常に「いま」だけを見ていた20年間。ヘア&メイクアップアーティスト 室岡洋希さん
雑誌や広告など、ジャンルを問わず幅広い分野で活躍しているヘア&メイクアップアーティストの室岡洋希さん。前編では、アシスタント時代の体験や、デビューして間もない頃のお話を伺いました。後編では、入れ替わりが激しい美容業界において、20年以上に渡って第一線で活躍し続ける室岡さんから、そのヒントを探ります。
お話を伺ったのは…
室岡洋希さん
山野美容専門学校卒業後、サロン勤務、母校の講師を経て、「LA DONNA(ラ・ドンナ)」へ。藤原美智子さんのアシスタントを経て独立し、現在はIrisに所属する。ナチュラルからモードまで、幅広く「美」を創り出すトップヘア&メイクアップアーティスト。多くのアーティストや俳優、モデルなどから支持され、ファッション誌やビューティ誌をはじめ、広告やイベントなどさまざまな分野で活躍中。
Instagram:@hairmake_muro369
落ち込んだり、緊張したりしても仕方がない。常に「現場は楽しく!」
――雑誌のファッションページやビューティページのご担当、モデルや著名人のヘア&メイク、広告、メイク講習…といろいろな現場でお仕事をされていますが、どのように活躍の幅を広げられたのでしょうか。
所属事務所のHPを通じてお声がけいただくこともありますが、スタイリストさんなどお付き合いのある方からご紹介いただくことも多いですね。
――長く続けてこられたからこそのコネクションですね。これまでに挫折を味わったり、落ち込んだりということはなかったのでしょうか。
そうだなぁ…。壁にぶつかることは日常茶飯事ですが、あまりひどく落ち込んだことはないかもしれません。例えば、デパートでメイクデモンストレーションをしているのにお客さまがいらっしゃらなくて、がっかりしたことがありました。でも、そんなときは僕がここで落ち込んでも仕方がない、と気持ちを切り替えます。
いまでも、もうちょっとできることがあったんじゃないか…と反省することもありますよ。でも、その経験もまた、自分の「引き出し」になります。
――そう考えると、本当に無駄な経験は一つもないですね。色々な現場を経験されているかと思うのですが、緊張されたことはありますか?
大女優さんのヘアメイクを担当するときなど、アシスタント時代もいまも緊張することはたくさんあります。でも、あまりにも緊張しすぎて、ガチガチになっていると実力が発揮できないんです。若い頃は実際に、緊張から失敗してしまったこともありました。
だから自分にいつも「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせて、意識的に肩の力を抜き、リラックスしながら仕事をするようにしています。「現場は楽しく」がモットーですね。
若い世代のSNSから次のトレンドをチェック
――確かに、緊張しすぎると失敗することってありますね。ところで、ヘアメイクはトレンドの入れ替わりが激しいと思うのですが、どうやって次のトレンドをキャッチするのでしょうか?
確かに盛りメイクにナチュラル、コンサバ系…日本だけで見ても、ここ10年の間でメイクのトレンドがどんどん変わっていますよね。だからこそ僕は、極端にトレンドを取り入れることはしないのですが、コスメオタクでもあるので(笑)、各メーカーのシーズンごとの新作情報が入ればひと通り目を通して、「次はこれが来そうだな…」とチェックしています。気に入ったものがあれば、Instagramで発信することもありますよ。
それから、特に最近意識してチェックしているのが、メイク好きな若い女性たちのSNSです。彼女たちの発信するものを見ていると面白くて、10年くらい前に流行ったメイクを取り入れていたり、自分の中にはない視点もあったりして「なるほど、いまってそんな感じが新しく見えるんだ」「この化粧品をそんな風に使うんだ」などの発見がたくさんあります。
――若い方たちの動向をチェックしたり、すごく柔軟ですね。
そうかもしれませんね。というよりも、僕には「自分はこうだ!」というこだわりがないんだと思います。何かに固執しすぎると、表現の幅が狭まってしまう。
僕自身はメイクをしないので、毎日メイクができる女性が羨ましくもありますし、自分の手で色々なメイクを創って体現できることが楽しい。最近は化粧品もどんどん進化しているので、新作が出るたびにワクワクしながら見ていますよ。
いつも目の前にある仕事に「ありのままの自分」で真剣に取り組む
――20年に渡ってヘア&メイクアップアーティストとしてお仕事をされていますが、長く続けられている秘訣はなんでしょうか?
常に「いま」だけを見ているからでしょうか。僕は5年後、10年後のことを考えながら人生設計をしたことがなく、「とにかく目の前にあることをちゃんとやろう」、そんな思いで仕事をしてきました。過去に対する後悔もなければ、未来に対する期待もない。だからこそ、20年続けられたのかなと思います。中学生からやりたかったことを仕事として続けられているので、毎日本当に幸せなんですよ。
あとは、自分の弱みをきちんと認識して、逃げないこと。例えば僕だったら、先ほどもお話したように緊張しすぎるといい仕事ができないというのが弱みですね。それをわかっていればだんだんいい仕事ができるパターンもわかってくるものです。
――やっぱり「好き」という気持ちが根底にあるからこそ、続けられるんですね。では、室岡さんのように「選ばれるヘア&メイクアップアーティスト」になるにはどうすればいいのでしょうか。
選ばれるためのヒントはないかなぁ…。だって、どんな現場でも人・対・人だから、選ばれることも選ばれないこともあって当たり前ですよね。僕の人間性にしても、ヘアメイクにしても、万人に支持されることはありません。
デビューしたばかりの頃は暇になると「どうしよう、なんでこんなに暇なんだろう」と不安でした。でも、仕事をしていれば波があるのは当たり前。いまは一喜一憂することもありません。ありのままの自分で、一生懸命仕事に取り組む。これしかないのではないでしょうか。
――本当にその通りだと思います。最後に、今後の目標があれば教えてください。
「現状維持」というと誤解されてしまうかもしれませんが、自然体で、毎日同じテンションを維持しながら「いま」を重ねていくことが目標です。常に「いま」だけを見て、一つひとつのことを大切にしながら生きていくと、悩むこともなくなりますよ。
室岡さんが20年以上美容業界で活躍している、3つのポイント
1.自分の弱みをきちんと把握。現場では実力を発揮するために意識的にリラックス
2.常にアンテナを張り巡らせ、若い世代の間で流行っていることもチェック
3.過去や未来ではなく、「いま」を大切に、目の前のことに一生懸命に取り組む
終始、穏やかな笑顔でお話してくださった室岡さん。そのお人柄と、どんなお仕事にも真剣に取り組んできたからこそ、多くの方からの信頼を得て、長い間支持されているのだなと感じました。何よりも大切なのは、自分が選んだ仕事を好きでい続けるために「いま」を大切にすること。どんな職業にも通じる、長く活躍するためのヒントではないでしょうか。