人気店での接客、立て直しを経験した若手時代。多忙だからこそ身についた技術とスピード感【#péil nail代表 桑原絵里奈さん】#1
東京・渋谷の人気店で経験を積み、独立後は自身のネイルサロンをオープン。現在の活躍ぶりを見ると順風満帆のように思えますが、表参道でお店が軌道にのるまでは、山あり谷あり。今回は、努力と行動力で道を開いてきたネイリストの桑原絵里奈さんの美容人生にクローズアップ。
【前編】では、桑原さんがネイリストを目指したきっかけからネイルスクール時代、サロン勤務の頃の働き方についてお聞きしました。
お話を伺ったのは…
#péil nail
代表 桑原絵里奈さん
東京都出身。保育士を目指し大学に進学するも、ネイリストへ思いが強くなりシフトチェンジ。アフロートネイルスクールで資格を取り、都内のネイルサロン2店舗を経て、自身のお店を広尾にオープン。コロナ禍で一時は経営難に陥るなど多くの苦労を乗り越え、現在は拠点を表参道にうつしてサロンを経営。サロンワークの他、ネイルブランドのプロデュースや雑貨のセレクトショップ、介護施設でのネイルボランティアなど、多岐に渡る活動に注目が集まる。
ERINA’S PROFILE
お名前 |
桑原絵里奈 |
|---|---|
出身地 |
東京都 |
出身学校 |
アフロートネイルスクール |
憧れの人 |
北村亮先生 |
休日やプライベートの過ごし方 |
美術館、散歩 |
仕事道具へのこだわり |
必要最低限で使いやすい道具を丁寧に使う |
大学を中退してネイルスクールへ。ネイリストへの思いは強かった

――ネイリストを目指したきっかけは?
姉がもともとネイリストだったんですね。それで姉にネイルをしてもらうのがすごく嬉しくて、そういう環境が近くにありました。
高校卒業後は保育を学ぼうと大学へ進学しましたが、保育士はネイルやおしゃれができない職業。反動もあって、「ネイリストになりたい」という思いが強くなっていきました。
――そこからネイルスクールに通ったのですか?
せっかく入った大学でしたがきっぱり辞めて、自分でネイルスクールを探して一年間通いました。
全日制できちんと通って学びたいタイプだったので、アフロートネイルスクールへ。一年で1級まで資格が取れるカリキュラムもよかったです。
――スクール時代の思い出は?
ネイルエキスポの「ネイティフル」にクラスで出場して、2位になれたことです。
ヘアメイクとネイルの生徒が組んでチームを作り、トータルビューティーで一つの作品を作りました。すごく大変でしたが、みんなで作り上げた経験と感動は忘れられません。
最初の就職先は半年で閉店!人気店への再就職で大忙しの日々に

――スクール卒業後はネイルサロンへ就職したのですか?
はい、最初に入ったのが秋葉原にあるネイルサロンだったのですが、なんと入社半年でお店が閉店することが決まり…。
自分が勤めているお店がなくなるなんて夢にも思わなかったので、衝撃でした。
――ではまた別のサロンに再就職を?
次に入ったのは渋谷のサロンで、海外にも店舗があるような大きいところでした。人気店というのもあり、毎日がとても忙しかったですね。
当時はジェルがまだなくスカルプが主流で、アクリル絵の具やマニキュアでアートをするのですがそれが難しくて、時間もかかって。
自分の技術はまだ未熟だし、お客様は次々と来るし、先輩にやり方を教わってすぐに実践する…もう半ば、やりながら覚えていくという感じでした。
――若手の頃は、お客様のいろんなオーダーに応えるのはなかなか難しそう。
「こういうデザインにしたいんです!」と、雑誌に載っている作品を見せられるのがドキドキして、本当に怖かったです。
自分で作ったものでないから、作り方が分からない、でも希望のように仕上げないといけない。しかも時間内に…!
当時はSNSがまだなく雑誌を見本にする方が多かったです。だから、新しい雑誌が出たら自分がいち早くチェックして、作り方をイメージして、お客様のオーダーに備えるという。
――お客様に施術しながら、サロンでは試験などもあったのでしょうか?
毎日練習していましたし、試験も一つ一つクリアして進んでいく形でした。
朝練から始まって、夜までサロンワーク、営業後はスタッフたちとご飯を食べに行って帰りが夜遅くになることも。
先輩は怖かったけれど、夜遅くても翌朝の朝練は毎回見てくれていたし、今思えばすごくお世話になりましたね。
――そのお店ではどのくらい働いたのですか?
7年くらいいました。合わないとすぐ辞めてしまったり、3〜4年働いて経験を積んだら独立する人も多い中、私はけっこう長く勤めた方かも。
一時、独立や結婚のタイミングなどで、スタッフがたくさん辞めてしまい、私が自動的に店長に。人が減ったら売り上げも減ってしまうと、「渋谷店をたて直してほしい」と会社から通達がありました。
その時まだ23か24歳で、「こんな私に一体何ができるんだ」と一番しんどかったです。
――その時は、どんなことに取り組んだのですか?
定額ネイルをスタートさせたことが大きかったです。お店の定額ネイルではなく、スタッフ一人一人の定額ネイルを打ち出していこうと、全員にデザインを考えてもらいました。
今はこのやり方は主流ですが、当時はサロン単位の定額制しかなかったので反響があり、お客様もたくさん来ていただけるように。
――確かに昔は、お店全体の定額ネイルという感じでした。
個別にしたことで、若いスタッフたちも自分のデザインが選ばれると嬉しいし、やりがいも出てきて、サロン全体の士気も上がっていきました。
いかにお客様に来てもらえるか、そのためのアイデアを出してみんなで取り組んでいくのは大変でしたが、若い頃にそういう経験ができたことはすごく貴重でした。
29歳で独立開業を決心、その経緯は意外すぎる展開だった

――サロン勤務を続けてきてよかったと思うことは?
スタッフとコミュニケーションを取りながら仕事ができること。
あとは、人気店で働けたことのメリットとしては、手が速くなれたこと。決められた時間内にお客様を次々と担当する環境でなければ、ここまでスピーディーな技術力はつかなかったと思います。
例えば自分一人でサロンをやっていたら、一人あたりの施術はだいたい2時間くらい、でも実質2時間15分とかになっている。私はこの席に2時間も座りっぱなしは嫌なんですよね。だから1時間〜1時間半で終わるようにしています。
ネイリストは、どこで修行するかによって身につくスピード感というのは変わってくるかもしれません。
――長年のサロン勤務から独立するきっかけは何かあったのでしょうか?
実は、最初は自分でお店を出そうとは思ってなかったんです。
30歳を目前に、当時お付き合いしていた彼と結婚をする予定だったのですが、いろんな理由でそれが破棄になってしまい。
結婚資金を貯めていたけれどとりあえず使うあてがなくなってしまったし、この先ずっと渋谷のサロンで働き続けるのは体力的にも厳しそう。かといって、一般職に転職するのも何か違う。
であれば、この資金で思い切って独立しよう!と。29歳の時でした。
取材・文:青木麻理(tokiwa)
撮影:高嶋佳代
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