誰からも祝福される「理想の独立」は「正直」であることが何よりも大事【Elilume from ZACC 和野陽介さん#1】
いつかは自分の店を持ちたい…と考えている人は多いのでは?そんな悩める人たちに向けて、起業に成功したオーナーや代表に経験を語っていただくこの企画。今回、お話を伺ったのは表参道の人気サロンZACCから独立し、ご自身のサロン『Elilume from ZACC』を立ち上げた和野陽介さん。
前編では、第4希望だった美容師という職業がライフワークになったこと、骨を埋めるつもりで就職したZACCを離れてご自身のサロンを立ち上げるまでの心模様などを伺いました。
お話を伺ったのは…
Elilume from ZACC 代表
和野陽介さん
北海道出身。都内1店舗を経て1999年よりZACCへ入社。30歳で店長となり37歳でテクニカルディレクターに就任。2018年に独立し、『Elilume from ZACC』を立ち上げる。
レスキュー隊員になる夢をあきらめ、第4希望の美容師の道を選択
――和野さんが美容業界を目指したきっかけは何ですか?
高校を卒業したらレスキュー隊員になるのが夢でした。ただレスキューを目指すには、消防隊員になる必要があって、それには公務員試験に受からなくてはなりません。その勉強がとても難しく親からは「手に職をつけなさい」と言われていたので、資格が取れる進学先を探し、さほどお金がかからず、しかも勉強が難しくない進学先はどこか…と探した結果、通信で資格の取れる美容専門学校に決めました。
当時は、美容師になれば好きなヘアスタイルで好きな服を着て、楽しく自由に仕事ができる…と思っていました(笑)。
――ご出身は北海道ですが、上京なさったのはどのタイミングですか?
地元の美容院で働きながら資格を取ろうと思っていたのですが、母親に「東京へ行きなさい」と強く推められたものですから。
それで仕方なく上京を決めて、八王子にあるサロンで仕事をしながら勉強をしました。
――当初の自由に仕事ができるイメージと、実際に働き始めた感触は違いましたか?
初出勤して1時間も経たないうちに「辞めよう」と思いました(笑)。間違った世界に足を踏み入れてしまった!という後悔しかなかったですね。19歳の自分からしたら、お客さまも店のスタッフもみんな年上で、しかもほとんど女性。どんなことを話せば会話が続くのか、喜んでもらえるのか想像できませんでした。
ただ「忍耐力」だけには自信があったので、何とか乗り越えられました(笑)。
――その後、ZACCに転職します。きっかけは何ですか?
北海道から上京したとき、エリアによってサロンの雰囲気や特徴が変わることを知りませんでした。美容師として働くなら、有名なサロンが集まっている表参道で技術を磨きたいと思ったのがきっかけです。
表参道にあるサロンへ片っ端から見学に行き、面接を受けましたが、なかなか受からなくて、8か月ほどニートのような生活をしていたんですよ。そんな中で、ようやく受け入れてくれたのがZACCだったんです。このときの再就職の辛さが身に染みて、「この先ずっとZACCで働く!」と決心しました。
理想的な独立に必要なのは会社にもお客さまにも「嘘をつかない」こと
――和野さんにとってZACCはどんな存在ですか?
人間を変えてくれて、成長させてくれたサロンですね。
とても頑固で、人に思っていることを伝えるのが苦手で、誰かに頼ることができない性格なんです。それを理解したうえで、怒ったり、指導してくれたり。僕の中で凝り固まっていたものがどんどん崩れて、素直に受け入れることの大切さを教えてもらいました。社長の高橋さんや当時の先輩スタッフはもちろん、お客さまにもたくさん「気づき」をいただきました。
――それなのに、ZACCから独立しようと思ったのはなぜですか?
ZACCにいた18年の間に役職がついて、直接人を育てる立場ではなくなってきました。もっと濃い人間関係のなかで美容師を育てたい…という想いが出てきたんです。例えば1店舗25人のスタッフがいたら、1人1人のスタッフと深く関わるのは大変なことですよね。自分のコミュニケーションの取り方は1対1が向いているんです。それなら自分でサロンを立ち上げた方がいいに決まってます。
この業界は2~3年周期で人が入れ替わっています。誰かが辞める…と聞くのがすごくイヤでした。「もっと自分が関われたら、辞めずに済んだかもしれない」と思っていました。
あとは技術的にもっと上手くなりたくて、自分のための練習時間を確保したい想いがありました。美容師という仕事は自分にとってライフワークそのものなんです。一人前のスタイリストになったら、誰も練習しなくなります。それが普通なんですが、でも自分を頼っていらしたお客さまに対して失礼な気がして。美容師はプロであり職人なんですから、技術を磨き続けなければいけないと思っています。
――円満に独立できる方は少ないような気がします。
それはみんな嘘をつくからでしょう。「田舎に帰ります」って言って辞めたのに都内でサロンを開いたり、「1人でやる」と言いながらサロンからスタッフを引き抜いたり。いい独立をした人はあまりいませんね。
お客さまだって、後味の悪い辞め方をしたスタイリストの店に通いづらいですよね。
それならば、独立を考えている後輩たちのためにも、「希望の持てる理想的な独立」をしようと思いました。そのためには嘘をつかないで、正直に伝えようという話をZACCから出て行く自分を含めた3人で話し合って決心したんです。
――いつから動き始めたんですか?
早めに伝えないと失礼だと思っていたので、「2年後に辞めて独立したい」と社長に伝えました。その1年後に「スタッフを2名連れて行きたい」という話もして、「一度に辞められると困るので時期をずらしてくれれば」という条件で、この件も解決しました。
問題は物件でした。恵比寿、代官山、代々木上原あたりでエリアを絞って探しましたが、なかなか見つからない。そんなとき、ヘア&メイクをしている先輩から「自分がどれだけ動くかで物事はいかようにも変わる」ってアドバイスしてもらったんです。この言葉でギアが入りました。エリアを限定していた考えを改めて、緑の多い公園近辺も探すようにしました。それで見つけたのがここです。
――新宿御苑が目の前で、本当に気持ちのいい場所ですよね。でも、表参道からちょっと離れてしまいましたが…
この業界ではひと駅離れると3割のお客さまがいなくなる…と言われていますが、ほぼ顧客の皆さんはついてきてくださいました。
2018年の1月中旬に退社する段階で、自分からすべてのお客さまに事情を説明することはできませんでした。でも会社から、僕がZACCを辞めて新宿御苑に新しくサロンを立ち上げるDMを顧客あてに出してくれたんですよ。これは嬉しかったですね。
サロンではなく個人にお客さまがつく、というのはこういうことなのかと実感しました。
ただZACCのころに比べてスタッフは少ないので、一度に予約を入れられないんです。せっかく連絡してくださっているのに、最初のころはお断りすることもあって、心苦しかったですね。
――サロン名にZACCの名前が入っていますが…?
会社から、店名に「ZACC」を入れるかどうかは任せると言っていただきました。ただ自分はZACCのことが大好きだし、ZACCから独立して自分のサロンを立ち上げることができた…ということを知ってほしい想いがあったんです。それでElilumeの後にZACCをつけることに決めました。
Elilumeは造語です。髪を切ることをエンターテイメントのように楽しんでほしいという意味を込めた「E」。美容師はただ髪を切るだけではなくお客さまの人生(ライフ)にも関わる仕事だという意味の「L」。この2つの文字にフランス語で光を意味する「Lumière」を組み合わせました。このサロンから帰るときはテンションが上がってワクワク、ウキウキするような気持ちになっていただきたいという想いを込めています。
和野さんが独立するまでに心がけていた3つのポイント
1.会社や顧客に迷惑がかからないように、ゆとりを持って準備を進める
2.独立することに関して「嘘」はつかない
3.行き詰まったときは1つの考えに固執しないで、視野を広げる
インタビューに答えてくださるひと言ひと言に、和野さんの誠実なお人柄が伝わります。後編では、新しく立ち上げたサロンのメンバーについて、事業を継続させるために必要なことなどについて伺います。
撮影/古谷利幸(F-REXon)