自分の時間を取り戻してほっとできる場所を提供したい ロミロミ&コンディショニングKOA相澤葵さん#1
湘南でロミロミ&コンディショニングKOAを主宰する相澤葵さん。新卒入社したフィットネスクラブでは、1年目に前年比売上200%超の功績を挙げるも、逆にそれがプレッシャーとなり3年で退職。
その後オーストラリアへのワーホリを経験し、帰国後再開したフィットネスクラブ時代の先輩と起業。インストラクター業と登録インストラクターの管理業務を24時間体制ですることになり、業績は好調。
けれど今度は育児との両立に疲れてしまったのだそう。そんな経験から自分の時間を取り戻してほっとできる場所を提供したいと自分のサロンをオープンします。
Aoi’s PROFILE
名前 |
相澤葵 |
|---|---|
出身地 |
神奈川県横浜市 |
出身学校 |
日本工学院八王子専門学校スポーツトレーナー科 |
プライベートの過ごし方 |
ほとんど仕事しています。 |
趣味・ハマっていること |
最近飼い始めた大型犬を愛でる。 |
仕事道具へのこだわり |
あるものを無駄にせずに使える技術を持つこと。そして大切に使うこと。 |
フィットネスクラブ入社1年目で前年比売上200%超

――起業する前のご経歴を教えてください。
専門学校卒業後、フィットネスクラブに正社員として入社しました。トレーニングやエアロビクスを担当していましたが、1年目で前年比売上200%超という成績をポンと出してしまったんです。
翌年2年目にはそれを上回らなければいけない。また、それを評価されて任された人気プログラムの顧客動員数も下げないようにしなければ。上司も先輩も「チャレンジしてみなよ。まだ2年目なんだからどんな結果でも大丈夫だよ」と言ってくれているのに、勝手にプレッシャーを感じてしまったんですよね。生理が止まってしまい、婦人科で排卵していないと言われ、診療内科にも通院することになりました。
――がんばりすぎてしまったんですね。
そうですね。生理が止まる前から母親には「仕事辞めてくれる? あなた笑わなくなったから」と言われていました。自覚はなかったのですが、ただプレッシャーから毎日逃げたい、逃げたいと思いながら仕事していたんですよね。ずっと剣道をやってきて根性論で生きてきたので、逃げたら負けだと思っていたんです。
――なるほど。
業務量をかなり減らしてもらってなんとか続けていましたが、3年経過した頃に退職。心療内科の先生に相談しながら、ワーホリでオーストラリアへ行くことにしました。バイトもしたくてスポーツクラブに飛び込み営業してみたんですが「あなたの英語じゃちょっと無理よ」と断られてしまって。なので語学学校の仲間や先生を相手にパーソナルトレーニングみたいなことをしていました。
――オーストラリアには何年いたのですか。
1年間です。帰国後フラフラしていたらフィットネスクラブ時代の先輩にばったり会って「会社を作ることにしたから手伝ってくれないか」と。スポーツクラブ時代の仕事ぶりをすごく評価してくれていた先輩だったので、「暇してるからいいですよ」と即答しました。
高齢者施設でのインストラクター業と管理業務を24時間体制で

――先輩と始めた会社ではどんなお仕事を?
高齢者施設でリハビリ体操や健康体操のレッスンをするインストラクター業と、登録インストラクターの管理・育成業務全般を担当していました。先輩は主に経営と営業に回り、わたしは先輩が取ってきた仕事を管理するという感じですね。
――インストラクターの方は何人くらいいたのですか。
約100名いました。
――そんなに?
そうなんです。起業5年で先輩とふたりで年商1億を超えましたから。
――社会人1年目同様、またすごい数字を叩き出したんですね。
当時は24時間体制で働いていました。登録インストラクターから「子供が熱を出したので明日のレッスンに行けません」と夜中に連絡が入れば、そこから「明日〇時からできる人いませんか」と全インストラクターに配信。夜中2時過ぎでもこういった対応をしながら、社長の接待に同行したり。そんな生活が11年続きました。
――11年でピリオドを打った理由は?
30歳と33歳で出産したんですが、夫は朝早く出勤して帰宅するのは深夜。ほぼワンオペ育児で仕事と育児のやりくりができなくなってしまい、鬱のような感じになってしまったんです。子どもがかわいく思えなくなってしまったんですよね。
そんなときに社長との面談で「何がやりたいの? やりたいことをやろうよ」と。でも仕事と育児で精一杯で、やりたいことがひとつも思い浮かばなかったんです。以前は、あれもやりたいこれもやりたいと突っ走って、「ちょっと待って」と先輩に止められていたのに。そのときに、あーいまの私はもうこのフェーズにはいないんだなと思って翌日社長に「辞めたい」と伝えました。結局その後、社外取締役としてスタッフの育成を任され、相変わらず忙しい日々を過ごすことに。でもそれも2年でピリオドを打ちました。
一人一人にフォーカスできる場所が欲しくてサロン開業

――その後は?
下の子の産育休中に通信教育でリンパトレナージュや整体の資格を取っていたので、それを活かせるバイトをしようと思ってリジョブで職探しをしました。
35歳オーバー、未経験、土日夜間不可、小さい子どもがいる…となると断られることも多かったですが、「これだけのキャリアがあるなら本社勤務でマネージメントをやらないか」と言われることも。
――それまでの経験を考えたらそうですよね。
でも当時のわたしは、重い責任のある仕事を背負うのは嫌。アルバイトでセラピストができたらいいなと思っていて、たまたま見つけたのが横浜のロミロミサロンでした。そのサロンの社長は、女性の自立を重視する方で「子どもはどんどん育っていくもの。そのフェーズフェーズで働き方を変えていけばいい」という考え方の女性でした。
――ロミロミは未経験だったのでしょうか。
はい。未経験だったので入店前にサロンと提携しているスクールで学び、資格取得後に横浜本店でアルバイトを始めました。その半年後くらいには、それまでの経歴を買われ、セラピストと並行してスクール講師をやるようになりました。
――やっぱりそれまでのキャリアが物を言うのですね
ロミロミは、世界一スピリチュアルなマッサージと言われています。体だけじゃなく自分が本来なりたい姿を導き出して、自分を好きになる。絶対ロミロミだと思って始めたわけではないのですが、自分のサロンを持つようになって、最近とくにロミロミいいじゃんって思うようになりました。きっと巡り合わせだったんでしょうね。
――サロンをオープンしたきっかけは?
勤めていたサロンは、フランチャイズ展開しているお店だったので回転率重視。でももっと一人一人にちゃんとフォーカスできる場所が欲しいと思ったのがきっかけです。わたし自身、仕事と育児の両立に悩み、子育てを楽しめなかった経験があるので、そういう人たちが自分の時間を取り戻してほっとできる場所を提供したかったんです。
後編では、コロナ禍のためオープンしてたった1ヶ月でサロンを休業せざるを得なくなったお話を伺います。
撮影/森末美穂
取材・文/永瀬紀子
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