仲間と一緒に踏ん張った修行時代。何でもやってみようと挑戦してきたすべてが美容師人生の糧となった【acce hair代表/衛藤陸志さん】#1 

東京郊外の住みやすい街として注目を集める「町田市」。ベッドタウンとしても知られていますが、商業施設・公園が多く、新宿や横浜などの都市部へのアクセスも快適なことから人気が高まっています。

そんな町田市に2021年にオープンした「acce hair(アクセヘアー)」。代表を務める衛藤陸志さんは、表参道のトップサロン「ANTI」で経験を積んだ実力派。高度なパーマ技術をはじめ、デザインと扱いやすさにこだわった施術で新たなるファンを増やしています。

今回は、衛藤さんの美容師人生にクローズアップ。前編では、スタイリストを目指した頃から修行時代、独立のきっかけなどをお聞きしました。

お話を伺ったのは…

衛藤陸志さん

兵庫県出身。大阪にある美容専門学校を卒業後、新卒で表参道「ANTI」に入社。美容室の激戦区で修行&経験を積み、13年の勤務を経て2021年に独立。町田駅から徒歩圏内のエリアに自身のサロン「acce hair」をオープンさせる。少人数の落ち着いた空間で、得意とするパーマ技術を武器にトレンドヘアを提案。時代になじむ働き方、職場環境を模索しながら、スタッフ全員が高め合えるサロン作りを目指している。

RIKUSHI’S PROFILE

お名前

衛藤陸志

出身地

兵庫県

出身学校

関西美容専門学校

憧れの人

ポルコ・ロッソ(紅の豚)

休日やプライベートの過ごし方

ワンピースのアニメを最初から見直してます

仕事道具へのこだわり

パーマのロッドは各種あります

進学先も一人暮らしのアパートも決めて事後報告…何とか親を説得した

――まずは美容師に興味を持ったのはいつ頃でしたか。

中学生の時に初めて美容室に行きました。美容師のお兄さんがかっこよくて、作ってくれた髪型で自分が変わった気がして、すごく感動したのがきっかけです。

あとは漠然とですが、将来スーツを着て働くのは嫌だなという気持ちが何となくありましたね。

――専門学校はどのように選びましたか。

地元は兵庫県で、大阪の専門学校へ進学しました。でも学校に行くというよりは、働きたいという方が強くて、早く免許を取って美容師になりたいと思っていました。

ところが親は大学へ行きなさい、というタイプ。美容師になりたいと伝えた時には猛反対されました。

――どうやって説得したのですか。

これはもう家を出ないと無理かも…と決心したんです。大阪の専門学校を探して、不動産屋へ行って近くに一人暮らしをする家も探して、ひと通り決まってから親に「ここへ行くと決めました」と人生プランを事後報告するという(!)

――すごい! なかなか思い切りましたね。

そこまで強く思っていて、しかも決めてきてしまったなら…ということで、進学することに。

「もうこうするしかない」というところまで考えて、追い込んで、実行するやり方は、その当時から、これまでの人生の中でも常に自分の中にあるのかなと感じています。

――専門時代のお話を聞かせてください。

兵庫の田舎の方から大阪へ出ていったもので、ハイブランドの洋服に10万円かけるみたいなお洒落の仕方があるんだなと、まず衝撃を受けましたね。どういう世界観なの!? って(笑)

専門学校はわりと自由な校風だったから、みんな思い思いにファッションやヘアスタイルを楽しんでいました。

カットやデザインで表現するのは最初から好きでした。コンテストに出るのも楽しくて、ワインディングコンテストに出たりも。

――すごく充実していたのですね。

一度、辞めようと思った時もありました。専門に行きながら、土日は美容室でバイトしていたのですが、そこでレッスンに参加させてもらったりシャンプーを学んだりしていました。

そうやってバイトしているうちに、学校へ行っている意味がないような気がしてきたんです。もうこここで働いて免許取れればいいじゃん、みたいな。

でも結局、専門の友人が「卒業までみんなで一緒に頑張ろうよ」と言ってくれて、無事卒業までたどり着けました。その友人とは今でもつながっています。

みんなで頑張ろう、一緒に踏ん張ろうという気持ちが育った修行時代

――東京のサロンへ就職しようと思ったのは?

せっかく美容師を目指すのだから、一度は東京へ行ってみようと考えました。学校的に、先輩たちも東京のサロンへ就職する人が多かったですね。

――ANTIを選んだ理由は?

業界誌などを見て、デザインがすごく可愛いくてお洒落だなと思ったのがきっかけ。

最終面接は、小松さん(ANTI代表)が真ん中にいて、そのまわりにスタイリストたちがズラッと並んでいて、それに対して僕一人で…何をしゃべったのか全然覚えていません(笑)

――アシスタント時代はどうでしたか。

朝から晩まで忙しく、とにかく毎日怒られてましたね。でもやる気だけはあって、もくもくと練習するのもわりと得意で、めちゃくちゃ頑張ってました。平日の朝はほぼ撮影に同行していたかも。

――途中で辞めようと思ったことは?

2年目くらいの時に一回ありましたね。うまく回せなくて、怒られるけどどうしていいのかも分からなくて、「もう無理なので休みます…」って朝サロンに電話したんです。そしたら先輩が、「厳しくはしているけど期待もしているから」と言ってくれて。単純なんで(笑)、翌日から普通に出社しましたけどね。

アシスタントを5年半くらいやって、6年でデビューしました。

――今と比べると、当時は5〜6年とアシスタント期が長かったです。

辞めちゃう人は早く辞めてしまいますが、5、6年が普通でしたね。そうなると、アシスタント同士が一緒にいる時間も長くなる。

営業中に怒られて、レッスンでも怒られて…先輩たちがみんな帰った後に、アシスタント仲間で夜な夜な反省会してたな〜。ああだこうだ言いながら、最後は「もう明日も頑張るしかないよ!」みたいな。

――仲間っていいですね。

みんなで頑張ろう、一緒に踏ん張ろうという気持ちが強かったと思います。それを糧に頑張っていたし、続けてこられた。

今の若い子たちは、そんな風に思える機会が減ってしまったのかもしれないですよね。失われた部分があるのかなと思うと、ちょっと寂しいです。

集客に苦戦しながらもとにかく試行錯誤。いろんな経験が力となった

――デビューしてからの集客はどのようにしていましたか。

ホットペッパーはまだ導入していなくて、SNSもかなり初期の頃。どうやって売上を作っていくか、いろいろ試行錯誤しました。

撮影して、デザインを作って、そこからブログやったりインスタ始めてみたり。

小器用に何でもできるんだけど、一定のところをぐんと突き抜けてヒットはしない。そういう自分にずっと悩んでいました。

――ANTIと言えばパーマのお店というイメージがあります。

パーマの技術はすごく学べたと思います。当時、他サロンがパーマのレッスンが3ヶ月くらいとしたら、ANTIは2年近くやっていましたから。

ただ時代のタイミングとして、カラーがものすごいブームになって、スタイルも巻いて作るものが主流で。パーマという存在が忘れられていた時もありました。

――たしかに。カラーやブリーチのトレンドが一気に来ました。

そうこうしているうちに、特化型美容師というのが出てきて。その流れもあって、もう一回パーマを打ち出そう、しっかり巻いて作るリアルパーマを推していこうと。

そこからまたパーマのブームがちょっとずつ戻って来て、カラーに飽きた人たちも興味を持ってくれたりして、お客さんが増えていった感じです。

――若手時代にやっておいてよかったことは。

とにかく何でもやってみたことが、結果よかった。それが自分の力になったし、いろんなポジションや立場での気持ちもわかるようになったと思います。

ホットペッパー導入時も、予算やリターンを計算しながらプランを考えたり、担当を任せてもらえたことがよい経験になりました。

――独立へのきっかけは。

ANTIでやれることはやり切ったのかなと思いました。管理職で続けていくのは、自分の中でちょっと違うなと。

そんなタイミングで子供ができて、奥さんの地元の近くでサロンを始めようと決めました。

デザインを作る、技術を磨く、スタッフを育てる…すべてが独立してもできるだろうと考え、これから自分のお店をどう作り上げていくかが次の目標になりました。

技術や集客をはじめ、業界での生き抜き方みたいなところまで、しっかり経験させてもらえたことが本当によかった。それは独立してから特に実感しています。

取材・文:青木麻理(tokiwa)
撮影:生駒由美


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acce hair
住所:東京都町田市森野1-7-10 フィルパーク町田市役所前2F
電話:080-3542-0814
衛藤さんのInstagram:@perm_rikushi

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