3つの施設を経験。仕事のしやすさで現在の職場に決定!玉成苑 介護士 岩渕チャリスマ バリグワットさん】#2
前編に続いて、介護士として特別介護老人ホーム玉成苑で働く岩渕チャリスマ バリグワットさんにお話しを伺います。
火事で焼けてしまった家を建て直すために来日した岩渕さん。それが日本人パートナーと出会って、日本で介護の仕事をしながら暮らすことになりました。
後編ではいくつかの介護施設で働くようになったこと、仕事などで溜まったストレスを発散する方法、フィリピンのご実家のことについてご紹介します。
お話しを伺ったのは…
玉成苑
介護士 岩渕チャリスマ バリグワットさん
フィリピンのセブ島で生まれる。20代の初めは外資系企業に勤務し、データ処理作業などを行う。20代半ばで国際人材協力機構の制度を利用して来日。技能実習生として丸八クリーニングでの作業にあたる。その後、日本人男性と結婚し再来日。30歳で介護士の資格を取得し、介護施設に勤務。’23年より玉成苑に勤務している。
日本人だけの職場で言葉が通じず、ストレスも不安も溜まる日々
――資格を取ったあとはどんな施設で働いたんですか?
最初は特別養護老人ホームで働きました。スタッフは日本人だけで、フィリピン人は私だけ。困ったことが起きても、相談するのが難しかったですね。
――特に難しかったことは何ですか?
日報を書くことです。私はパソコンを使って書きたかったのですが、その施設では手書きでなくてはダメ。私は漢字が書けないし、ひらがなやカタカナを書くのにも時間がかかります。日報を書くのは本当にたいへんでした。
――まだ日本語にも慣れていない頃ですよね。それは辛かったですね。
夜勤のとき、いろいろなことが起こるんです。そのことを記録したいけれど言葉が出てこなかったり、大切なことを書き忘れてしまったり。文字を書くことで困ることが多かったですね。
――職場で日本語しか話せないとストレスが溜まったでしょう?
施設で介護士を募集していたので、友だちに声をかけました(笑)。休憩時間はフィリピン人のスタッフとビサヤ語でおしゃべりしてストレスを発散していました。
――今はとても日本語が上手ですね。どうやって勉強したんですか?
2012年から横浜市にあるみどり国際交流ラウンジで、週に1回日本語を勉強しています。仕事のシフトで勉強できない日もありますけれど。仕事で使う言葉や、漢字を教えてもらっています。漢字は難しいけれど、面白いですね。勉強するのがとっても楽しいです。
――日本人スタッフしかいなかった施設では、岩渕さんのことを珍しがったでしょう?
外国人が珍しいときもありましたね。フィリピンのことを多くの人に知ってほしくて、民族衣装を着てダンスを踊ったこともあるんですよ。日本人のスタッフが協力してくれたおかげで、利用者さんたちはみんな喜んでくれました。
――今、勤めている施設はどんなところですか?
玉成苑はほとんど元気な方が過ごしている老人ホームです。英語を話したい方もいて、私が仕事を終えて帰るときには「See you !」って声をかけてくださるんですよ。
日報も手書きではなくタブレットで入力できるのもいいですね。のんびりした雰囲気なので、すごく働きやすいです。
ストレスは友だちや家族とのおしゃべりで発散!
――仕事をしていて、辛いことや大変なことはありますか?
お世話をしてきた方が亡くなることですね。とても辛いです。食事の介助をしているとよく分かります。だんだん食欲がなくなって、あまり食べなくなってしまう。そうなると私も悲しくてたまりません。
――辛いときはどうするんですか?
電話でフィリピンにいるお母さんと話をします。あんまり長電話していると、電話の向こうで「いい加減に話を止めて、もう寝なさい!」って声が聞こえてくるんですよ(笑)。お母さんの声を聞くとホッとします。仕事が休みのときは、フィリピンの友だちと食事をしたり、カラオケに行ったりします。
――フィリピンに帰国することもあるんですか?
1年に1回、2週間くらい夫と帰国しています。ゆくゆくはフィリピンに戻りたいと思っているんですよ。今の家は海辺にありますが、今度は山の中に家を建てています。屋根はありますが、まだ窓がない状態ですけど(笑)。歳を取ったらこの家でのんびり過ごすのが夢です。
――岩渕さんのように外国人で介護の仕事をしたい人にアドバイスをお願いします。
お年寄りのケアをすると心が満たされて、やりがいのある仕事だと思います。ただ常に勉強が必要で、スキルアップを心がけなければいけません。
岩渕さん流! 介護士として長く続けるためのポイント
1.分からない言葉などを、分からないままにしない。
2.辛いことや悲しいことがあったら、ガマンしないですぐに発散する。
3.できないことや負担に感じることは、無理をしない。
「自分にはできない」と思っていた介護の仕事を通して、すっかり日本社会に溶け込んでいる岩渕さん。「初めてチャレンジすることは、まず勉強する」をモットーにしている岩渕さんの真面目な姿勢を私たちも見習いたいものです。
撮影/森 浩司
撮影協力/みどり国際交流ラウンジ