アスリートからオリンピック選手を支えるトレーナーに転身!【もっと知りたい!ヘルスケアのお仕事Vol.166/マークスボディデザイン 江口典秀さん】#1
ヘルスケア業界のさまざまな職業にフォーカスし、その道で働くプロにお仕事の魅力や経験談を語っていただく連載企画「もっと知りたい! ヘルスケアのお仕事」。
今回はトレーナーとしてトップアスリートたちのケアを行うほか、フレイルトレーナーとして全国各地で指導にあたっている江口典秀さんにお話しを伺います。
前編では、アルペンスキーでオリンピックを目指していたこと、大学に進学しカイロプラクティックと出合ったこと、オリンピックに専任トレーナーとして同行したことについてお話しいただきます。
お話しを伺ったのは…
マークスボディデザイン代表
江口典秀さん
JCDC認定カイロプラクターの資格を取得後、(財)日本オリンピック委員会専任メディカルスタッフ、(財)日本セーリング連盟オリンピック特別委員会トレーナーを歴任。アテネ、トリノ、北京、ロンドンのオリンピックに同行する。現在はプロスポーツ選手や実業団選手など数多くのトップアスリートのケアやコンディショニング指導を行うほか、健康・生きがい開発財団の上級フレイルトレーナーとして、全国各地の自治体で健康づくりをサポートしている。
アスリートの能力を最大限引き出す方法を探るために大学へ
――江口さんがヘルスケア業界に入られたきっかけは何でしょうか?
小学生の頃からアルペンスキー競技を始めて、オリンピック出場を目指していました。大学進学を考えたとき、アルペンスキーの強い大学に進む道もありましたが、身体のことを学べば自分自身の身体能力がもっと高まるのでは…という気持ちもあったんです。それでスポーツ医科学が学べる大学に進学しました。
――身体のことが分かれば、どう競技に反映させていくのか参考になりそうですね。
選手として競技力を高めながら、どうすればケガをしないように身体を使えるのかなど基礎的な知識を学びました。
――その知識はトレーナーとしての仕事に役立っているんですか?
大学ではトレーニング方法や応急処置などは学びましたが、トレーナーになるにはトレーニングを見守るだけでなく、ケガした身体を治せたりケアできなければいけません。治療が終わったら、きちんと復帰できるまで指導したい、と考えると当時の大学の学びだけでは足りないんです。
――トレーナーの仕事は、なかなか大変なんですね。
トレーナー業は求められることの幅が広くてトレーニング指導ができるだけでなく、施術できるスキルなど、現場ですぐに対応できるトレーナーが必要とされます。
資格を取ってもトレーナーではなく、理学療法士や鍼灸師として開業したり、病院に勤務する方もいらっしゃいます。
――江口さんは施術するスキルとして、何を選んだんですか?
カイロプラクティックです。大学に通っていたとき、たまたま夜中にテレビを観ていたらアメリカのカイロプラクティックを紹介する番組をやっていたんです。身体の軸になっている背骨と、そこから出ている神経を調整する技術で、身体の根本からしっかりと治療する、というのを知ってものすごい衝撃を受けたんです。「この技術を学びたい!」と思い立って、翌日、テレビに出ていた先生に会いに行ったんですよ(笑)。
――すごい行動力ですね。
その方は日本で最初に本場のアメリカでカイロプラクティックを学んだ先生だったんです。先生は「勉強するならアメリカに行った方がいい。でも10年はかかるよ」って(笑)。「まぁそれも仕方ないか」と思ったんですが、先生が「来年には日本にカイロプラクティックを教える学校ができるから、そこに通えばいい」ともおっしゃってくださったんです。それで大学卒業後、学校ができるまでの1年間、アメリカに渡ってカイロプラクティックとはどんなものなのかを勉強しに行きました。
――ものすごい「ご縁」ですね。第一人者に会えたこともそうですし、学校が開校するタイミングもばっちり合ったなんて!
最初に一流の方に出会ったのが、僕にとってもすごく大きかったですね。その方のお話しから、どういう道をたどって、どこに進めばいいのかを知れたのは本当に幸運でした。
――カイロプラクティックの技術を習得してからは?
施術院で働くと一般の方しか診られないので、どうしたものかと悩んでいたら、トップアスリートたちがトレーニングをするスポーツ医科学センターが横浜にできるというのを耳にしたんです。そこに勤めることが決まっていた知り合いに、「僕もそこで働きたい!」と頼みました。
――それもご縁ですね!
1日のうち治療院で一般の方の治療とスポーツ医科学センターでトレーナーの仕事を振り分けて、両方兼任しながらトップアスリートたちの様子を診ながら経験を積んでいきました。
競技に特化する必要なし! 身体のことが分かれば何でもできる
――江口さんが日本代表アルペンスキー男子チームのトレーナーになったきっかけは?
以前から日本代表チームのトレーナーと知り合いで、その方とのご縁から「手伝ってほしい」と言われてからですね。
――それはやはり、江口さんがスキーをずっとやっていらっしゃったから? 経験のあるスポーツに特化したトレーナーになるのでしょうか?
大学に進んだときは、僕はスキーのトレーナーしかできないんじゃないか…と思っていました。でも身体の仕組みを学んでいくうちに、何のスポーツをやっているかに関係なく身体の仕組みは一緒だと気づいたんです。身体のことを勉強していけば、他の競技でも役に立つのではないかと思うようになりました。
――江口さんのプロフィールを拝見すると、トリノオリンピックの前にアテネオリンピックでセーリング競技でトレーナーをなさっています。これはどんないきさつが?
’03年3月にヨーロッパでスキーの最終シーズンの試合にナショナルチームのトレーナーとして同行していたとき、連絡が入ったんです。トルコでセーリングの最終予選に出場する選手がケガをしてしまった。でも予選に出したい。この状況が何とかならないかという相談でした。ちょうどスキーシーズンが終わったところで、ウィンドサーフィンをやった経験もあったので「僕、行きますよ」と軽い気持ちで引き受けたんです。
――ウィンドサーフィンは趣味ですか?
いえいえ。選手時代にトレーニングの一環でウィンドサーフィンをやっていたので、大丈夫だろうと思ってしまったんですね。でも実際はまったく違いました(笑)。
それまで面識のなかった選手といきなり会ってケアしたら、予選を通過してオリンピック出場が決まっちゃったんです。「じゃあアテネオリンピックまでやってください」ということになって。それでトリノの前にアテネを経験させていただいたんです。
――スキーのはずがセーリングですか!? この2つの競技は使う筋肉がまったく違うような気がします。
確かに見た目は違います。ただ原点に返れば、この2つの競技はバランスを取りながら、常に変化する状況で速さを競うものですよね。実はセーリングとスキーは同じ所がたくさんあるんです。共通した部分を強化すればいいんじゃないかと思って、スキー選手がやっているトレーニングを、そのまま持っていきました。そうしたらそれがよかったようです。
――まったく別物のようで、実は似ている。面白いですね。
もちろん、スキーもセーリングも使う筋肉が違ってそれぞれの特性はありますが、バランスを取るとなったら全身です。どこを重視するかの違いだけなんです。
――大学で学んで気づいたことが、その身体の仕組みのことなんですね。
あとは、僕は「何でもやってみたい」という気持ちがあるんです。とにかく挑戦してみて、感じて、それをどうできるかを考えるというのがすごく好きなんです。セーリングをやったことはなかったけれど、合宿とかでやらせていただいて、身体という視点でみたうえで、ディスカッションをしていくと、新しい答えが生まれてくるものなんです。
カイロプラクティックの資格を取り、セーリングとアルペンスキーの日本代表チームのトレーナーになった江口さん。
後編ではトレーナーとして常に心がけていたこと、ご自身の施術院を開院なさったいきさつ、アスリートのためのトレーナーにとどまらずフレイルのトレーナーとなったきっかけなどをご紹介します。
撮影/森 浩司