介護を学びながら、業界の内側と外側をつなげる発信を続けたい【介護福祉士・モデル 上条百里奈さん】#2
介護業界に携わる皆様のインタビューを通して、業界の魅力、多様な働き方をご紹介。
今回お話を伺ったのは、
介護福祉士・モデルの上条百里奈さん。
介護職とモデル業を併行しながら、介護についてのイベントや講演を行っている上条さん。介護職と社会、双方向への発信で、業界のイメージを変える活動を続けています。
インタビュー後編では、介護職とモデルを兼業するメリット・デメリット、お仕事をするうえで大切にしていることなどをお聞きします。
業界の外から見えた介護の本質から
理想と現実を近づけるミッションを考えていく
――上条さんが介護職を目指したきっかけはポジティブなものでした。実際に働き始めてギャップはありましたか?
学校では「医療には限界があるけど、介護には限界がない」と言われて育ちましたが、働き始めて「やっぱり限界はあるよなぁ」とは感じました。多くの介護・福祉職というのは、「あれ?思ったより人を幸せにできないぞ」という理想と現実の部分に苦しむのだと思います。そのうえ自分は過重労働で大変だったり…。制度の壁や人手不足の労働環境の問題が大きいんですよね。
ただ、そういった限界は現状あるけれど、どうやって理想に近づけられるんだろうと考えるのが、学校から社会に出た私たちのミッションなんだと思います。たった50年前の認知症患者の介護現場は、今では考えられないくらいひどいものでした。そこにはやっぱり戻りたくないし、だからこそ理想を追い続けたい。理想と現実のギャップはあれども、頑張りたいと思いましたね。
――モデル業と兼業し始めて感じたメリット・デメリットを教えてください。
多角的に介護を理解できてきたと感じるようになったのは、介護現場だけでなくモデル業でいろんな人と関わったり、いろんなことに挑戦してきたおかげだと思うので、それは良かったことかなと思います。介護というものは実際どういうものなのか、他分野とどんな課題で共通しているのか…。介護現場のなかにいるだけだと、介護の本質って見えてこない。違う場所に身を置いたり、さまざまな分野の人とコミュニケーションを取ることで、見えてくることは必ずあると思います。
逆にデメリットは、兼業となるとどうしてもフルタイムよりも経験値が少なくなるし、利用者さんに対しての責任を持ちきれない部分が出てきてしまうこと。介護がしたい気持ちはすごく強いのに、本当に自分がしたい介護とは遠ざかってしまうという葛藤はありますね。
介護業界に入ったのは、おじいちゃんおばあちゃんと過ごす優しい時間が好きだから。でも発信者としての仕事をすると、そういう時間は当然少なくなります。やっぱり私にとっては、現場での時間がとても大切なんです。だから週に1回でも現場に出続けたいんですよね。
介護の仕事を支えてくれるのは
学ぶことで得られる経験値
――上条さんが介護のお仕事をするうえで大切にしていることは何ですか?
1人で解決しようとしないことです。とくに今私は週1勤務ですし、職場の仲間たちに助けてもらわないと仕事が出来ません。それは決して悪いことじゃなく、自分ができる精一杯の仕事をしたら良いと思います。むしろフルタイムで働く人しか活躍できない現場は危険ですし、どんなことでもチームで解決していく、1人で抱え込まないのが一番大事だと思います。
介護の現場は、他多職種同士の連携がとても大切です。でも職種が違うので共通言語がなかなか揃わなかったりもします。みんなが共通言語を持ってうまく連携していくには、もう1・2ステップ上の知識が必要になってくる。その学びは続けていきたいと思っています。
――1人で抱え込まないためには「学び」が必要なんですね。
介護の仕事は確かに大変です。でも「学び」は、それを支えてくれる。学べば学ぶほど、できることの幅が広がり、解決できることが増えていくと感じます。10年前に悩み解決できなかったことも、今ならすぐに解決策を見出せることがたくさんあるんです。「こう判断して、こう動けばよかったんだ」という学びを増やしていくことが、介護の仕事を続けるうえでは大切だと思います。
――お仕事のなかで上条さんが大変だと感じることは何ですか?
利用者さんの幸せを考えた最適解と、社会やご家族の最適解にはどうしてもズレが出てきますよね。そこに対して、どう理解してもらって落着させるのかということに苦労することがあります。
私たちは利用者さんご本人に寄り添う仕事なので、味方で居続けるのが職種としては正しい。でも認知症の高齢者の迷惑行為が頻出してしまえば、ご家族や近隣の方が「施設に入って欲しい」と思うのももちろん理解できます。すべての人が受け入れてもらえる社会を作ることは、きれい事のように言うけれどとても難しい。それを実現していく大変さは、いつも感じています。
――解決ために取り組んでいることはありますか?
ご家族と一緒にお酒を飲みに行ったり食事に誘ったりすることが多いです。ご家族がご利用者さんの希望に反対している場合、一次感情である悩みや葛藤ではなくて、二次感情によって攻撃的になっていることがあります。その一次感情を知るためにも、食事やアルコールの力を借りるんです。
ご家族側の本当の気持ちが見えてくると、提案できることも広がります。そこに到達するためのコミュニケーションは、すごく大切にしています。
学びのある発信を通して
介護職と社会がつながる情報を届けたい
――現在力を入れている活動や、今後取り組みたいことは?
直近で力を入れて取り組んでいたのは、初めて自分主催で開催した、介護職向けのイベントです。そのイベントは、コロナ禍での介護福祉に葛藤しながらも、一生懸命利用者さんたちを支え続けた介護職への労いと、これからも頑張ろうというエールを込めたもの。これからのIT社会での新たな生活支援を考えたり、先進的な介護ケア知識を広めたりと、学びのあるものになるように計画しました。
そういった学びのある発信は、今後も続けていきたいです。65歳以上の約9割が介護や医療などの何かしらのサポートを受けると言われています。自分や家族がそうなったときに困らないためには、私たち介護職が変わらなきゃいけないことも、介護を受ける側が変わらなきゃいけないことも、たくさんある。だから介護職と社会それぞれに対して発信できたらいいなと思っています。
――最後に、これから介護職を目指す方へアドバイスをお願いします。
おすすめしたいのは、大学院に通うこと。介護専門の大学院は1つしかなく、仕事との両立はとても大変なんですが、私も通い始めて意識がすごく変わったんですよね。学びの大切さを改めて実感します。もし介護を通して誰かを本当に救いたいとか、本気で介護に向き合いたいなら、大学院で深く学ぶことは本当におすすめですね。
大切なのは、学び続ける姿勢だと思います。知らないと、間違っていることもわからない。そういうことはたくさんあると思うので、自分が正しいと思っていることに対して「間違っているかもしれない」という視点は必要だし、とくに時代とともに正解が変化する生活や介護分野だからこそ私は必要だと思います。そこから新たな学びが生まれ、そうして積んだ経験値が、介護の仕事を支えてくれるんじゃないでしょうか。
取材・文/山本二季