもりです。あとはお年寄りに向けたフレイル予防のエクササイズを広めたいですね。
私のように非常勤でフリーな立場は、身分が不安定ではありますけど、いつもニュートラルでいられるのが大きなメリット。また、常にニュートラルな状態を保っていたいと考えています。忙しくても、やりたいことだけやっているので楽しいですよ。
――トレーナーを目指す人たちにアドバイスをお願いします。
トレーナーはとても楽しい職業だと思っています。私はサッカーでしたが、ご自身の得意分野を見つけて切り開いていけば、いろいろな可能性に出合えると思います。
森本さん流! サッカートレーナーとして長く続けるポイント
1.選手の身体だけでなく、パーソナリティや取り巻く環境を含めて観察する。
2.選手が痛みの原因と向き合えるようにサポートする。
3.常にフラットな状態を保つ。
現役時代の森本さんは、なでしこジャパンのメンバー入りを目指していたものの夢は叶いませんでした。「でも、トレーナーとしてチームに参加できたので、ある意味、夢が叶いました」(森本さん)。今後は脳神経系のトレーニングやフレイル予防にも関わっていきたいそう。サッカーから始まった森本さんの夢は、どんどん広がっていきます。
撮影/古谷利幸(F-REXon)