「Afloatでは盛り上げ役でした」表参道、ハワイを経て、ファミリーで賑わうサロンのオーナーに【terra by afloat SEAGLASS COTTAGE 荻野好広さん】#2

表参道の有名サロンAfoloatで第一線で活躍していた荻野さん。実は美容師になったのは25歳と遅咲き。「理容師、古着屋さんの店長、ロシア料理のコックさんなど、さまざまな職業についてきました」と話す荻野さんに、最後の職業として美容師を選んだ思いややりがいについて伺います。

後編では、東京のトップサロンAfloatで働いた10年間や、ハワイでのサロン業務、現在の仕事についての話を伺います。

お話を伺ったのは…

terra by afloat SEAGLASS COTTAGE

代表 荻野好広さん

福島県出身。専門学校で理容師の資格を取得後、地元の理容室で働く。その後上京し、古着ショップのスタッフに。店長になったあと家庭の事情で退職。旅行先のロンドンで食べた異国の料理に感動し、料理の道へ進むことを決意。ロシア料理店でシェフとして働いたあと、昔からの夢だった美容師を再び目指す。Afloatのオープニングスタッフとして入社後、10年後にはハワイの店舗に異動。帰国後、二子玉川に現サロン「terra by afloat SEAGLASS COTTAGE」をオープン。子供から大人まで幅広い世代に愛される、アットホームな空間となっている。

25歳で入社。同期には10代も

「アフロート時代の仲間は戦友ですね。今も仲良くしている人が多くいます」(荻野さん)

―― 荻野さんがアフロートに入社したのは25歳ごろですよね。周りの新人スタッフとかなり歳が離れていたのでは。

そうなんです。まだ10代の同期もいたし、なんなら当時の店長は僕と同い年でした(笑)。でも、やりにくいとか話が合わないとか、そんなことは全然思わなかったですね。

――それはどうしてでしょう。

古着屋さんやレストランでの経験があったからだと思います。古着屋さんでは店長だったのが、レストランでは見習いから始まりました。年下の先輩から指図を受けるのも日常茶飯事でしたし。年齢よりも経験がものを言うのは当然ですよね。

――過去の職業での経験に助けられたんですね。

はい。アフロートでも精神年齢は幼くても技術が高い人はたくさんいたし、家族が亡くなったと泣きながら働いている年下の子もいました。そういうプロ意識が高い人を見ると、年齢は関係ないですよね。トップサロンで働くスタイリストは覚悟が違うな、と尊敬して見ていたのを覚えています。

厳しい世界だからこそ続けられた

――荻野さんはアフロートではどのような仕事を。

入ってすぐに宮村さん直属のアシスタントになりました。サロンワークもありましたが、タレントさんの仕事や撮影についていくことの方が多かったですね。雑誌の撮影もたくさんあったので、夜中の3時に撮影が終わって、翌日は6時集合という日もありました。そんな日はサロンに泊まったり。

――ハードな時代でしたよね。体を壊すことはありませんでしたか?

一度体を壊して、実家で1ヶ月ほど療養したことがあります。でも体調が回復したらすぐにサロンに戻りました。

――つらいなと思ったことは。

当時はそんなこと考える暇もありませんでした。目先のことをこなすのに必死で。

――古着屋さんやレストランのように、辞めるという考えには一度もならなかったのですか?

ならなかったですね。どうしてですかね。たぶん、ゴールが遠かったからだと思います。古着屋さんもわりとすぐに店長になれたし、レストランも器用にこなすことができました。でも美容師の場合、まずスタイリストデビューするまでに数年かかります。その先もライバルもたくさんいるため、上に上がることも難しい。そんな厳しい世界だからこそ、中途半端なところで辞める気はありませんでした。

――美容師をしていて、荻野さんがうれしいと思うのはどんなときですか?

一緒に苦労した仲間がスタイリストになったり、成功したときですかね。あとはサロンワークをしてお客様に喜んでもらえたときとか。僕はあまり欲がないんですよね。当時から自分が売り上げトップになりたいとか、そういう意欲はありませんでした。

ハワイでの美容師も経験

ハワイで美容師をしていた頃の荻野さん。

――ハワイで働いた経験もあるとか。

はい。当時都内にある2つのサロンと共同で、ハワイにサロンを出そうという計画があったんです。それで「荻野行かないか」と言われて、行くことになりました。ところがその話が途中で頓挫してしまって。でも僕はすでにハワイに拠点を移してしまっていたので、アフロートののれん分けのような形で、自分でサロンを作ることにしたんです。

――未経験者が海外でサロンをオープンさせるのは、とても難しそうです。

そうですね。契約書も当然英語だし、分厚いし、わからないことだらけでした(笑)。知り合いに手伝ってもらいながらなんとかオープンしたのですが、スタッフの管理や、材料の手配、ひとつひとつが大変でしたね。文化が違うのでスタッフの教育も、日本と同じようにはいきません。サロンの仕組みを作るまでがとても難しかったです。

――お客さんは現地在住の日本人がほとんどですか?

日本人のほか、日系の方も多かったですね。髪質も違うし、そこはすごくいい経験をさせてもらいました。

ファミリーで賑わうアットホームなサロンをオープン

授乳用チェアや調乳用のお湯、おもちゃなどがあるキッズルームも、店内の一角に完備。

――帰国後に現在のサロンをオープンしたんですか?

半年ほどフリーでランス美容師をして、それからこのサロンをオープンしました。今年で13年目です。二子玉川という土地柄もあって、ファミリーのお客様が多いですね。下は0歳から上は90代のおばあちゃんまで。パパさんも来てくれます。

――キッズルームも完備で至れり尽くせりですね。

自分に子供が生まれたことで、「子供を連れて行ける美容院が少ない」ことに気づいたんです。それでファミリーだけでなく、体の不自由な人にも気軽に利用してもらえるサロンを作りました。美容院の経営を通じて少しでも社会貢献できたらうれしいです。

――スタッフさんもママさんが多いとか。

はい。オープンした時にはママさんはいなかったのですが、少しずつ増えていって。今一代前の店長が育休中で、現店長も近々出産予定です。正直サロンの運営は大変になりますが、やっぱりうれしいことですよね。「子供を産んでも戻ってこられるサロン」でありたいと思っています。

――スタッフにも働きやすいサロンでありたいと。

はい。オーナーとして大切にしていることのひとつに、「決まりをたくさん作らない」ということがあります。掃除当番も決まっていませんし、もちろんノルマもありません。アシスタントとスタイリスト、どっちが偉いという区別もしません。

――それも荻野さんの経験から来ていることですか?

そうですね。ハワイでの経験が大きいと思います。ハワイで僕はスタイリストだったわけですが、英語がそこまでできないため、身の回りのことに関しては現地スタッフのアシスタントの手を借りなくては行けませんでした。いい意味で上司と部下の垣根がなかったんです。

お互いにリスペストできる関係ならそれでいいじゃないか、と思うようになりましたね。

――どういうサロンでありたいと思っていますか?

今は昔と違って、トレンドのヘアスタイルが一つに決まっているわけではありません。お客様との雑談の中から好みや理想を知って、似合うスタイルを一緒に探す、そういったお客様に寄り添った施術をこれからも大事していきたいです。

荻野さんが仕事で大切にしている3つのこと

1.感謝する

2.楽しむ

3.続ける

取材・文/皆川知子(tokiwa)
撮影/ワタナベミカ


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terra by afloat SEAGLASS COTTAGE
住所:東京都世田谷区上野毛2-23-29-101
電話:03-6805-7808

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