サッカー指導者から柔道整復師へ転身。背中を押したのは家族の将来への責任【治療・リラクゼーション・歯科業界のお仕事 荻野俊さん】#1

治療、リラクゼーション、歯科業界など、人々の痛みや不調に寄り添う仕事の魅力を紹介する本企画。今回お話を伺うのは、神奈川県鎌倉市の大船エリアで2019年に開業し、自費診療の丁寧な施術を行う「大船エール整骨院」院長の荻野俊さんです。

サッカー指導者として働いていた荻野さんが転職を決意したのは、家庭を支える立場になり、将来への責任を強く意識するようになったことがきっかけでした。

前編では、柔道整復師としての仕事の内容と、夜間の専門学校に通いながら現場経験も積んだ資格取得までの道のりを伺います。

お話を伺ったのは…

荻野俊さん

大船エール整骨院 院長/柔道整復師

高校卒業後にサッカー指導者の道を志し、川崎フロンターレに入社。その後、整骨院で働きながら、柔道整復師の資格を取得する。2019年に独立して、「大船エール整骨院」を開業。現在はスタッフを抱え、地域に根差した院づくりに取り組んでいる。

インスタグラム

保険施術と自費診療。変化する柔道整復師の仕事

仕事内容について説明する荻野さん

――まずは柔道整復師の仕事内容について教えてください。

本来の業務は急性の外傷、いわゆるケガへの処置です。具体的には脱臼、打撲、捻挫、挫傷などの症状に対して、施術や整復、包帯やギブスを使った固定といった対応を行います。

こういったケガへの処置は保険が適用されますが、一方で保険診療の限界もあって、自費施術を取り入れる院も増えているのが現状です。神経痛などの慢性的な症状に対して、その背景まで踏まえて向き合うニーズが高まっていると感じます。

――「大船エール整骨院」も自費治療専門とのことですね。

はい。保険の枠にとらわれず、数ケ月単位で続く慢性的な症状で悩む方を、しっかり診ることを大切にしています。

来院理由は腰痛をはじめ、脊柱管狭窄症やヘルニアなど神経症状に関わるものが多いですが、なかには逆流性食道炎などの内科系疾患の改善まで担当することもあります。状態によっては食事指導も取り入れながら、改善に向けた提案をしています。

――1日の主な業務内容について教えてください。

大きくは患者様への施術、経営や集客の業務、スタッフ育成の3つです。

以前は1日に30人近く診る日もあり、昼休みや時間外まで予約を入れていました。ただ、その働き方だとスタッフへの教育の時間や家族との時間が取りにくくなります。今は施術数を調整し、空いた時間で労務や経理などのデスクワーク、スタッフとの練習や指導にあてていますね。

時間や経済的な余裕を求め、サッカー指導者からの転身を決意

家族の将来を見据え、柔道整復師の道を選んだ荻野さん

――柔道整復師を目指そうと思ったきっかけを教えてください。

元々はサッカーチームの指導者として働いていました。でも結婚をして家庭を支える立場になったときに、給与面の不安定さや休日の少なさもあり、将来への不安が大きくなって。

そんなとき、柔道整復師として整骨院を経営している妻の父から「整骨院で一緒に働こう」と声をかけてもらったんです。そこで転職を決意しました。

――柔道整復師は資格取得も必要になりますし、転職は簡単なことではないと思いますが、葛藤や迷いはなかったですか?

なかったです。というのも僕にとってのゴールは資格取得ではなく、独立開業でした。その意味でも、開業権のある柔道整復師の仕事は魅力的だったんです。

――なぜ独立を目指していたのですか?

母子家庭で育ったこともあり、母が年老いたときには自分で面倒を見たいという思いがありました。時間の融通が利きやすく、努力次第で経済的な安定も目指せる点に惹かれたんです。

義父からも「君なら開業できるよ」と背中を押してもらって。なぜそう言ってもらえたのかはわかりませんが、妻とは高校生時代からの付き合いで、義父とも長い時間を過ごしてきました。そんな義父の言葉は、大きな支えになりましたね。

――資格はどのように取得しましたか?

夜間の専門学校に通い、昼間は義理の兄が運営する整骨院で経験を積みました。資格がない時期は受付や電気施術の対応などをしつつ、自費施術の現場にも入らせてもらっていたんです。

また、現場で生かせる技術を学ぶために、整体のセミナーにも約9ケ月通いました。学校、仕事、セミナーの3本柱だったので、3年間はかなり濃い時間でしたね。

――勉強は大変でしたか?

勉強そのものが壁だった感覚はあまりありません。ただ時間的な余裕はなく、寝る時間を削る日もありました。常に眠気と隣り合わせだったのは、正直きつかったですね。

勉強が大変だと感じなかったのは先ほどもお話したように目的が明確だったことが大きいと思います。国家資格の取得は通過点で、その先に開業という目標がありましたから。

義父が学費を出してくれていたので、落ちるわけにもいかないという気持ちもありました(笑)。

――それは緊張感がありますね(笑)。勉強で工夫した点は?

時間がなかったので、効率よく知識を身につけることは常に考えていました。

たとえば通学は、バスなら早い距離をあえて歩き、その間に自作の音声メモを聞いていました。筋肉や骨の名称、血液の流れなどをスマホに吹き込み、それを繰り返し聴いて覚える方法です。

もうひとつはアウトプットすることです。学んだ内容を施術中に患者様へ説明しながら使うことで、知識を定着させていました。

目の前で変化が見られることが柔道整復師の仕事のやりがい

転身したあとは、柔道整復師の仕事の奥深さに惹かれたという

――サッカー指導者から転身して、仕事のやりがいはどう変わりましたか?

大きくふたつあります。ひとつは、目の前で対価をいただく責任感です。月謝制で自動的に支払いを受けるサッカーコーチ時代と違い、整骨院は1回ごとの施術でお支払いが発生します。価値を届けなければいけないという意識がより強くなりました。

もうひとつは、学んだことをすぐ実践でき、変化が目の前で見えることです。サッカー指導者時代は幼稚園児や小学生に指導をしていたこともあり、成果が出るまで時間がかかります。一方で施術は、その場で反応が出ることもあるので、そこは大きな違いだと感じました。

――独立前に壁を感じたことはありましたか?

あまり大きな壁を感じたことはないのですが、日々の施術のなかで「治せない」患者様に出合うことは悔しかったです。新人時代は、毎月数名はそういった方がいました。

とくに勤務時代に担当した、どうしても治せなかった患者様のことは今でも忘れられません。その方は坐骨神経痛で週2回の頻度で何度も通ってくださっていて。当時1回の施術の金額は6,500円と、決して安くはない金額をいただいていました。

でもなかなか治すことができず、3ケ月ほど経ったときに「手術をすることになった」と言われたんです。しかもその際にその方は「一生懸命やってくれたから」と、5,000円のお礼を手渡してくださいました。そのときはここまで思ってくださっている患者様に対して、結果が出せない自分が悔しくて涙が出ましたね。

当時は勤めの立場だったので、学びに投資する時間やお金にも限りがありました。今ある手札のなかでどうにかしなければいけない、そのもどかしさは強かったです。

――そこからどのように乗り越えていったのでしょうか?

学びを重ね、経験を積んでいくうちに、できることの幅が少しずつ広がっていきました。技術は今でも、常にアップデートし続けています。

その一方で、すべての症状を治せるわけではないという現実も受け止めるようになりました。患者様に誠実であるためにも、できること、できないことを見極め、正直に伝える。その判断ができるようになったことも、大きな成長だったと感じています。


後編では独立後の荻野さんが直面した壁と、院づくりの考え方について伺います。開業当初は集客への投資に成功し、順調に店舗を展開。しかしその裏で、スタッフとの関係構築に悩み、離職が続くという苦しい時期も経験しました。

3店舗まで広げた整骨院を最終的には1店舗へと縮小。その経験を経て、いまは「広げる」よりも「育てる」こと、そして地域に根差すことを軸に経営に向き合っています。


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大船エール整骨院
住所神奈川県鎌倉市岩瀬1-5-6
TEL:046-795-2338

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