コロナ禍にSNSを強化し、ピンチをチャンスに。「韓国風パーマ」で一躍人気スタイリストへ【Heldin by apish代表/mayuさん】#1 

東京の有名サロン「apish」で経験を積み、10年の節目に独立。その後、新サロン「Heldin by apish」の立ち上げとプロデュース、代表を務めているmayuさんにクローズアップ。

スタイリストデビュー時期とコロナ禍が不運にも重なってしまった世代ですが、山あり谷ありの奮闘を経て、華麗なるキャリアアップを実現しました。

今回の【前編】では、そんなmayuさんが美容師を目指したきっかけからスタイリストになるまで、さらにコロナ禍のエピソードなどをお聞きしました。

お話を伺ったのは…

mayuさん

資生堂美容技術専門学校卒業後、apishに入社。アシスタント時代は練習に明け暮れながら、撮影や現場などにも積極的に同行して経験を積む。スタイリストデビュー後、ほどなくしてコロナ禍に突入。集客に悩む中、SNSを駆使して知名度を上げ、「韓国風パーマ」の打ち出しが成功して一躍人気スタイリストへ。社内売上1位を一年間達成。2024年11月東京・代々木上原にオープンした「Heldin by apish」の代表に。

MAYU’S PROFILE

お名前

mayu

出身地

神奈川県

出身学校

資生堂美容技術専門学校

憧れの人

自分らしい理想像を目指しています!

休日やプライベートの過ごし方

おいしいご飯、お酒、旅行

仕事道具へのこだわり

アシスタントの頃に買った名前入りのシザーをずっと使っています。相棒です!

ヘアメイクで女の子は変われる、自信が持てる…それを仕事にできたら

――まずは美容師を目指したきっかけを教えてください。

高校生くらいから、将来は美容師になろうと思い描いていました。

もともと髪をいじるのは好きで、自分でアレンジしたりメイクするのも好きでしたね。学生時代に海外ドラマにハマって(ゴシップガールやグリー)、海外のヘアメイクも可愛いなと思っていました。

――メイクも好きだったのですね。

最初はヘアメイクになりたいと思い、だったら美容師免許も持っていた方がいいなという感じで。

メイクといっても芸能人やタレントさんをやりたいというよりは、まわりにいる普通の女の子たちを可愛くしたいという思いが強かったです。

私自身、ヘアメイクをしてもらってすごく感動して、自分に自信が持てた体験があったんです。それを仕事にできたらいいなと。

――専門学校はどちらへ?

資生堂美容技術専門学校です。たまたま私の叔母が卒業生だったというのもあり、ヘアショーを見に行く機会があって、そのステージに圧倒されました。

のちにオープンキャンパスに行った時も、学校がとにかくキレイで施設もしっかりしていたこと、そんな環境で学びたいし私もあのヘアショーをやりたい! と進学を決めました。

実家から片道2時間かけて通うのは大変でしたが、卒業まで毎日がんばり抜きました!

――念願のヘアショーには参加できたのでしょうか?

はい。高校の時からの憧れのヘアショーで、しかもチームリーダーになることができたので、なおさら気合いが入りました。

朝晩時間を作って、休みの日も集まったりして、みんなで協力して一つのショーを作り上げていったのが一番の思い出です。

apishで奮闘したアシスタント時代。今は亡き坂巻さんから学んだプロ意識

――apishを選んだ理由は?

せっかく東京で美容師をやるのだったら、有名店に入りたいと思っていました。

サロン見学もかなりの数に足を運んで、その中でもapishの雰囲気のよさにひかれました。スタッフ同士の仲がいいなと。サロンに行った時も話しかけてくれたり、働く上で人ってやっぱり大事だなと感じました。

実は、最初に新卒で受けた時は激戦に敗れ一回落ちたんです。いったんヘアメイク系のお店で働いていましたが、諦めきれず……のちに中途入社という形でapishに入りました。

――確かに当時のapish人気はすごくて勢いがありましたよね。アシスタント時代も大変だったのでは?

とにかく練習の日々でしたね。一年目は毎日が必死でした。最初の配属が銀座店で、広い店舗だったので、朝の掃除から大変。

一人暮らしの生活とサロンでの仕事を何とかこなしていくので精一杯という感じでした。

――今は亡き坂巻さん(apish創設者)のお仕事にも同行されたそうですが。

はい。坂巻さんは当時、土日は銀座店にいたんです。

私は新卒から少し遅れて入ったので、みんなに負けたくないという思いが強くて。坂巻さんがサロンに来ている時はバックルームで話しかけたり、自分のがんばりを認めてもらいたい気持ちで積極的にアピールしてましたね。

それがよかったのか、ご飯にも声をかけていただいたり、坂巻さんのヘアショーに参加する経験も。

坂巻さんがテレビやCMでタレントとして出演する時は、楽屋で発声の練習もしていましたし、話し方や立ち方などの勉強もしていたと聞きました。本番へ向かう自分の作り方を間近で見て、プロ意識の高さを感じました。

その姿を見て、美容師だけど自分としての価値がしっかりある人…そんな存在ってすごいなと思いました。

コロナ禍でSNSを徹底攻略し、ピンチをチャンスに!

――スタイリストデビューしてからのお話を聞かせてください。

アシスタントは丸4年。表参道のapishがリニューアルオープンすることになり、その店舗のオープニングスタッフとしてスタイリストデビューしました。

最初は集客が難しくて、一日に一人、二人、三人と、地道にがんばっていましたがなかなかお客さんはつかなくて悔しい思いもしました。

そんな矢先にコロナ禍になり。デビューして一年目に緊急事態宣言が…。

――あの時は、原宿・表参道界隈が嘘のように静かでしたよね。

もう何かのゲームの世界か!? ってくらい(笑)誰一人いませんでした。

スタイリストデビューして、これからは自分の売り上げがお給料になるというのに、この先どうやって生きていこうと。

そんな不安はもちろんありましたが、こんなにも街に人がいないってことは、自分だけでなくまわりの美容師もみんなお客さんがいないんだって思ったんです。だから逆にチャンスだ、私はある意味みんなと同じラインに立ったぞ、と。

――すごいポジティブ、だけど冷静な考え方!

サロンでは私が一番下でした。あとはみんな先輩で、自分だけお客さんが全然いなくて暇なのが本当に悔しかった。

でもコロナ禍になってみんなが並んだ、じゃあ今すぐに何かをスタートさせよう、何かをがんばれば一歩リードできるかもしれない。そう思ってまずSNSに力を入れました。

――あのタイミングでインスタを強化した人は多かった気がします。

そうですね。私もそれまでもインスタはやっていましたが、時間ができたのを機に本気でやりました。朝から晩までインスタを研究して、腱鞘炎になりかけるくらい(笑)

インスタで当たってる子が既にまわりにいたので、やり方を教えてもらったり。

中でも一番のきっかけは、美容師の友人からのアドバイスでした。
「mayuちゃんは、メイク動画がいい感じだから、まずはそれで知名度を上げた方がいいよ。そこからフォロワーを増やして知ってもらって、ヘアにつなげていったらいいんじゃないかな」と。

――成功している経験者のアドバイスは説得力がありそうです。

さっそく実践にうつして、メイク動画をどんどん上げていきました。そしたら、友人の予想通りフォロワー数は増えて、900人が3000人に! メイクのお仕事ももらえたりして、反響がありました。

私はコスメも好きだったので、韓国コスメや韓国風メイクの投稿もしてみたら、うまいことまたバズって。それを機に韓国ヘアに挑戦してみようと思い、「韓国風パーマ」を打ち出したところバーンと当たった流れでした。

自分のペルソナを分析した時に、私を見にきてくれる人は韓国に興味があったりメイクが好きな人が多い。であれば、その人たちに向けたものを積極的に発信すればついてきてもらえる、という発見でした。

――当時、韓国ヘアはまだこれからって感じだったと記憶しています。その中で、「韓国風パーマ」という打ち出しが響いたのでしょうね。

apishは、パーマが得意なサロンだったので、基礎はしっかり学べていました。

あと、もともと私は学生の頃から髪を巻くのがめちゃくちゃ好きだったんです。雑誌を見ながら真似して巻いたり、自分で巻き方の研究をしたりして、「巻き」の練習は長いこと重ねてきた自信がありました。

韓国風パーマは、少し重めでしっかりツヤも出せるのが特徴。アウトラインは重く残しますが、レイヤーを入れて巻くのがポイントです。日本人の顔型や髪質に合うように、自分流にアレンジして可愛く見えるスタイルを作り上げてきました。

おかげさまで予約は一気に増えて、そうこうしているうちにコロナは終息へ。

取材・文:青木麻理(tokiwa)
撮影:生駒由美


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Heldin by apish
住所:東京都渋谷区上原1-22-15 ジュウェルウエハラ1F
電話:03-6451-5577
mayuさんのInstagram@ma_yu_c

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