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コラム・特集 2019-12-07

コンプレックスばかりだった学生時代。私の履歴書Vol.19【GOALD 中村トメ吉さん】#1

今年7月にOCEAN TOKYO(オーシャン トーキョー)を電撃退任し、同年9月10日に自身が経営するサロンGOALD(ゴールド)をオープンさせた中村トメ吉さん。学生時代に好きな女の子に振られたことでコンプレックスを抱き始め、とにかくモテるために行動し始めたとか? そんな少年時代から波乱万丈の就職活動時代など、中村さんの今までの人生を掘り下げました。

NAKAMURA’S PROFILE

幼少期~高校時代

自身のコンプレックスを変えたくて一心に行動しました

——幼少期時代はどのように過ごされていましたか?

親に今までで一度も怒られた記憶が無いんですよね。そうしたらこんな風になっちゃいました(笑)。基本的に勉強も嫌いですし、学校生活も適当に過ごしていました。そんな中でも自分の中で2つ大事にしていたことがありました。それは、『カッコいいこと』と『楽しいこと』。当時、大人気だった男子アイドルグループに入りたくて、毎日歌やダンスを練習していました。結局入れませんでしたけど(苦笑)。

——それはすごい! 意外です!

そうなんですよ。今では考えられないようなことをしていました。他にも、中学生のときに好きな女の子がいて、めちゃくちゃアプローチしたんです。一緒に遊んだり、話をしたりして。でも、告白したらその子が一度も喋ったことのないような長身イケメンのことを好きと言い始めたんですね。当時、僕は背が一番低かったので、かなり違和感を感じました……。

——どんな違和感を感じたのですか?

背が低いことなど、なんで自分で選べない生まれた姿で、判断されなければならないのだろうと。好きだった子から、「背も一番前だし、頭も大きい」って言われて。それから、僕は頭でかいんだって気にするようになり、コンプレックスを抱き始めました。でもそのときから、そのことを諦める訳でもなく、自分がカッコいいと思うことは全部やろうと思いました。部長、生徒会長、DJ、ヤンキーなどすべてやりました。結果、その子のことを落とすことはできませんでしたが、振り返るとめちゃくちゃ周りからモテたんですよね。めちゃくちゃ(笑)。

——コンプレックスから色々挑戦するようになったんですね。その頃から美容には興味があったのでしょうか?

そうですね。美容にも興味はありました。目立ちたい、モテたいの一点張りなので、原宿へ洋服を買いに行ったりしてできることは全部やろうと。地元が栃木県の足利市だったのですが、地元だと完全に浮いている格好をしていましたね。最初は周りからも叩かれますし、言いたいことを言われますけど。そういうことはあんまり気にせず過ごしていましたが、小・中学生の頃は調子に乗りすぎて気がつくといじめられていましたね。親に隠すのが大変でした。

専門学校時代

とにかく自分が思うカッコいいことだけを突き詰めていました

——美容師を目指すようになったきっかけを教えてください。

もともと、美容師になるつもりはなくて。勉強も嫌いだし。当時は、バンドを熱心にやっていたんですよね。毎日4時間から6時間くらいギターを練習して追求してました。ヤマハが主催するバンドコンテストで全国優勝して、音楽の専門学校の特待生も決まっていたんです。XJAPANのHIDEが大好きでHIDEのようになりたいなと思っていました。

いざ専門学校に進むと、ロックで突き抜けてカッコいい人たちがいるかと思ったら、オタクっぽいスタジオミュージシャンになりたい人ばかりで……。思春期なりに、この人たちといたらカッコよくないなと思って「基礎からロックは生まれない」と明言を残しその年中に辞めました(笑)。

——破天荒ですね。辞めた後はどのように過ごされていたんですか?

辞めたのが年末だったのでもちろん就職先もない、進路もなく、そのときたまたま空いていたのが美容学校だったんです。HIDEも美容学校行きながら、ミュージシャンをやっていたからいっか! と思って、行きました。

——美容の専門学校はどうでしたか?

色々アホなこともしていました(笑)。東京にきたらカッコいい人で溢れているだろうな~と思ったんですけど……最初のインパクトは大事だとHIDEに似せたピンク髪の毛で、ピンクスーツで入学式に行きました。そのときは「あれ? 僕が圧倒的に一番かっこいいな」と思いましたね(笑)。でも、読者モデルや街角スナップなどで雑誌に載る人たちが現実世界にいることに気づいたんです。「この人達に勝たないと」と闘志を燃やしました。

——その頃は雑誌の全盛期でしたよね。

とりあえず、おしゃれをしてボストンバッグ持ったりして、GAPの前でウロウロして声をかけられるのを待っていました。声をかけられなかったら、衣装を変えてっていうのを何回かやっていたんですよね。なんで話しかけられないのかな~って振り返って考えると、麦わら帽子の頭の部分を切ってそこから髪の毛を出すみたいなダサいスタイルをやっていたからです(笑)。

でも、ある雑誌に載っていた有名サロンのスタイリストの人のカッコいい格好をそっくりそのまま真似て、出版社の人に自ら撮ってください! という最終の強行手段に出て載ることができました(笑)。当時雑誌に載ることはステータスだったので、反響はすごくありましたね。

——そんな反面、専門学校での生活はどうでしたか?

昔から『大人』がとことん嫌いだったんですね。「成績が良ければ何をしてもいいでしょ」という生意気なスタンス。例えば、実技は普通半年かかる技術を3ヶ月で習得して、他の事をやる。学科の授業はバイトや夜遊びの為の睡眠です。かなり自由にやっていましたね。先生の言うことを聞かない、外部の大御所の美容師さんがセミナーなどに来ても質問で反抗するというように、先生の方々にとってはかなり面倒なひねくれ者でした。

就職活動~新卒時代

前代未聞の1ヶ月でクビに! とにかく失敗続きの連続でした。

——自由に過ごしていても、就職活動をしなければならないときが必然的に訪れますよね。

そうですね。専門学校に通いながらバンドも続けて、バンドとバイトがメインの生活でした。就職活動の時期になって、カッコイイしモテそうだからの理由でどうしてもSHIMAに行きたくて。でも、面接で落ちたんですよね。落ちた理由がわからないって事務所に乗り込んで、もう一度面接をしていただいたんですけど。また落ちて(笑)。

それをきっかけに「なんで落ちるんだろう」って考えるようになりました。誰よりも就職活動は熱心にやっていて、40~50サロンは見学しました。普通はアポイントを取って見学させてもらうんですけど、そういう教養がなかったから、飛び込みで見学させていただきました(笑)。

とにかくSHIMAのサロンのスタッフがカッコよく見えて、当時はこだわっていましたね。2度も面接して落ちたので意気消沈。最終的には、何サロンか内定をいただいていたのですが、卒業しても就職先は決まっていなかったですね。フリーターになりました。

̶—フリーターはどれくらいの期間続いたのですか?

フリーターは3ヶ月間くらいやっていました。でも、だんだんと親にも周りの人たちにも申しわけなくなって。タイミングよく中途採用のサロンがあったので、申し込みました。でも、就職して1ヶ月でクビになったんですよ(笑)。

——たったの1ヶ月ですか!?

とにかく大人が嫌いなのが続いて、何でもかんでも言いたいことを口に出しちゃうんですよね。あまりの態度の悪さにクビになりました。そのタイミングで彼女にもフラれたんです。ダブルパンチを食らいました(笑)。そんなに俺ってダメな人間なんだって気づいて、ベッドの上で1、2週間過ごしましたよ。そこから8ヶ月間くらいフリーター。派遣登録して、営業からホストもやってみたり(笑)。やはり美容師をやりたいと明確に感じ、2社目のサロンに入社しました。

自身の抱いたコンプレックスから行動が変わっていった中村さん。破天荒でパワーがある人生を送っていました。次回は、前社を退任した理由やこれからの展望について熱く語っていただきました。

▽後編はこちら▽
夢や志を持った若者の背中を押したい。私の履歴書Vol.19【GOALD 中村トメ吉さん】#2>>

取材・文/梅澤 暁
撮影/中村早

Salon Data

GOALD(ゴールド)

住所:東京都渋谷区神南1-22-7 岩本ビル5F
営業時間:11:00~20:00
定休日:月
URL :https://goald.co.jp/

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