しもむらひろみ interview #1:福岡のおしゃれを牽引してきたトップスタイリスト
しもむらひろみさんは福岡の広告業界で有名なファションスタイリストです。キャリアは30年ほど。数多くの企業TVCM、商業施設のシーズンビジュアル、ファッションショーをご担当されてきました。さらに2004年、一般の方を対象としたパーソナルスタイリストの場として「salon」を立ち上げ、ファッションだけでなく、美容、ライフスタイルにおいて、より多くの人々の美しさを磨くお手伝いをしています。今回はファッションスタイリストから現在に至る、自身の経験についてお話を伺いました。
天職を見つけ、奮闘する日々
――その歴は30年ほどとのことですが、これまでの経緯を教えてください。
「スタイリストという職業を知ったのは高校生のころです。その当時からファッションが好きで、ファッションの仕事がしたかったのですが、手先は不器用だったので、デザイナーやパタンナーにはなれないと悩み、あるとき雑誌で『スタイリスト』という職業があるのを知って、それは服や小物を組み合わせて着せる仕事だと知って、自分にぴったりな仕事だと思い、志しました。」
「高校卒業後は、福岡の専門学校に行きました。当時はまだスタイリスト科というものがなくて、ファッションデザイン科に入学しました。専門学校卒業後はスタイリストの採用がなかったので、すぐには就職できず、2年間ほどアパレルショップなどでアルバイトをし、スタイリストの窓口、糸口を探す日々でした。ある日、求人掲載にスタイリスト事務所の求人が載っているのを見つけて、飛びついて応募し、そこで修行をしたのち、フリーのスタイリストとして独立しました。」
念願のスタイリストデビュー
――スタイリストとしてどのようなお仕事につかれていたんですか?
「広告のスタイリストを長年やっていました。福岡の企業や商業施設のビジュアルや、TVCMに携わっていました。私がスタイリストになってすぐのころはいわゆるバブル時代で、景気もよく、よく働いたなという思い出があります。その分、多くのスタッフ、モデル、ヘアメイクさんと出会い、知り合うことができました。福岡をメインにしていましたが、福岡から撮影で海外や東京に行ったり、東京の会社から呼んでいただいたり、すごく刺激を受けた良い時期ですね。」
「当時と比べて、福岡の商業施設の数や雰囲気はがらりと変わりましたね。商業施設が増えていくにともなって、スタイリスト仲間やヘアメイクさんでも誰が広告ビジュアルを担当できるか競い合っていました。それが美容やファッションに関わる人間のひとつのモチベーションになっていたのかもしれません。」
広告ビジュアルで作り上げているもの
――広告ビジュアルを担当していたころ、こだわっていた部分はありましたか?
「私自身、映画が好きだったというのもあり、当時の流行を追求したスタイリングというものより、リアルクローズを大事に提案することに大切にしていました。コンテなどを見て、その世界観、人物雰囲気、背景などを想像して、チーク、リップの色から、その出演者の服の色、素材感、組み合わせに工夫を凝らすようにしていました」
「広告スタイリングをしていたころはテレビや映画を見ていても、制作の裏側のことを考えてしまうんです。『この着せ方はだめだな』『これは◯◯さんのスタイリングだな』と、当時は競争心が高かったんでしょうね。」
長年にわたり福岡の企業広告ビジュアルのスタイリングを先導してきたしもむらさん。その秘訣は高いセンスだけでなく、広告全体を把握する思考の深さが関わっていたようです。次回は昔から全国でもカルチャー発信地として注目されていた福岡。そのクロニクルをしもむらさんと一緒に紐解いていきます。
Profile
しもむらひろみ
パーソナルスタイリスト。『Class.Salon』オーナー。福岡で長年、広告のファッションスタイリスト経験。2004年、一般の人を対象にしたパーソナルスタイリングを開始し、今はスタイリングのほかイベント、ワークショップを催すなど幅広く活動する。
<Class.Salon>
http://www.salon309.jp/
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