都内でのキャリアが無駄にならない地方サロンを目指す【Maison Avallo 代表 上原芳明さん】#2
都内の有名店で活躍した後、地元の長野県佐久市で開業した上原芳明さん。若者が少ない地方で10〜20代向けに打ち出すことをリスクと考え、ターゲット層を「大人女性」に限定。高価格サロンとして無二のブランドを築くことに成功しました。
後編では、地方と都内との個人売上の差、地方における求人の難しさ、キャリアダウンにならない地方サロンのあり方についてお話しいただきました。
教えてくれたのは
「Maison Avallo」代表 上原芳明さん
長野県佐久市出身。専門学校在籍中にロンドンへ留学。卒業後はACQUAに入社し、青山店・原宿店に勤務。その後、先輩が立ち上げた青山のサロンに移り、店長を経験。2009年に長野県に戻り、美容師仲間と現在の奥様と3人で松本市にサロンを開業。2011年、佐久市に「Maison Avallo」の前身となるサロンを構え、2016年に移転拡張し、リニューアル。
2〜3年目のスタイリストであれば、個人売上は都内も地方も大差はない
――個人売上は都内と地方とで差はありますか?
何人ものアシスタントがいるサロンであれば、必然的に個人売上はつくりやすいですよね。同時に5〜6人のお客様をこなすことができるから。しかし、そういうモンスター的な稼ぎ方ができる人は都内でもごく一部。実際は、都内でも売上50万前後の方が多いんじゃないかな。マンパワー的にもせいぜい100万円が限界。
アシスタントを入れずに自力でやらなければならないデビュー2〜3年目のスタイリストであれば都内も地方もそこまで差はないと思います。客数が少ないという点では地方が不利だけど、高価格で打ち出せればカバーできる。都内はお客様の数が多い反面、美容師の数も多いので、一人頭で考えるとそこまで変わらないんじゃないかなと。
固定費や生活費は地方の方が断然安いので、同じ手取りでも地方の方が豊かさはありますよね。結婚、子育て、老後と、年齢を重ねるほどプライベートに比重が傾くので、売上が同じ場合では地方の方が有利なんじゃないかなと。
――マンツーマン接客の場合は地方も都内も売上に差はないと。ちなみに、地方ではマンツーマンスタイルが主流なんでしょうか?
表参道や原宿、銀座などのエリアでは「カット以外はアシスタントが入る」というスタイルに慣れているお客様が多いですが、地方でも当たり前のように同じことをすると「何で担当スタイリストがやってくれないの?」と違和感を持たれ、失客に繋がる可能性があります。
地方の場合、他のスタッフに任せるスタイルを取るには、より丁寧な説明をしたり、信頼関係をつくっておく必要があるかなと。
――スタッフ教育で大事にしていることは何ですか?
教える側である僕が成長することですよね。これは地方に限った話ではなく、今の時代的に「スタッフに求める」というスタンスだと厳しいのかなと。
それで言うと、スタッフの退社は全てオーナーに責任があるんです。例外なく。「実家を継ぐので~」とかみんな色々な理由を言ってきますが、全て本心だと思わない方が良い。絶対にオーナーに不満があって辞めているんですよ。スタッフは僕らに気を遣って本心を言わなかっただけです。例えると、大谷翔平選手が実家を継ぐためにメジャーリーガーを辞めると思いますか? 絶対に辞めないですよね。退社の原因をスタッフのせいにせず、自分に矢印を向けることが大切です。
「お給料がほしい」「休みがほしい」と人それぞれ違うけど、スタッフが求めるものを提供できるよう努力していないと永遠にスタッフがやめ続けます。「辞めたあいつが悪い」と逃げたくなる気持ちはわかりますが、僕がそれで何回も失敗してきたので。
――今、美容業界は求人が難しいようですね。
地方はめちゃめちゃ大変ですよ。
長野県には長野市と松本市にしか美容学校がなく、そこから毎年何人が卒業し、そのうち何人が地方に留まり、そして長野県内には何店舗の美容室があるか。換算すると一店舗あたり入社する新卒の数は0.0何人ですよ。とてもじゃないけど、サロンは選ぶ立場にありません。学生さんに選ばれる立場です。だから、とりあえず入社していただき、そこから育てるという形になるわけですが、そういう意味でも「オーナー自身が変わらなければ難しい」ということがいかに大切かわかると思います。
――地方の現状を知らず、上から目線で学生さんを選考してしまうサロンは厳しいということですね。
僕がACQUAにいた頃は「お給料はいらないので、ここで働かせてください」というのが当たり前、求人なんてかけなくても毎日応募がくるという時代でした。が、今は違います。自分のときと比較したら絶対にダメなんです。ここが、都内で長年経験してきた美容師さんにとっての落とし穴ですね。
サロンが元気がなくなるのはお客様の数が減ったときじゃない。スタッフの数が減ったときです。求人、教育、その次に集客なんです。誤解を恐れずに言うと、まずは従業員さんのことを第一に考えないと。
「都内経験を活かせるサロンが見つからない」のが地方の課題
――「Maison Avallo」は都内経験のあるスタッフさんが多いようですが、何か意図があるのでしょうか?
うちのあるスタッフは、都内の人気店で働いていましたが、地元の長野に戻ってきたんですね。でも、都内で磨いた経験を活かせるサロンを探したけど見つからなかったと言っていました。
せっかく都内で修行を積み、苦労もたくさんして、いざ故郷に帰ったときに、それまで築き上げた美容師のステータスが下がってしまう。価格も低く、店の内装にもこだわりがない、仕事のスタンスにもズレがある。それが地方の課題なんです。僕は、都内帰りの美容師さんが「ここで働きたい」と思えるようなサロンをこの地でつくりたいと思いました。
高価格サロンでやっていくということは、その分求められる技術レベルも上がるということ。そこに魅力を感じてくれているスタッフが結果として今残っているんです。
――都内でバリバリ働いてきた美容師さんの受け皿が地方には少なく、地方に帰る=キャリアダウンになってしまうという状況なんですね。
きっとお客様だって都内と変わらない技術やお洒落なサロンを求めているだろうし、ニーズは必ずあると思います。だから、都内帰りの美容師さんたちが存分に活躍できる箱を用意してあげたいなと思うんですよね。
――新人さんにとってもチャンスの多い環境が増えてほしいですね。
予備資金をどのくらい持っているか、ですよね。余裕のないサロンの場合は、新人の成長より失客のリスクを取り、貴重なフリー客には店長自らが入るところが多いと思います。それは仕方ないことですが、新人を打席に立たせなきゃ失敗もできないし、失敗をしなければ成長もできません。地方だとモデハンも難しいので、実践でしか積めない経験もあります。
例え新人が失敗したとしても、その分お店がフリーを呼べば良いだけのこと。悪い口コミを書かれたとしても、他のスタイリストが日頃良い口コミをもらっていれば相殺できますよね。
うちの場合は、僕も妻も新規のお客様には入らず、他のスタイリストに振っています。スタイリストたちも育ってくれて、稼ぎ頭が増えました。おかげで、新人が失敗できる環境が整ってきたし、こちらも失敗させる覚悟を持っています。
――最後に、上原さんにとって地方で働くメリットとは?
都内では利益率は約10%前後と言われていますが、地方は固定費の負担が少ない分、たくさんチャンスがあると思います。家賃30万円のテナントを20年間借りた場合、そのテナント料で地方だと土地と店舗を買えちゃいますからね。箱を持てば、自分が引退したときに、希望があればスタッフに店舗を貸すこともできるので、家賃収入も見込めます。
あと、地方はサロン数が少ないため、競合の動向がすぐに入ってくるんですよ。都内よりもきめ細やかに市場を把握できるので、対応がしやすい。
競合が少ないということは、広告費も安いということ。大手クーポンサイトを例にすると、競合店が多いほど上位に掲載するために広告費も上がります。地方は1〜2スクロール分の店しかないので、その分安いんです。
情報は都内でも地方でも同じタイミングで入手できますが、現象が起こるのは都内が先。だから、対策を打つ猶予があるというのも地方のメリットですよね。
「きれいになりたい」という気持ちは都内のお客様も地方のお客様も変わりません。だから、スタイリストがやるべきことも変わりません。「都内じゃないとできないこと」が昔よりも減ってきてる、むしろ「地方でしかできないこと」にメリットを感じる人が増えているのかなと。だから、地方で働くのは多いにアリだと思いますよ。
キャリアダウンを防ぐために、地方サロンの運営に必要なこととは?
1.技術・知識の高さを「高価格」として打ち出す
2.スタッフが求めるものを提供する努力を怠らない
3.新人が場数を踏めるだけの集客力をつけておく
取材・文/佐藤咲稀(レ・キャトル)