43才で美容師免許を取得! 高齢者施設で始動した「美容プロジェクト」で信頼のおける人になれた。山田真由美さん♯1
長年介護職に従事し、43才で美容師免許を取得した山田真由美さん。ある日、認知症の高齢者にネイルをしたときに、表情だけでなく言葉まで優しく、女性らしくなった経験から、美容師免許をとろうと思ったのだそう。
前編では、勤務先で始動させた「美容プロジェクト」についてお伺いします。仕事を続けながら、寝る時間を惜しんで美容学校に通い、ついに美容師免許を取得した山田さん。美容師免許があることで、利用者の方の信頼度が上がり、プロジェクトは益々充実していきました。
お話をお伺いしたのは
(株)ソーシャルビューティーフォト
代表 山田真由美さん
高齢者施設で介護職に従事していたとき、メイクをすることで高齢者が元気になることを体験。43才のときに一念発起して美容師免許を取得。勤務先で「美容プロジェクト」を立ち上げ、利用者にメイクやネイルの施術を施すイベントを多数開催。同年、プロジェクトをもっと大きくするために、ケアマネージャーの資格も取得。さらに、利用者からメイクした姿を写真に残したいというリクエストを叶えるため、アートディレクター兼フォトグラファーの西本和民さんに師事し、本格的に写真の勉強を始める。勤務先の介護施設で係長に就任するが、副業が認められず独立。介護施設や個人宅に出張してメイクと撮影をする(株)ソーシャルビューティーフォトを立ち上げる。
認知症の方にネイルをしたら、表情がガラッと変化
――以前は、介護のお仕事をされていたそうですね。
32~48才まで介護の仕事をしていました。最初に勤務した特別養護老人ホームでは、利用者のおばあちゃんたちはみんな特養カットと呼ばれる角刈りで、洋服は脱ぎ着しやすいスウェットの上下。もちろんメイクをしている人なんてひとりもいませんでした。
元々人と接するのが好きだったので、高齢者に喜んでもらいたくて介護業界に入ったのですが、当時は、排泄介助や入浴介助などの業務に組み込まれているサービス以外の関わりを持つことが難しく、おひとりおひとりに寄り添うケアができなかったんですね。それで、介護は自分には向いてないのかもと思っていたところ、友人が勤めていた自立型の高齢者施設に来ないかと誘いを受け、完全にやめる前に、特養以外の施設を見てもいいかなという軽い気持ちでアルバイトをすることになりました。
――自立型の高齢者施設は、以前の勤め先とは違いましたか?
すごく元気な高齢者が多くて、本当に80代なの?と思うほどカルチャーショックを受けました。朝7時にレストランで朝食をとるときも、ちゃんとメイクをしていて、セカンドバッグを小脇に抱えて、「爪きれいね」とか「バッグかわいいわね」とか女子トークをしてるんですよ。高齢者になると、おしゃれをしたりメイクをしたりする意欲がなくなるものだと勝手に思っていましたが、そうではない。身だしなみをきれいにしているから若々しいのか、若々しいからきれいにしていられるのか、どちらかわからないけど、いづれにしても相互関係にあるんだなと思ったんです。
――身だしなみと若々しさは相互関係がある!?
自立型とはいっても、入居後に認知症になる方もいるんですね。ある日、認知症の方にネイルをしたら、表情がガラッと変わったんですよ。やっぱり美容には力があるんだということを目の当たりにしました。
――ネイルでそんなに変わるんですね。
その方は、認知症で暴言を吐くタイプだったんですが、暴言が出そうになったときに「ちょっと爪を見てみて。こんなきれいなネイルをしているのに、その言葉遣いは似合わないですよ」と声かけすると、ご自分の爪を見て、はっと気づかれるんですよ。それまでは、べらんめえ口調だったのに、笑い方まで奥様みたいになって。そのときに、美容は介護の現場で使えるなと確信しました。
「美容には力がある」ことを伝えたくて、美容師免許を取得
――それがきっかけで美容師免許を取ろうと思ったのですか?
はい。自分が好きなネイルやメイクをすることで利用者さんが穏やかになり、お世話するほうも楽になれば、いいこと尽くしですよね。そうなったときに、美容師の資格を持ったわたしが、「美容には力があるんですよ」と伝えたほうがより響くと思ったんです。
もうひとつ、同じ職場の同僚が乳がんになったことも、美容師免許をとるきっかけになりました。同僚から、抗がん剤治療後は、髪がまだらに生えてくるので、美容院に行くのが恥ずかしいという話を聞いて、そういう方のお宅に出向く訪問美容も見据えていました。それと、勤務先にも本気度を伝えたいという意味合いもありましたね。
――高齢者施設に勤めながら、美容学校に通ったのですか?
そうなんです。働きながら通える通信教育の学校に通いました。座学は通信教育で、月一回のスクーリングは休みを利用して。その他年に2回、2週間の集中スクーリングがあり、そのときは朝から美容学校に行き、最後の授業に出ると夜勤に間に合わないので、早退して夜勤へ。夜勤明けにまた学校へ。早退した授業はレポート提出に替えてもらって。この生活が3年間続きました。
――休みなしですか? すごいパワフル!
後先考えないところがあるので、寝る時間を考えずに入学手続きしてしまって。
――実際、美容師免許をとるのは大変でしたか?
学科は勉強すればなんとなかなるだろうと思っていましたが、実技の練習をする場所を確保できてなかったことが大変でした。通信教育の場合、多くの生徒さんはサロンですでに働いていて、サロンがお休みの日にスクーリングします。だから、お店が終わった後に、カットやパーマの練習ができるんですね。でもわたしの場合、髪に触る時間が圧倒的に少なくて。
――結局、どこで練習されたのですか?
ありがたいことに、知り合いの美容室の方にご厚意で教えていただけることになり、仕事終わりの18時~22時まで、その美容室の先生のところに通わせていただきました。でも、当時すでに43才。覚えが悪いんですよ。とくにカットが難しくて、まわりはできるのに自分はできない。その悔しさで、泣きながら帰ったこともありました(笑)。
――それをどうやって克服したのですか?
自分でウィッグをたくさん買って、指の皮がむけるほど練習しました。実技試験は3科目の中からその場で出題されるのですが、どれに当たるかはわからない。結局、1回目は落ちましたが、すぐに2回目を受けて、無事合格することができました。
美容師免許取得後は、美容プロジェクトの予算獲得も
――さぞ嬉しかったでしょうね! 美容師免許を取得したことは、仕事に活かされたのでしょうか?
実は、美容学校を卒業する前に、すでに高齢者施設で「美容プロジェクト」を立ち上げていたんです。神奈川県内に同じグループの施設が5ヶ所あったので、興味のあるスタッフに声をかけて勉強会を開きました。介護職の方には、美容のお仕事から転職される方も多く、元BAさんにメイクの仕方を教えてもらったり、元アロマセラピストの方に簡単にできるハンドケアを考えてもらって、動画を撮って家族をモデルに練習したり。勉強会をやりつつ、イベント開催を繰り返しました。イベントでは、フェイシャルエステ、ヘアメイク、ハンドケア、最後にネイルの順で施術をしていました。
――フルコースなんですね! 本当に素晴らしいプロジェクトですね。
わたしが半ば強引だったのもあるし、いい上司に恵まれたことも大きいですね。なかなかやりたくても通らないところが多いと思います。
――美容プロジェクトは益々充実していったのでしょうか?
わたしが美容師免許を取得したことで、利用者の方からの信頼度が上がりました。美容師資格を持っているこの人が言うんだから、ネイルやメイクをしたら元気になるに違いないと。それと同時に、勤務先にもわたしの本気度が伝わったことも大きな収穫でした。それまでは、美容プロジェクトに必要なものは、施設の中で使える予算内で賄ったり、自費で購入したりしていたのですが、美容プロジェクトとしての予算を確保してくれるようになり、だんだん参加者も増えていき、最後の頃は一回のイベントで20人以上の施術をしていました。
自分の大好きな美容ができて、係長にもなり、さあこれから自分のやりたいことができるという状況だったので、わたしが退職するとは誰も思っていなかったと思います。
後編では、メイクできれいになった高齢者を写真に撮ることで元気が持続するというお話を伺います。山田さんは、写真を本格的に勉強するために、アートディレクター兼フォトグラファーの西本和民さんに師事。「高齢者と美容を写真でつなげる会社」、(株)ソーシャルビューティーフォトを立ち上げます。
取材・文/永瀬紀子