美容師としてお客様の期待に応え、経営者としては楽しみながら責任を全うしたい【Elme 武田雅俊さん】#2

表参道での修行時代を経て独立し、「Elme(エルメ)」を創業した武田雅俊さん。今では美容室のみならず、トータルビューティーサロン、飲食店、そしてプロダクトブランドまで手がけています。多角的に展開しながらも、その根底にあるのは「人の心を動かすものをつくりたい」という一貫した思い。そしてどの事業も「人の暮らしを豊かにする」という信念でつながっています。

前編では美容師を目指したきっかけから、「Elme」と「Elme 蔵前」の出店に至るまでのお話を伺いました。後編では、多角経営のお話やその中で大切にしていること、経営者であり美容師としての現在地とこれからをお聞きしています。

お話を伺ったのは…

Elme

代表・美容師 武田雅俊さん

国際文化理容美容学校を卒業後、都内2店舗を経て2013年に表参道で「Elme」を設立。2016年にトータルビューティサロン「Sii(シー)」(代表は新井徹さん)をオープンし、美意識の高いお客様を中心に高い支持を獲得。2021年「Elme 蔵前(エルメ クラマエ)」、2022年「レストランバー 101(イチマルイチ)」を立て続けに出店。2025年にはSiiの新井さんを中心にトータルケアブランド「hear(ヒア)」を設立し、性別や年齢を問わず使えるアイテムをプロデュース。

Instagram:@elmetakeda

美容の枠を超えて、“人の暮らしを豊かにする”ことに挑戦

「やりたいことはやる」精神で、次々と活躍の場を広げている武田さん。「美容を軸に、ライフスタイル全体をデザインしていく。それが今の自分のテーマ」と話します。

——「Elme 蔵前」よりも先に、「Sii」というトータルビューティサロンを立ち上げていますよね。

表参道にElmeをオープンして3年後、青山にSiiを立ち上げました。Sii代表の新井徹はもともと僕のアシスタントだったんです。スタイリストになってからもずっと一緒に働いていて、「ヘアだけでなくアイラッシュやネイルなどもできるトータルビューティサロンを作ろう」という話になりました。

Siiではシャンプーからお見送りまでマンツーマンで担当するスタイルにこだわりました。当時は、効率重視で分業が進むサロンが多かったのですが、お客様一人ひとりとじっくり向き合いたいという気持ちが強かったからです。お客様を最後まで責任を持って担当するというのは、美容師としての理想でもありました。

Siiはシックで落ち着いた大人の空間。キャリアを積んだヘアデザイナーが、上質なアイテムとメソッドを組み合わせてトータルビューティを叶えてくれます。

——当初の反響はいかがでしたか。

初めはスタッフもまだ少なく、予約が埋まらない日も多かったです。でも、焦らずに続ければ絶対に届くと信じていました。一人ひとりのお客様を大切にすれば、必ず次につながる。そんな気持ちで地道に日々を積み重ねていくうち、じわじわと口コミで評判が広がり、オープンから10年を迎える今では多くのファンに愛されるサロンに成長したと思います。一度ご来店いただいた方に、「また行きたい」と思ってもらえることがとても嬉しいです。Siiはそんなリピーターのお客様に育ててもらったお店ですね。

——2022年には、田原町に「レストランバー101」をオープンさせました。美容とは異なるジャンルの店を出したのはなぜですか。

以前から、自分の理想の空間をつくってみたいという思いがあり、それを形にするチャンスだと感じたんです。お酒を楽しむ場としてだけでなく、美容の感性や人とのつながりを共有できる場所ができるんじゃないかと。

店名の「101」には、「人と人(1と1)がつながる場所」という意味が込められています。蔵前のElmeと田原町の101は距離的に近いので、相互のお客様が気軽に立ち寄ることができます。職人の街として発展してきたエリアなので、人のつながりが自然に生まれるという魅力を活かして、美容室と飲食店をつなぐコミュニティがつくれると思いました。Elmeのお客様を101にご案内したり、その逆もあったり。“地域の中で人が循環する”関係性を目指しています。

レストランエリアとバーエリアから成るオールデイダイニング。農家直送のこだわり野菜や旬の食材、ソムリエ厳選のワイン、蔵前・浅草エリアで作られたクラフトジンなどを楽しめます。

——美容室の経営ノウハウはあっても、飲食店はまた違うのでは…?

はい、飲食業界は完全に未知の世界でした(笑)。だからこそ、飲食に詳しいパートナーと組んで一緒にやっています。美容室は薬剤の在庫管理などロスが出にくいですが、飲食店は食材が日々変動します。価格も仕入れも流動的で、美容とはまったく違う経営感覚が必要だと痛感しました。

ただ、美容と共通する部分もたくさんあると思っています。それは例えば、見た目の美しさ。料理もヘアスタイルも、最初に視覚で感動を与えることが大切だと感じました。

——今や人気店ですが、初めから順調だったのでしょうか。

最初の1年はまったく順調ではありませんでした。なかなか利益が出ない中、毎晩ギリギリの営業をしていましたね。でも、あるときランチメニューがSNSで話題になり、一気に状況が変わりました。インスタグラマーやインフルエンサーの方が次々に紹介してくれて、いつの間にか行列ができるようになったんです。

自分たちが信じたものを続けることが、結果的に認められた瞬間でした。飲食も美容も、「人に喜ばれること」がすべて。形は違っても、根本は同じだと改めて実感しました。

——美容や飲食を手がけて、成功する秘訣って何でしょう。

まだ全然、成功というところまでは届いていないのですが…。美容室でも飲食店でも、ただ何かをやり始めただけでは成功しないと思います。何がお客様に刺さっているのかを分析して、それをどんどんブラッシュアップしていかないとダメですよね。異業種に飛び込んでから、より強くそう思うようになりました。

挑戦の基準は「楽しめるか」と「続けられるか」

一度始めたことをしっかり継続しながら、新しいこともスタートする武田さん。「そのうち抱えきれなくなりそうですよね。今はまだエネルギーがありますが、さすがに体力の衰えを感じています(笑)」。

——なんと今年はコスメブランドも設立したそうですが。

以前からPB(プライベートブランド)に興味があって、いつかオリジナルのプロダクトをつくりたいと思っていました。とあるメーカーさんとの出会いをきっかけに、Siiの新井とともに肌・髪・体をケアできるブランドとして「hear」を立ち上げました。

——特徴やラインナップを教えてください。

美容師という仕事は手荒れや肩こりなど体への負担も多いですが、そんな悩みを少しでも軽くできたらという思いから生まれたブランドです。ラインナップはバーム、ブースターオイル、入浴剤の3種で、赤ちゃんからシニアまで使えるユニセックス設計です。

開発時に大切にしたのは、「自分自身が本当に使いたいと思えるものをつくること」と「心に届く体験」です。例えばバームは、アスリート向けのスポーツバームをベースに、髪にも肌にも使えるように調整しました。香りや質感まで何度も試作を繰り返し、本当に毎日使いたいと思えるまで突き詰めて完成させています。

「BALANCING BALM」「REVITALIZING BOOSTER OIL」「BATH POWDER」を主軸に、「まずはブランドの認知度を上げていきたい」と武田さん。

——製品の購買層や使われ方は?

購買層も使われ方も幅広いです。僕は洗顔後にブースターオイルとバームを使っていますが、自分としては肌の調子がすごくいいと感じています。バームをヘアスタイリングに使う方もいれば、肩こりやむくみが気になる方はマッサージに使っていますね。

——サロン、飲食店、コスメブランドと次々に立ち上げていく過程で、大切にしていることは何ですか。

「自分が楽しめるかどうか」と「続けられるかどうか」。シンプルにこの2つです。そして、新しいことに挑戦するときは、いつも周囲のプロフェッショナルに助けてもらっています。一人で完璧にやるのではなく、信頼できる人たちとチームで動くことが、結果的に長く続けられる理由だと思います。

経営者としての責任と、美容師としての原点

大好きなお酒を飲むことも武田さんのリセット法のひとつ。悩んでも「また明日から頑張ろう」と切り替えられるのだそう。

——多店舗展開を進める中で、各店のスタッフさんに求める能力や心構えは何でしょうか。

一人ひとりが自分の強みや個性を伸ばしていけばいいと思います。でもチームとして働く以上、周りを思いやる気持ちは絶対に必要。技術だけでなく、場の空気をつくる力が大事だと思います。

——経営者としての理想像はありますか。

理想像というのは特になくて、どの場面でも「今を全力でやる」ことを続けてきた感じです。何でもやってすごいねと言われることもありますが、実際はただ毎日必死なだけ。これでいいのかと自問自答しながら、ひとつずつ形にしていく日々です。

——毎日必死だったり、迷ったりしながらも前に進み続けられるのはなぜ?

自分の不安や大変さを見せても仕方ないから(笑)。悩む時間があるなら動いたほうがいい。僕は心配性だけど、ポジティブなほうなんです。

——では、一人の美容師として大切にしていることは何ですか。

お客様に喜んでもらうこと、それがすべてです。お客様からしてみれば、僕が経営者であろうとフリーランスであろうと関係ない。「こうなりたい」と期待しながらサロンに来てくださる以上、その思いに全力で応えるだけです。どんなに忙しくても、そこはブレたくないですね。

僕にとって髪を切ることは表現であり、会話でもあります。目の前のお客様が笑顔で帰ってくれる瞬間、いまだに胸が熱くなるんです。

——武田さんにとって、「働く」とはどういうことでしょうか。

美容師に限らずどの業界でも職種でも、働くことは社会の一員として果たす義務であり、責任です。でもそれだけでは続かない。お金を得るためだけの仕事では、心が枯れてしまうこともあると思うんです。

「義務と楽しさの両立」、それが僕にとって働くこと。

——ご自身としては今、義務と楽しさの割合はどれくらいですか。

うーん…、9:1くらいかな(笑)。でもその1がなくなったらこの仕事じゃないなって思います。どんなに責任が重くても、「髪を切り、喜んでもらうことが好き」と思える瞬間があるから続けられるんです。

美容師は、人を幸せにできる仕事。技術を通してお客様の心を前向きにできることが、この仕事の一番の魅力です。そんな思いを共有できる仲間とともに、これからも成長を続けていきたいです。

——これから美容業界で活躍を目指す若手に、メッセージをお願いします。

どの仕事も簡単ではない。でも、自分が本気で取り組めば、道は必ず開けます。やりたいことをやり切る。そこに楽しさを見出せるかどうかが、成功の分かれ道だと思います。

武田さん流、成功のための3大ポイント

1.自分を追い込む期間、仕事にのめり込む時間が必要

2.「決めたことは必ずやる」と、自分に約束する

3. 常にアンテナを張り、情報収集と下準備を怠らない

撮影/生駒由美
取材・文/井上菜々子


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Elme 蔵前
住所:東京都台東区三筋1-3-18 SYビル1F
TEL:03-5829-4800

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