離婚を機に手に職を身につけるべくエステティシャンに!【美肌館ミジュール オーナー 瀧口麻衣子さん】#1
人生には思い通りに進まないこともあれば、思いも寄らない道が開けることがあります。
今回ご紹介するエステティックサロン、美肌館ミジュールのオーナー瀧口麻衣子さんもその経験をしたお一人。
前編では、美容とは全く無縁だった生活からエステティシャンを目指したきっかけ、人の肌に触れられない潔癖症だったのに、いつしかエステティックの奥深さに目覚めたこと、さらに奥義を深めるためにボディケアや整体の技術を学んだことについてインタビューしました。
TAKIGUCHI'S PROFILE
お名前 |
瀧口麻衣子 |
|---|---|
出身学校 |
二松学舎大学附属高等学校 |
憧れの人 |
大地真央 |
プライベートの過ごし方 |
筋トレ カフェ巡り |
趣味・ハマっていること |
ランニング ピラティス |
仕事または道具へのこだわり |
最大努力の継続 |
人に触れられないほどの潔癖症を克服してエステティシャンの道へ

――エステティシャンの道を選んだのはどうしてですか?
離婚がきっかけです。デザイン会社に勤めていたときに結婚して、その後はパートタイマーとしてデパ地下で働いていました。あるとき夫から急に離婚を切り出されたんです。
――それは困りますね。
一人で生活するには「手に職だろう」と、エステティシャンの道を選びました。特に美容に関心があったというわけではありませんでした。
――「手に職」の中でもエステティシャンを選んだのはどうしてですか?
学生の頃から母に「あなたはマッサージが上手だから、その腕を活かしたら?」と言われていました。でも私は潔癖症で人の肌に触れるのも触れられるのも苦手だったんです。
――それなのにエステティシャンに?
腹をくくりました(笑)。例えば落ちている髪の毛を拾ったらすぐ手を洗いたくなるんですが、心理学を勉強していた兄が「1回我慢して、どうしても洗いたくなったら洗おう」ってアドバイスしてくれました。そんなことを繰り返しているうち、だいぶ症状がおさまっていました。
――それは良かった。
エステティシャンになると決めたとき、友だちの美容師から「肌に触れる部分が少ないフェイシャル限定にしたら?」って助言してくれたんです。それで、フェイシャル専門のサロンで勉強しながら仕事を始めました。
――サロンに育成のカリキュラムがあったんですか?
1年目はカリキュラムを学びながらサロンワークをして、2年目に認定試験に合格するとエステティシャンとして働くことができました。
震災ボランティアの経験から、整体を学ぶ必要性を実感

――こちらのサロンはフェイシャル専門ですか?
フェイシャルはもちろん、ボディケアもやっています。
――ボディケアについて学びたいと思ったきっかけはあったんですか?
2011年に東日本大震災があったとき、エステティシャンの友人と避難所へフェイシャルマッサージのボランティアに行ったんです。そのとき一緒だった整体チームには長い行列ができて、私たちエステティシャンチームは人がまばら(笑)。私たちの列に並んでくださった方たちも「せっかく来てくれたのに申し訳ない」っていうお気持ちだったようです(笑)。
――被災地の方たちは身体の疲れの方がキツかったんでしょう。
歴然とした差を見せつけられて(笑)、「整体を勉強するのも良いかもしれない」と思うようになりました。
――潔癖症は大丈夫だったんですか?
大病で入院することがあったとき、身体があまりにもしんどくて、ベッドから出ていちいち手を洗うこともできず、いつの間にか気にならなくなっていました。
――整体はどのタイミングで学んだんですか?
サロンに勤めながら、外部の研修施設に1週間通って勉強しました。
――ボディケアを学んだのは整体だけですか?
リンパマッサージも勉強しました。私もいろいろな場所で施術を受けるようになっていて、その中に「この技術を学びたい!」と思わせる方に出会ったんです。施術内容は整体とリンパマッサージの間ぐらいでしょうか。「私を弟子にしてください!」とお願いして、勉強させていただきました。
独立を目指すも共同経営者と意見が合わずご破算に

――独立をなさったのはどのタイミングですか?
実はこのサロンを開く前に一度、独立を考えたことがあるんです。エステティシャンの知り合いから「あなたと一緒にサロンをやりたい」と言われて、私も「そろそろ自分のサロンを持ちたいな」と思っていたので良いタイミングでした。
――ちょうどタイミングが合ったんですね。
よくよく話を煮詰めていくと、経営の方向性とか意見が合わなくて。それで物別れになりました。
――方向性が合わなければ仕方がないですね。
このときが2014年で、広島で土砂災害が起こった年でした。もう前に勤めていたサロンを辞めていたので、被災地へボランティアに行くつもりだったんです。
――素晴らしいです。
行く準備をしていたら、たまたま前のサロンの社長に会ったんです。「人手が足りないから教育係をやってほしい」と頼まれてしまいました。
――社長にしてみれば、貴重な戦力に出会えたんですね。
教育係をしながら、数字が落ちている2店舗の立て直しも任されました。内心では2年のつもりでしたが、3年も残ってしまいました。
――瀧口さんはお幾つの時ですか?
35歳のときでした。
思いも寄らなかったエステティシャンの道を歩み始めた瀧口さん。
後編では、店舗の立て直しに成功し独立を目指したこと、店舗を作る上で前社長のアドバイスが参考になったこと、コロナで業績も心身の調子も悪化したときにピラティスが救ってくれたこと、サロンを運営していくなかでこだわっていることを伺います。
撮影/森 浩司
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美肌館ミジュール
住所:千葉県浦安市入船4-1-13 2F
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