高杉晋作の言葉を胸に、素晴らしい仕事『美容師』を多くの人々に伝えたい。
この世に手業を生業にしているサービス業はどれぐらいあるのでしょうか?手一つで人を喜ばせたり、疲れを取ったり、美しくしたり、癒やしたり・・・。これってすごいことですよね。
このコラムは、手業を生業にしている美容からヘルスケアの業界の方々にフォーカスをしたプロフェッショナルインタビューです。その人の手が語る物語をお楽しみいただければ幸いです。
モアリジョブ編集部
私の手にしか、できないシゴト。 山本剛さん
――美容師を目指したきっかけは?
山本 古い話なんですけど、テレビの番組で須賀祐介さんがやられていた『スターに変身』という、一般の方を綺麗にする番組があったんですね。それを小学生の頃に母親と見ていて、母が「私がやりたかった仕事なの」と言ったんですね。それから何となく美容師というものが気になり、中学生の時には、美容師になると決めていました。実家が料理屋で、私は長男なので、家業を継がないといけないのかなと思っていたのですが・・・。家業は継ぎませんでしたが、実家と同じサービス業にはなりました。
――美容師としてデビューしたのは?
山本 20歳でした。美容専門学校を卒業してから、就職した美容室に、教員になるまでの21年間勤めました。たまたま入った美容室が、結婚式場にも入っていましたし、美容にまつわること全てを体験できるという感じでしたし、また、自分でヘアメイクの仕事もしていたので、他のサロンに転職する必要がなかったので、同じサロンにずっと勤めていました。
――一番最初に担当したお客様は覚えていらっしゃいますか?
山本 鮮明に覚えていますね。当時、関西から関東に来たばかりで、関西弁も抜けていない状態の私は、「いらっしゃいませ」だけを標準語で言えるレベルでした。元々会話がすごく苦手で、最初にシャンプーに入ったお客様から「関西弁嫌いなの。」と言われて、その言葉を聞いた瞬間に、何も喋れなくなってしまったんですね・・・。お客様は、悪気がなかったと思うんですけど、その言葉を聞いて「怖いな」というイメージがありましたね。それから関西弁を直さなきゃいけないと思い、NHKのアナウンサーのニュースを毎日聞いて、言葉を耳に慣らすことから始めました。
――美容師になってからの失敗談があったら教えてください。
山本 お客様がご要望された長さよりも、切りすぎてしまった事ですね。ご要望は、肩ぐらいだったと思うんですけど、自分にものすごい自信があった私は、似合うと思って、ボブの長さに切ってしまいました。通常は3年でスタイリストデビューなんですけど、私は1年半で早くデビューできました。それが自信に繋がって・・・。当時は、本当に自信満々で、「僕に任せておけば大丈夫だ」と思ってお客様のカットをしたのが失敗でしたね。
――お客様はご納得されましたか?
山本 カット後のスタイルを見た時には、涙を流して泣いていました。お客様には「ものすごく似合います。」と、自分に自信があったので、お客様の涙を見ても謝りませんでしたね。それからしばらくして、そのお客様が再度サロンに来てくれたんです。新しいヘアスタイルを周りの方から褒めてもらったと言って・・・。そのお客様は、私がそのサロンを辞めるまでずっと通ってくださいました。
――山本さんの成功談をお聞かせください。
山本 失敗談に近いのかもしれませんが・・・。その日は、お店がものすごく忙しくて、夕方ぐらいに、水商売風のお客様がご来店されました。私のキャリアが浅いにも関わらず、店長から「お前だったらできるから。」とお客様を任せていただきました。その当時は、先ほどの失敗談でもお話しした通りで、自分に自信満々ですから、自分なら大丈夫だと思って入客しました。そのお客様のご要望は、アップスタイルでした。私がお客様のスタイルのセットを終わらせるといきなり、「ブラシちょうだい。」と言って、全部ほどかれたんですね。お客様は、ご自身でほどかれた髪型を見て、「気に入ったわ。」と言って帰られました。それから、そのお客様が毎日、同じ時間帯にご来店されるのが約1ヶ月続きました。それから、お客様がご来店し始めてから1ヶ月目に、私のアップスタイルを直さず、「気に入ったわ。」と言ってお帰りになられましてね・・・。そのお客様には、自分のスキルを磨くことができ、育てていただきましたし、今日に至るまで成長させていただきました。今の自分があるのは、そのお客様のお陰ですね。
――1ヶ月毎日ですか?
山本 はい、毎日いらっしゃいました。毎回、完成形まで持っていくんですけど、お客様にほどかれる・・・の繰り返しでした。「お金はお返しします。貰えません。」と毎回お伝えするのですが、絶対お支払いいただいて帰られるんですね。私のプライドとしては貰えませんので、当時の店長に、そのお客様のお代を全て貯めておいてもらって、返そうと思っていました。
そのお客様からは、「見込みがあると思って、ずっとあなたを試していたのよ。」と言っていただき、今でも忘れられませんね。沢山のお客様を獲得するための技術とか、接客とかを見つめ直させてくれたのが、そのお客様でした。それが結果的に、成功に繋がったのかなって思います。
――思い出に残っているお客様はいらっしゃいますか?
山本 二人いますね。一人目の方が、先ほど成功談でお話した自分を成長させて下さった方で、もう一人の方が、店長のお客様で、まだ高校生だったと思います。私が、まだ拙い技術でシャンプーをしている頃に、「カットの勉強をしている。」と話したら、「次に切ってもらいたい。」と言っていただいたんです。まだ技術力がないですから、そのお客様に似合う髪型だけをひたすら練習しました。カットの試験を合格した翌日に、サロンにご来店いただき、カットさせていただいたことは、今でも忘れられないですね。それからも、成人式、結婚式のお支度など、全てを任せていただきました。お二人とも、思い出深い大切なお客様ですね。
――美容師を辞めたいと思ったことは?
山本 お店を辞めようと思ったことは、あります。長く美容師をやっていると、お客様を獲得できない時期がやっぱりありますから、自分が思うような結果が残せないのは、すごく苦しくて、その時は辞めたいなと思いました。あと、都会の喧騒に、疲れてしまった時ですかね(笑)。田舎に帰りたいなって思ったこともありましたね。
――この仕事を続けられている理由は?
山本 やっぱり、美容師という仕事が好きだからしょうか。私は、美容師の技術はさほど必要ないかなって思っていて、どこまでお客様の気持ちに寄り添って、気に入っていただけるかが、重要だと思っています。お客様レベルの満足に寄り添い、技術を提供することで、お客様に喜んでいただける、その喜んだ顔を見るのが好きなんですよね。だからでしょうか、気が付いたら32年間もこの業界で美容師をやっていました(笑)。
――美容師から教育者になろうと思ったのは?
山本 自分のサロンを持つ、という選択肢もあったでしょうけど・・・。
美容室に入社して2年ぐらいで、全店の教育を任されました。教えることで、スキルが上がっていくというのを目の当たりにして、教えることに興味を持ちました。だんだん自分も年を重ねていって、現役でいるのも良いけど、これからの美容界を考えた時に、より良い人材を育てていく方が良いんじゃないかと思ったんですね。それで、30歳ぐらいの時に一度社長に「学校の先生をやりたいから、サロンを辞めたい。」と伝えたことがありました。それから辞めるまでに、10年かかりましたけど(笑)。当時は、パソコンもありませんから、ワープロを使って、サロンで使う教材を切り貼りしながら、自分で作ったりしていました。その当時作った教材を未だに前職のサロンで使ってくれているみたいで・・・。嬉しいですね。
――山本さんのモチベーションは何ですか?
山本 自分自身が、楽しいか楽しくないか・・・ですね。高杉晋作の「おもしろきなき世をおもしろく」の言葉にあるように、面白くするのもしないのも、自分次第だと思っています。日々色々ありますが、お客様の対応でヘコんだとしても、「しょうがない。」と、気持ちを切り替えるようにしています。次の日はまた違った自分ですから、明日にはどうにかなるだろうと・・・。切り替えが大事だと思っています。
――山本さんにとっての恩師は?
山本 今まで携わってくださった先輩や店長、それに社長には、感謝しています。若い頃の自分を育ててくださった方々からは、本当に影響を受けました。特に、大先輩の大峰先生には、本当にお世話になって、影響を受けたましたね。大峰先生は、成城学園前でドライカット専門サロンをやっていらっしゃるんですけど、先生がアメリカから帰ってきて、初めて開催された講習会を見に行った時に、ドライカットの技術を見て、ハンマーで殴られるぐらいの衝撃を受けました。大峰先生のことは、勝手に恩師だと思っていますね。今でもお付き合いをさせていただいています。本当に人格的にも素晴らしい人で、未だに先生から、色々と勉強させていただいてます。
――仕事とプライベートのバランスは?
山本 美容師の時は、仕事漬けの毎日だったので、ほぼ取れていなかったですね。仕事が楽しかったので、休みも敢えて取らなかったですね。サロンがお休みの日は、私の友人が洋服のブランドを立ち上げていたので、そのブランドの洋服を作ったり、ヘアメイクをやったりと、美容師の延長線上で全てが動いてました。教員になってからは、バランスが取れているかもしれないですね。ただ、頭の中には常に、仕事の事がありますから・・・。外出している時に絵を見たり、「あっ」と思うものを見かけると、学校に取り入れたらどうだろうと考えてしまいます。日々のリフレッシュは、趣味のギターや料理が好きで、ほぼ毎日夕ご飯を作ることでしょうか(笑)。
――将来の自分はどうなっていると思いますか?
山本 学校を退職をしても、美容に関することには少しだけでも触れていたいなって思いますね。田舎に引っ込んだとしても、どんな形でもいいので、美容に携わっていたいなと考えています。
――最後に、業界や美容師を目指している方に一言。
山本 ネガティブ発言だけはやめて欲しいですね。例えば、忙しいとか、給料が上がらないとか・・・。そういったネガティブ発言をバックルームでした時に、せっかく大志を持って入った新入社員が、先輩のネガティブ発言を聞くことで嫌になっちゃうと思うんです。そういった先輩たちを見て後輩たちは、「先がないな。」って思って辞めていってしまうのかな・・・と。だからこそ、そういったことを聞かせない業界になって欲しいなって思います。
美容師は、良い仕事だと思います。高校生に質問すると「忙しい、給料が少ない、休みが少ない」と言われるんですが、決してそんなことはなくて、今はきちんと休みも取れますし、続けていけばサラリーマンよりも生涯年収が多いと思うんですね。特に良い面については伝えきれていない業界ですから、そういったネガティブ発言も含めて、業界として若い子達の憧れの職業にしていきたいと思っています。
小学生の将来の夢の上位に美容師があるのはご存知でしょうか。小学生の憧れの職業に、美容師があるのはとても喜ばしいことです。ただ、中学生、高校生ぐらいになると、色々なところから、色々な情報が聞こえてきて、将来なりたい職業の上位に美容師が入ることはありません。先ほどの高校生の発言にもあった通り、美容師の良くないイメージが一人歩きしているからかもしれませんね。
美容師は、海外では『アーティスト』として認められている立派な仕事です。今後は、業界全体で協力して、そういったところまで、引き上げていくことができればと願っています。