不調の「最後の砦」になりたい。古民家サロンで挑む根本改善【治療・リラクゼーション・歯科業界のお仕事 渡邊元太さん】#1

治療、リラクゼーション、歯科業界など、人々の痛みや不調に寄り添う仕事の魅力を紹介する本企画。今回お話を伺うのは、千葉県長生郡長南町にある古民家サロン「わたなべカイロ」のオーナー渡邊元太さんです。

「わたなべカイロ」はカイロプラクターである渡邊さんが2024年にオープンした完全予約制のプライベートサロン。「どこに行っても不調がよくならない人の最後の砦」というキャッチフレーズを掲げ、骨盤をはじめとした骨格の歪み、筋肉などの土台から整え、体の不調を根本からケアする施術を行っています。

渡邊さんはデイサービスでの7年間の勤務などを経て、「わたなべカイロ」をオープンした経歴を持ちます。前編ではカイロプラクターとはどんな仕事なのか、目指したきっかけなどを伺いました。

今回、お話を伺ったのは…

渡邊元太さん

カイロプラクター/「わたなべカイロ」院長

千葉県千葉市出身。幼いころから野球に取り組み、体を壊したことをきっかけにヘルスケアの仕事に興味を持つように。専門学校で健康運動実践指導者の資格を取得後、いくつかの企業でサラリーマンとして勤務しながら、カイロプラクティックのセミナーを受講し、全国健康生活普及会に入会。デイサービスの現場で7年働いた後、「わたなべカイロ」をオープンした。

インスタグラム

セミナーを受講し、手技で健康を支えるカイロプラクター の道へ

渡邊さんのサロンには体に悩みを抱える人が多数訪れる

――カイロプラクターが担当する仕事を教えてください。

カイロプラクティックと呼ばれる手技療法を行う人を「カイロプラクター」と呼びます。カイロプラクティックとは、手技で背骨や骨盤などの骨格のバランスを調整し、神経の動きを整えて、肩こりや腰痛、自律神経の不調などをケアすることを指します。薬などを用いずに、自然治癒力を高めることを目的としている点も特徴のひとつです。

――どのようなルートをたどればカイロプラクターになれるのでしょうか?

アメリカでは、カイロプラクターは国家資格です。しかし日本では、カイロプラクティックについて法律によって規定された国家資格は存在しません。そのため一般的には、民間の資格を取得し、カイロプラクターとして働く人が多いのが実情です。私も全国健康生活普及会が開催しているカイロ事業のセミナーを受講し、カイロプラクターとして働いています。

――渡邊さんの現在のお仕事内容を教えてください。

千葉県長生郡長南町というのどかな場所で「わたなべカイロ」という古民家サロンをオープンしています。完全予約制のプライベートサロンで、下は小学生、上は80代まで幅広い年齢のお客様にお越しいただいています。

「多くの人の健康をサポートしたい」という思いでオープンしたサロンで、体にさまざまな悩みを抱えた方がいらっしゃいます。まずはしっかりと姿勢を評価してから、丁寧に手技を施し、加えて自宅でできる簡単なケア方法をお伝えして、体の不調の根本改善を図っているのが特徴です。

カイロ院の先生の勧めでカイロプラクターの道へ

渡邊さんのサロンでは姿勢を正す施術に力を入れている

――渡邊さんがカイロプラクターになるまでの道のりを教えてください。

幼いころから野球などさまざまなスポーツに打ち込んできた私は、常に体の不調と付き合ってきました。

小学生のころ、跳び箱から落ちたことをきっかけに整骨院に通い始め、中学、高校時代に部活で肘や腰を痛めたときには整形外科にもお世話になったことも。ヘルスケアに関する仕事は私にとって身近であり、「体の不調に向き合い、それを解決するために努力する素敵な仕事」として憧れの存在でもありました。

高校時代は体育大学への入学を目指しはじめ、浪人までしたものの失敗。そこで改めて自分の進路を考えなおし、ヘルスケアの観点からスポーツに携わろうと、スポーツトレーナーの養成をする専門学校へ入学しました。

――そこからどのようにカイロプラクティックに出会うのですか?

専門学校では「健康運動実践指導者」という資格を取得。スポーツトレーナーへの道は非常に狭く難関だったため、整形外科に就職してリハビリ業務を担当することになったんです。

でも、朝7時から夜23時までの勤務に心身が耐えられず、短期間で退職を決意。「もうヘルスケアに関する仕事に就くのはあきらめよう」と、専門学校時代のテキストなどはすべて処分しました。

そこからは数年、サラリーマンとして何社かでまったく別の職種に勤務していたんです。ところがそこでの業務が重労働で、再び体を痛めてしまって。たまたま自宅のポストに入っていたカイロプラクティック院のチラシを見て、客として施術を受けに行くようになりました。

――最初は自分がカイロプラクターになるとは思っていなかった?

はい、そのときはまったく思っていなかったですね。院の先生が非常にいい方で、「カイロプラクティックの仕組みが分かったほうが、体の調子も整えやすいと思う。セミナー代は私が負担するから、資格を取ってみたら?」と、全国健康生活普及会という団体のカイロプラクティックのセミナーを私に勧めてくださったんです。

そのときは自分の体を知り、調子を整える一環として受講していて、仕事にする気はありませんでした。とはいえ1週間のセミナーはなかなかハードで。手技を覚えるのに必死でしたし、ベッドにずっと寝転がって手技を受け続けた時間もあり、修了したときにはヘロヘロでした(笑)。

デイサービスで気づいた健康のありがたみ。カイロプラクティックの技術で「最後の砦」に

サロンのオープン当初は集客に奔走したそう

――その後デイサービスに就職して、転機があったそうですね。

デイサービスで勤務していると、40代、50代の若い方々が不調で体を壊している姿を何度も目にしました。「健康でいることは当たり前のことではないんだ」と気づいたのはそのタイミングです。

いくらお金があっても、健康でなければ人生を楽しむことはできません。それほど、健康は尊いものなのだと感じました。若くても不調を抱える人がいる一方で、街なかには70代、80代でも自分の足で元気に歩き、趣味を楽しんでいる人もいる。その違いは何だろうと考えたときに、生活習慣を土台から整えることが大きなカギを握っていると気づきました。

――改めてヘルスケアの重要性を知ったのですね。

「元気な人を増やすために私に何かできることがないのだろうか」と考えたときにカイロプラクティックの資格を持っていることを思い出し、転職を決意したんです。最初はカイロプラクティックのつながりで知り合った先輩の開業に協力しつつ、祖父母の空き家になっている古民家を利用してサロンの開業準備を始めました。

――独立時に苦労したことはありますか?

最初は集客がうまくいかず、アルバイトと掛け持ちをしていました。サロンの隣がゴルフ練習場なので、あいさつに行き、チラシを置いてもらうなど地道に活動をしていました。その月のお客様は10名ほど。決して順調なスタートではありませんでした。

――現在は多くの方がお越しになると聞いています。どのように集客の課題を解決したのでしょうか。

イベントやマルシェに参加してカイロプラクティックをお試ししてもらい、お客様にサロンへ来ていただくきっかけを作ったり、経営者の集まりに参加したりしてサロンを知っていただく機会を作ることを意識しました。

一度来てくださったお客様がほかのお客様を紹介してくださったり、よい評判を広げてくださったりしたお陰で、じわじわと集客ができるようになってきましたね。

私のサロンは地域密着型の逆。痛みや違和感など体にお困りごとを抱えている方が「最後の砦」としてお越しくださるので、お客様は県外など、さまざまな地域からお見えになります。


後編では渡邊さんのカイロプラクターとしてのモットーや、現在の仕事のやりがいについて詳しく伺います。

「正しいことを行えば、体は必ずよくなる」という信念がモットーの渡邊さんは、その場しのぎではない根本から問題を解決する施術を意識しているそう。自宅での簡単なケア方法までを伝え、お客様に体の変化を実感していただくことで、信頼を得ることを大切にしています。

確かな技術とお客様との誠実な向き合い方に魅力を感じ、渡邊さんのもとを訪れたお客様のなかには、20年近く悩み続けてきたヘルニアの症状が軽くなり、明るい表情になってきた方もいるといいます。


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わたなべカイロ
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住所:千葉県長生郡長南町蔵持275‐1

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