美容師から遅咲きでヘアメイクデビュー。二刀流として多忙を極めた日々が糧に【ヘアメイクアップアーティスト Georgeさん #1】

今やテレビに雑誌と、メイク企画には欠かせない存在となっているGeorgeさん。現在、美容師をされていた経験を活かし、ヘアメイクに限らず、ヘアアレンジ企画でも活躍されています。そんなGeorgeさんが、美容師とヘアメイクの二刀流を経験してから本格的にヘアメイクアップアーティストの道へと歩みを進めた理由に迫ります。

前編では、美容師になったきっかけや実際に働き始めてからヘアメイクを志した経緯など、ヘアメイクとして活躍するまでについてインタビュー。いかにして美容師とヘアメイクを両立していたのか詳しく伺います。

George’S PROFILE

お名前
George
出身地
神奈川 育ち東京
年齢
41歳
出身学校
住田美容専門学校
経歴
20歳 美容学校卒業後美容師に
28歳  師匠のヘアメイクアシスタントに付く
30歳 独立 美容師とヘアメイクの二刀流
37歳 美容師を辞めてヘアメイク一本に。
41歳 現在
プライベートの過ごし方
猫と韓国
趣味・ハマっていること
韓国

ヘアメイクになりたい!けれど、美容師としてスタートをきった理由

――最初は美容師として活躍されていたようですね。途中からヘアメイクを目指されたのですか?

実は、はじめからヘアメイク志望でした。そのうえで、美容師免許を取得してヘアもできた方がのちのち良さそうかなと考えて、まずは美容師として働くことにしたんです。最初からヘアメイク志望ならもっと最短ルートもあったのですが、私は結構慎重派ということもあったので(笑)。

就職先は、専門学校1年生のときからアルバイトを続けていたサロンへそのまま入社。そこは、少人数の体制でアットホームな雰囲気のサロンでとても居心地がよかったです。

――ヘアメイクになろうと動き出したのはどんなタイミングだったのでしょう?

美容師の仕事が楽しくてやりがいも感じられたので、ヘアメイクになるために本格的に動き出したのはちょうど27歳になった頃と、遅めのスタート。一般的にもその年代って、30歳を目前にいろいろ考える年齢だと思うんですね。結婚とか出産とか、仕事とか。そこで私は、仕事面で新しくチャレンジしたい気持ちが芽生え始めていて…

次のステップに踏み出したいということと同時に、「ヘアメイクになりたい」という当初の気持ちを再確認し、美容師は続けたままヘアメイクの修行を始めることにしました

――美容師を辞めずに…といいますと、サロンは両立することを許してくれたのでしょうか?

とても恵まれていたことに、応援ムード一色で(笑)。相談したときもオーナーはちゃんと聞いてくれましたし、サロンスタッフ、お客様、一丸となって私がヘアメイクを目指すことを応援してくれていました。美容師を続けることに関してもその応援があったからこそ成立していたと思います。ヘアメイクの修行中お金をもらえませんし、生活するためにも美容師を続けることが必要だったんです。そのあたりも考えていただき、感謝しかありません。

師匠の「肌作り」を習得し、自身の武器に。サロンの協力のもと二刀流で仕事を続ける決意

――周りの協力のもと、環境が整ったのですね。

みなさんの協力なくしてはこの道に進めていなかったと感じます。実は、アシスタントとして仕えていた師匠との出会いもオーナーつながりなんですよ。

――そこまで手配してくれたのですか…!

わざわざ手配を…ではなく、偶然だったんですけどね(笑)。ヘアメイクを目指すとなったときにまずは師匠を探すことから始めたのですが、これがもう大変で大変で…。当時は今ほどSNSが発達していなく、連絡の手段が限られているため、自分でリストアップしたヘアメイクの方々とつながりのある編集部や事務所に直接電話をかけまくるしかない状況でした。「アポをとりたくても連絡先がわからない」など、なかなかに苦戦していたんです。

そんなときオーナーの友人の知り合いが、師匠とつながりがあって。既にリストアップしていたのですが、連絡先がわからずそのままにしていたところ、ちょうどアシスタントを探しているとのことで、つないでもらえることになったんです。

――師匠と仰ぐにあたり、どんなところが決め手になったのでしょうか?

師匠の肌の作り方に感銘を受けました。パーツごとのメイクも大事ですが、やはりベースが肝心。土台ができていないとパーツが引き立ちませんから。師匠の技術を盗めたおかげで、現在の私の武器にすることができたと思っています。

――修行をしながら、どのように美容師とヘアメイクの仕事を両立していたのですか?

ヘアメイクを軸に、空いた時間をサロンに回すような体制にシフトしていて、サロンに通ってくださっているお客様には私のタイミングに合わせてもらい、予約などの調整はアシスタントの子に担当をお願いしていました。今思うと本当にありがたかったなと感じますね。

2年くらいでアシスタントを卒業し、いよいよ独立することに。サロンに在籍したまま二刀流として活動を始めました

二刀流として奮闘するも、自分と向き合う時間がない…。ついにヘアメイク一本にすることを決意

以前働いていたサロンはアットホームな環境で「もうひとつの実家と思えるほどでした」。と語るGeorgeさん

――ヘアメイクとして独立しても二刀流を選ばれたのはなぜでしょうか?

美容師の仕事が楽しくて、サロンの居心地がよすぎたことですね(笑)。地元のサロンだったので、実家感が強くてついついくつろいでしまって。

あと、私自身もそう思いますが、自分の立場がみんなにとってちょうどよかったんだと思います。上の人にも下の子たちにも気軽に話せるポジションだったので、よく周りから相談を受けたりしていました。私もそれが心地よく感じていましたし。

――そのサロンを辞めてヘアメイク一本にしたきっかけは?

仕事の両立がだんだん難しくなったことです。

もう、寝る間もないほど忙しかったです。というのも、ヘアメイクを軸に仕事をしながら月5でサロンにも勤務。サロンで稼働する日はどうしても時間に拘束されるので終わりが22時を過ぎてしまうんですね。でも、次の日はヘアメイクの仕事で早朝から…とか、出張も結構ありました。もう目が回るほど怒涛の勢いでしたね。私は睡眠を何よりも大事にしていたので、だんだんその睡眠を削らなければいけないことがストレスになってしまっていて。時間がなさ過ぎて自分と向き合う時間もなく、精神的に疲弊していてさすがに両立が厳しいなと思い始めていました。

2年くらい悩んでいたのですが、その間にサロンにいる下の子たちも育って信頼できるようになってきていて。「これなら今まで担当していたお客様を任せられるな」と思えたし、スタッフのさらなる成長のためにも私が先陣を切って勇退することを決めました。このままいるとこちらも頼ってしまうし、なかなか下の子たちが成長しにくいかなっていうことも考えていたので、いい決断だったと思います。

――お互いの成長を考えて、同時に一歩を踏み出したのですね。

美容師になって17年、両立して10年目くらいでようやくヘアメイク一本になりました。区切りとしてもちょうどいいなと思っていましたし、40歳までにヘアメイクの書籍を出版したいという夢もあったんです。その夢の実現のためにもヘアメイクとして、自分のステップアップも含めてスタートしました。


自分は慎重派だと語っていたGeorgeさん。そのとき実感できなくてものちに活きてくることがあると教えてくれました。後編では、ヘアメイク一本にしてからどのように人気を獲得できたのかを出来事とともに振り返ります。

お話を伺ったのは
ヘアメイクアップアーティスト  Georgeさん

住田美容専門学校卒業後、アルバイト時代から勤めていた都内のサロンに就職し、24歳でスタイリストデビュー。27歳になり、自身のステップアップのため美容師を続けながら二刀流としてヘアメイクに挑戦し、アシスタント歴2年を経て独立。その約7年後にヘアメイク一本に。「肌作り」に定評のある人気ヘアメイクとして、現在も多数メディアにて注目されている。

Instagram:@george828
HP

取材・文/東菜々(レ・キャトル)
撮影/SHOHEI

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