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コラム・特集 2019-07-14

美容師免許を持っていることに自信を持って 私の履歴書Vol.14【美容家・美肌顔師 佐伯チズ】#2

誰でも取り入れられる美容法を世間に生み出し、女性をきれいにするために尽力してこられた佐伯チズさん。外資系化粧品メーカーに定年まで勤務し、その後もなおスクールやサロンを開設し、精力的に活動してこられました。前編では幼少時代に遡って佐伯さんの原点に触れ、この後編では化粧品メーカー勤務時代の苦労話や独立後について伺います。女性のきれいのために、後継者の美容師たちのために、ご自分はあくまで手と足を使って伝えていくのだと語っていただきました。

化粧品メーカー時代

「定年の60歳まで働き通す」と主人と約束したので

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――結婚されてからも働き続けたいと思われたきっかけは何かあったのですか?

主人におしゃれをさせたかったんです。もともとおしゃれが好きな人で、何か買ってあげたいなと思って。家事も午前中のうちには終わってしまって時間を持て余していましたし。主人に「定年の60歳まで勤め上げる自信があるなら仕事をしても良いよ。だから定年まで続けられて、社会貢献できる仕事を選びなさい」と言われたんです。ある日、フランスの化粧品メーカー・ゲランの求人広告が新聞に載っていて、「あらいいじゃない!ゲランなら知ってるし、中学時代に化粧品店でアルバイトしてたし」と思ったんですよ。それで、尊敬する牛山喜久子先生に相談したところ、「ゲランは世界一よ。これから女の時代、化粧品の時代が来るわよ。おゆきなさい」と背中を押してくれたんです。こんな心強い言葉はないですよね。ゲランに入社したのち、このディプロマを頂いたんです。

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※ディプロマとはゲランが行っているエステティシャンの課程を修了したことを証明する証明書。

――すごい…!

これを持っているのは私くらいしかいないと思いますよ。香水からメイクアップ、スキンケアまでゲランのすべてを網羅したんだから。私にとってこれは超自慢なのよ。今は、美容師免許を持っていないブロガーや、化粧品メーカーにいたってだけの人がコメンテーターとかしてるでしょ?私は資格を持っているみなさんに「負けるな!!」って言いたいのよ。なぜなら、あなたたちは皮膚生理も消毒の勉強もしてきたんだから。その人たちとは違うもっと説得力のあるコメントが言えるはずなんです。私は美肌革命を起こした先駆者じゃないですか。だからみなさんに自信を持ってもらいたくて、こうやってお見せしてるんですよ。 

――化粧品メーカーに勤めていた時に挫折はありましたか?

挫折も苦労もいっぱいありました。役職に就いていたときに、立派な肘掛け椅子を使っていて、秘書もいたんです。ある日、出社したら自分の席が移動していたんですよ。入りたての女の子が使うような粗末な机と椅子が部屋の端っこに置いてあってね。上司に圧をかけられながら働くよりも、お客様をきれいにしている方がよっぽど楽しい!と思い、外の現場に出て行きましたよ。社長や上司とはよく言い合っていましたね。「辞めてほしいならはっきりおっしゃって下さい。そしたら辞めますから」と啖呵を切ったことだってありました。

――かっこいい!でも最近の人は打たれ弱いのか、怒られるとすぐに辞めてしまい中々キャリアが伸びないという相談がリジョブ宛にも多いんです

怒られた意味や理由がわかっていないと、悩んだって解決しないですよ。「何が理由で怒っているんですか?」と確認すればいいじゃない。反省点が見えれば、むやみに人を恨むこともないし、自分に非があるならただ「気をつけます」と認めればいいんですよ。

――それがなかなかできないんですよね

だから自分を知らなすぎるのよ。自分の良いところをきちんと理解できていないからですね。人に言われて落ち込むだけでどうするの?と思いますね。

――幼少の頃からのガッツが人生につながっていますね

ボーッと生きて来なかったですからね。主人が亡くなり、一年ほど泣き暮らしていたのですが、「60歳の定年まで働く」と主人と約束したので、勤められるところがあるんだったら働かなきゃと思ったんです。

――役職に就いたあとも、現場に立ち続けたということが驚きです!

ディオールに勤めていた頃、帝国ホテルの現場で接客をしていたんですが、一日2組しかご予約を取らないようにしました。だから始めの頃から満室で、何ヶ月も先までずっと予約がいっぱいだったんです。自分自身のお休みだって取れませんでした。当初は、私のお客様は2万5千円で施術していたのですが、会社からは「2万5千円!?そんなの誰が来るか!」と言われていたんです。でも実際たくさんの人が来たから(笑)。会社は態度をころっと変えてきたんですが、会社に対しては「いっさい口出しないで下さい!」って感じでしたね(笑)。

――一日2組なら一人のお客様に集中できますもんね

一度の施術は3時間と決めてはいましたが、私はほとんど延長してやっていましたね。もちろんその分追加料金をいただいたりはしていませんよ。「この方のこの部分は何とかしてあげたいな」と思って施術をしていると4時間かかることも。延長することはあっても時間を短縮するということはなかったですね。やっぱり、人をきれいにするんだったら精一杯やらなきゃという想いがあったので。だからお客様も信用して下さるんでしょうね。

独立を経て

美容はパフォーマンスではない

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――定年後も、経験と知識をご自身のサロンで広げていかれたんですよね

店舗を代々木から銀座に移したときにはキャンセル待ちが3200人だったんです。代々木店でお世話になったお客様も銀座店に来て下さって。名古屋から来て下さったお客様に「名古屋で何百万円とエステにお金をかけたけど、あれはニセモノだった。これがエステのお手入れなんですね」と言われたこともありました。うちでは機械を一切使わず、すべて手で施術していましたからね。あとは、お客様を安心させるためにたくさんコミュニケーションを取りますね。だから「佐伯さん、佐伯さん」ってみなさん来て下さるんです。それが顧客作りの原型ですよ。

――今は良い写真を載せて集客しようとする人もいるけれど、もっと原点を見つめ直さないと、ということですね

ある有名な大型サロンに行ってカットしてもらったんですけど、パフォーマンスだけがすごくて、仕上がりが最悪だったんです。結局、パフォーマンスを見せることに熱心で技術が上達していないんですよ。美容はパフォーマンスではなく、現実的に“お客様にきれいになってもらうこと”というのが私の考えです。

――これから美容従事者のみなさんにどんなことを教えたいですか?

学校では教えてくれない女性のルーツ、そして女性の大切さをまず伝えたい。みなさんはそんな女性をきれいにするというすばらしいお仕事をしているんです。無花果(いちじく)が女性の身体のルーツなんですが、フランスの無花果農園に連れて行く授業も考えています。

――価値のある職業なのに、離職率は高いと言われていますよね

そういう人たちを呼び返したいんです。せっかく資格や免許を持っているのに何をしてるの?もっと自分に自信を持ちなさい!って。私がたくさん新しいことを教えてあげますから。

――先生の今後の夢はありますか?

80歳までは、もっと国内の美容資格を持つ従事者の方々が活躍できるように、教育の見直しや仕組み作りに力を入れたい。80歳になったら、南アフリカに行って黒人の女性にローションパックを教えたいんです。そして健康で元気な子どもを産めるような身体と、女性のためのお仕事を作ってあげたいと思っています。

――ご自分の手や体を使って後世に伝えていくんですね

以前、「ボランティアはお金持ちじゃないとできないんですよ」と言われて頭にきたことがありました。お金を使うことではなく、自分の身体を使ってさせていただくことが、私にできるボランティアだと思っています。実は、もう何年もボランティアで東北に足を運んでいるんです。復興支援窓口に「今年はどこに行かせていただいたらよろしいでしょうか?」と確認してからね。お金を寄付するのはもちろんだけど、ボランティアをそんな簡単に考えてないんですよ。貧乏で育ったからわかるんです。現地で何を必要としているのか、何をしてあげるのが良いのかを知らなきゃ意味がないんです。

――奉仕の気持ちですね。では最後に後輩へメッセージをお願いします。

私は美容業界を変えていきたいと思っています。みなさんにはもっと自信を持ってほしいし、自分を信じてほしいし、そして強くなってほしい。何を聞かれても、自信があれば相手を納得させられますから。今、みなさんが自信をつけられるようなことを考えていますので待っていて下さいね。

佐伯さんの成功の秘訣

1.何にでも興味・関心を持つ
2.お客様をきれいにしたいという純粋な気持ちを持つ
3.相手を納得させられるだけの自信をつける

▽前編はこちら▽
一流を目指して 私の履歴書Vol.14【美容家・美肌顔師 佐伯チズ】♯1>>

Salon Data

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サロンドール マ・ボーテ

住所:品川区東品川2-3-15 2003
TEL:0120-689-284
http://www.saekichizu.com/

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