「大成するのには運が7割、努力が3割」。父の言葉が困難を乗り越えるきっかけに【(株)クレアトゥールウチノ 代表取締役 内野邦彦さん】#2
「独立」という目標に向かってがんばっている人に、起業を成功させた先輩たちの経験談をお届けする本企画。
前編に続いて、表参道・原宿に店舗を構えて36年の老舗サロン『クレアトゥール』代表取締役、内野邦彦さんをご紹介します。イギリスのヘアドレッサー、ヴィダル・サスーン氏を追いかけて渡米し、サロンでは髪の美しさにこだわるメニューにこだわっている内野さん。後編では、そのキレイ髪のメニューが生まれるまでの悪戦苦闘の日々について、創業から現在に至る36年の間でいちばん苦労なさったことを伺いました。
お話を伺ったのは…
(株)クレアトゥールウチノ
代表取締役 内野邦彦さん
美容師免許を取得後、都内サロンに勤務。1980年代、カット技術で世界の頂点にあった「サスーンカット」を習得するために渡米。帰国後インストラクターとして、全国の美容師たちにサスーンカットの技術を教える。1987年に(株)クレアトゥールウチノを設立。1988年芦屋にサロン『クレアトゥールウチノ』をオープン。1990年にサロンを表参道に移転。2000年には原宿店をオープンさせる。
いちばんキツかった創業時を救った父からの言葉
――創業から36年経ちますが、いちばん苦しかった時期はいつですか?
いちばん苦しかったのは、最初にサロンを始めた頃ですね。借りた資金も大きかったので、「続けるのは無理かな」と思う瞬間が何度もありました。お客さまを何とか新規で開拓しなければなりません。僕も自ら率先してポスティングしました。
どうしたらいいものか、父に相談したんです。そうしたら「おまえ、飯は食えているのか?」って聞かれたんです。「食べてます」と答えたら、「それなら良いじゃないか。おまえが本当に良いと思ってやっていることならそれでいい。おまえに運があればやっていけるし、運がなければ終わるだけ」と言われました。父いわく「世の中にはしっかり勉強しても成功しない人がいる。7割が運で3割が努力」。この言葉で気持ちがすごくラクになりました。36年間いろいろなことがありましたが、この当時のことを思えばどんなことでも乗り越えられます(笑)。
――ご苦労なことといえば、パーマ液とカラー剤も完成までに大変だったとか?
毛髪研究の第一人者だった大門先生のお弟子さんで、化粧品や医薬部外品の製造会社を経営なさっている方に、シャンプーとヘアエステ剤、パーマ液、カラー剤の開発をお願いしたものの、なかなか思い通りのものができませんでした。サンプルを試すたび、モデルさんに怒られることは数知れず。しまいには「本当に作る気はありますか?」と念押しされ、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
キレイ髪メニューで使う液ものがすべてそろったのが2009年です。最初はサロンで使うだけで、販売するつもりはまったくありませんでした。でも毛髪科学を一緒に研究してきた仲間から「使いたい」という声もあって。「大事にしてくれるならどうぞ」という気持ちでお分けしてます。僕が作った液ものはすべて売るのが目的ではなくて、お客さまのためのもの。だから未だに認知度が広がっていない(笑)。商売っ気がないんですね。
――サンプルをモデルさんの髪に使って試すほか、どんなチェックをなさったんですか?
シャンプーで顔を洗って試します。僕はひどいアトピーで、皮膚が弱いんです。アシスタントの時は手荒れがひどくて、腕全体に赤みが広がっていました。あまりのかゆさで眠れないほどだったんですよ。そんな状態の肌でも荒れないのかをチェックしました。
今の製品は2回リニューアルして、保湿剤も配合しています。うちで使う液ものはかなり刺激を抑えているので、パーマ液でも手袋なしで使えます。
――その成果が現在のヘアエステシリーズにつながるのですね。
「ヘアエステ」という名前を最初に考えてメニューにしたのは、実はうちなんですよ。表参道に出店したときに、ワンフロアをシュウウエムラさんのエステティックサロンとクレアトゥールウチノで分けて使っていた関係から、「肌にエステ、髪にもエステ」というアイデアが浮かびました。ただ髪に塗って表面を整えるお手入れではなく、髪の内側からケアするので「ヘアにエステ」=「ヘアエステ」と名付けました。サロンで使用していたものをご家庭でも使用できるようにと販売しました。
当時は珍しかったのでしょう。取材もいろいろ受けましたが、中には「それって、すき間産業ですよね」なんて失礼なことをおっしゃる記者もいました。まぁ、当時はそんな認識だったのでしょう。
つねに覚悟をもって時代の変化に沿うことが事業継続の秘訣
――創業時の困難を乗り越えて36年。長く続く秘訣は何でしょうか?
自分の信じてきたことを貫くこと。信念を曲げないことですね。それと同時に時代の変化に沿わせる柔軟な考え方も必要です。例えば、スタッフを指導するとき、「そうだよね」って寄り添うことが求められます。
それからつねに覚悟を持っていることも大事です。
――これから起業を考えている人にアドバイスをお願いします。
いかに「オリジナリティ」のあるサロンをオープンできるか、他店との差別化を図れるかが鍵になるでしょう。だからといって、「パーソナル」というかキャラクター頼みの営業戦略は長続きしません。その人がいなくなったら終わりだし、飽きられる可能性もあります。売っている技術が良くなければお客さまは定着しません。
――起業するために必要な心構えはありますか?
何ごとにも「感謝」する気持ちを持つことですね。生きていればいろいろなことが起こります。起こることに偶然はないんです。ただ「ありがたい」と思えばいい。例えば、僕の店でも独立して店を持つ人、フリーになる人もいます。すごくイヤな辞め方をしていった人もいます。自分にとって悪いこと、イヤな想いをしたことは、ある意味「気づき」を与えてくれているんですよね。勉強になります。
アメリカの雑誌に、「全方位にアンテナを張っている人は成功する確率が高い」という記事が掲載されていました。1つのことに縛られず、あらゆることにポジティブであることが大事なようです。僕も以前はネガティブでしたが、いろいろな風に吹かれているうちポジティブになりました(笑)。
もうひとつ。どんな場面でも「冷静」な判断と行動をとれるようにしたいものです。
――これからの事業展開は何かお考えですか?
事業を展開するのは「結果」と「運」だと思います。基本的に僕は流れに任せています。新規の店舗を出すのであれば、その流れになったら考えます。
例えばこの原宿店の場合もそう。自分が「ここに店を出したい」と思ったわけではなく、自然な流れでここに店をつくりました。これからもずっと身の丈に合った営業をしようと思っています。
内野さん流! 起業を軌道に乗せるための3つのポイント
1.「オリジナリティ」を大事にして、他店との差別化を図る
2.何ごとにも感謝の気持ちを忘れない
3.身の丈に合った営業を心がけること
お父様の「大成するには運が7割、努力が3割」という言葉に重みを感じました。運を引き寄せるには、人を惹きつける魅力、期待に応えるだけの技術力が必要です。「運も実力のうち」とはよく言ったもの。「僕はラッキーだった」とおっしゃる陰に、努力の積み重ねが垣間見えました。
撮影/森 浩司