東京の洗礼「いつから本気になるの?」このひと言でさらに気合いが入った【AMA TOKYO 代表 蓬莱たけるさん】#1

韓国ヘアのスペシャリストとして、セミナー講師やメディア出演なども多数。今回は、美容師の蓬莱たけるさんにインタビュー。

名門・AFLOAT出身であり、先輩である間嶋崇裕さんと共に2022年に立ち上げたAMA TOKYOは、年々業績を伸ばしている今注目のサロン!

そんな人気店を支えている蓬莱さんは、一体どんな道をたどってきたのか? 

一度は地元関西で就職するも、あるきかっけで東京へ異動、そこから美容師人生は大きく転換したと言います。【前編】では、修行時代の奮闘ストーリーを取材しました。

お話を伺ったのは…

AMA TOKYO 代表

蓬莱たけるさん

1995年生まれ、兵庫県出身。東京モード学園卒業後、AFLOATへ入社。関西出店のオープニングメンバーとしてスタートし、のちに東京の店舗へ異動。学生の頃より大の韓国好き。自身の打ち出しもマニアならではのこだわりでヒットを生み出し、たちまち韓国ヘアトレンドのキーパーソンに。2022年10月、AFLOAT時代の先輩である間嶋崇裕氏と共に「AMA TOKYO」をオープン。技術力やサロンブランドとしての魅力はもちろん、時代にフィットするスタイル提案や働き方の多様性など、美容師を志す若い世代からも注目を集めている。

HOURAI’S PROFILE

お名前

蓬莱たける

出身地

兵庫県高砂市

出身学校

東京モード学園

憧れの人

徳川家康。家臣を大切にしたから組織が強かった。僕もスタッフが大好きです

休日やプライベートの過ごし方

スタッフの事だったり仕事の事しか考えてないです

仕事道具へのこだわり

ハサミは毎日磨く! これを欠かさなかった日は本当にありません

とにかく不器用だったから、3時間前に出社して朝練に励んでいた

――美容師を目指したきっかけは?

最初はまったく志望していなかったんですよ。高校時代、やりたいことも別にないし、卒業したら地元で就職しようかなって。

ある時、大阪にめちゃくちゃ有名な占い師がいるって聞いて行ってみたんです。そしたら、「あなたは美容師が向いてます」と言われた。

――え! まさかの占いで!?

それまで美容師なんて職業を考えたこともなかったから、僕がびっくりでした。ずっと野球部で坊主だったし、ファッションにも興味なかったし(笑)

でもそれがきっかけで美容師さんを気にするようになって、東京でバリバリ活躍するなんてかっこいいな〜と思うように。

――専門学校への入学で上京したのですね。

専門は、東京モード学園です。ヘアとメイクにも興味があったので3年間。

授業料を自分で払っていたから、学校に通いながらもめちゃくちゃバイトしてた学生時代でした。

――AFLOATヘは新卒で入社したのですか?

はい、その時にちょうど関西にAFLOATができるタイミングで、僕が関西出身だったのもあり、その店舗に配属になりました。

――アシスタント時代の蓬莱さん、どんな感じでした?

不器用すぎてカリキュラムは全然進まないし、ずっと自信もなくて。とにかく練習だけは人一倍していました。

朝はみんなより3時間前に出社。朝練はいいですよ〜早朝って、頭がクリアで回転も早いし、自分時間って感じで超集中して練習ができる。

――どのくらいでデビューできたのですか?

3年くらいですね。でもデビューを目前に、何とコロナ禍に。いろいろ考えることもあり、いったん辞めようかなとも思ったんです。

ある日、宮村さん(AFLOAT代表)が名古屋店に来てるというので、挨拶しに会いに行きました。そこで話をさせてもらう中で、「東京で働いてみるのもいいんじゃない?」と、突然のチャンスをいただいて。

東京で働くのはいい経験になるかもしれないと、そこから再び上京することを決めました。僕の中では大きな選択で、今思えばターニングポイントでした。

東京で働いて言われた衝撃の言葉「お前、いつから本気になるの?」

――上京してすぐにスタイリストデビューという流れ。お客さん、全然いなかったのでは?

銀座にある店舗で働くことになって、お客さんも友達も誰もいない状態でのスタートです。初月の売り上げは10万ちょっとでした。

――どうやって集客していったのですか?

同僚にSNSの活用を教えてもらったり、あとは撮影の本数も増やして。

関西にいた時だって、SNSも撮影もやっていたんですよ。しかも僕としては、しっかりやっている方だと思っていた。

でも、先輩から言われたのは、「お前、いつから本気になるの?」という言葉でした。今までのやり方じゃ全然足りない、東京で売れているスタイリストたちはレベルが違いすぎる、これはヤバいぞ、と。

――厳しい言葉ですけど、第一線を目指すからこその叱咤激励ですよね。

それ言ってくれたのは、今一緒に代表をしている間嶋なんです。3年先輩で、僕は間嶋に育てられてここまで成長できたと思っています。

そこからさらに気合いを入れ直しました。撮影はほぼ毎日(月20以上はやっていた)、SNSは毎日8投稿・5ストーリーを更新。うまくなりたい、売り上げを伸ばしたい一心で、ひたすらがんばっていました。

ありがたいことにお客さんもそこからだんだん増えて、SNSで見るとウェブサイトタップ数が7日間で4000近くまで上がったことも。

日本っぽい韓国ヘアではなく、韓国寄せの韓国ヘアに落とし込む

――その時から韓国ヘアは打ち出していたのですか?

そうですね。僕は高校の時から韓国が大好きで、ドラマとアイドルにハマっていたんです。オーディション番組とかも新鮮でめちゃくちゃおもしろくて。

当時、日本ではどちらかというと可愛らしい髪型が流行っていた。でも韓国が好きだった僕は、ちょっと色っぽい感じのヘアが好きで、韓国の女優さんとかお姉さんっぽい雰囲気。そういうスタイルを美容師としても打ち出していました。

――韓国ヘアを打ち出している人は周りにもいました?

既にいましたね。ただ、日本で流行っていたのは、「日本っぽい韓国ヘア」。僕は、そうではない韓国寄せの韓国ヘアをやりたかった。

例えば、日本では、ハチをおさえてひし形っぽいスタイル作りを教わる。でもこれだとどうしても日本の雰囲気になってしまうから、あえてやらずにうまくボリュームを出す。

前髪はアイロンでなくマジックカーラーで作ることで、リアルな韓国の雰囲気に寄せていきました。

あと、日本はコテで巻いて作るスタイルが多いですが、韓国はパーマをかけて作るんですよ。その感じも出したくて、巻き方もかなり研究しました。全体的には、日本人の髪でもできるように細かく落とし込んでいった感じですね。

――すごくこだわって、他と差別化できたからこそ認知度も高まったのでしょうね。若い頃からそこまで突き詰められるのってすごいです!

僕、昔からバイブルがあって、「プラダを着た悪魔」という映画にめちゃくちゃ感銘を受けたんです。

アシスタント時代にあたりまえのことだけやっていたら普通で終わる。どうやって一歩先に行くか、それを常に考えなければならない…そんなメッセージ。若い時の自分にすごく刺さって、もう何度も何度も見て、本気で救われた映画。

今、続編が上映されていて(!)しかも数十年後のストーリー。僕も年をとって、また違った目線で考えたりして、映画と共に美容師としての自分を振り返っています(笑)

取材・文:青木麻理(tokiwa)
撮影:高嶋佳代


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