医師志望から美容師志望に!「髪で人を元気づけたい」「siikaNIKAI」伊達春香さん
2016年に、青山、原宿、代官山と、都内にある別々のトップサロンで10年以上の経験を積んだ3人が集まり、オープンした「siika」。その2号店「SiikaNIKAI」は、ファッション誌やヘアカタログにもよく掲載され、高い技術とセンスが人気を集めています。同店で活躍中なのが、スタイリストの伊達春香さんです。
伊達さんは元々、医師になりたいという夢を抱いていましたが、とある理由でその夢を諦めます。勢いに任せて髪を染めたとき、「医師と同じく美容師の仕事は、人を元気づける仕事」だと気づき、美容師を志望するようになりました。専門学校時代には、アルバイト代を全額つぎ込んで臨んだ全国規模のコンテストで優勝を果たしたといいます。
今回、お話を伺ったのは…
「siikaNIKAI」スタイリスト
伊達春香さん
美容専門学校を卒業後の2019年に、「SiikaNIKAI」に入社。アシスタントリーダーを経て、2024年6月にスタイリストデビューを果たす。イベントや大切なシーンなどに寄り添ったヘアカラー提案を得意とする。
医師志望から、美容師志望に!
――伊達さんが美容師を目指したきっかけを教えてください。
元々は医者になるのが夢だったのですが、それをあきらめたのがきっかけです。子どものころから体が弱く、病院のお世話になることが多かったことから医師を目指すようになりました。
中学受験をして私立の学校に通うほど真剣に目指していたのですが、あるとき、主治医の先生に「春香ちゃんは体が弱いから、お医者さんになるのは無理だよ」と言われたんです。今考えるとうのみにしなくてもよかったと思うのですが、そのときはそれを真に受けて、医師になることを諦めることにしました。
――そうだったのですね。
正直、長年の夢を失って、すごく失望していましたね。ところが、がっかりした勢いのまま美容室に行って、気分転換に人生で初めて髪を茶色に染めてみたら、なぜか一気に気持ちが晴れやかになったんです。そのときに「医者は医療で人を元気にするけれど、美容師は、髪をきれいにして人を元気にする。やっていることは違うけれど、『人を元気にする仕事』というのは同じだ!」と気づいたんです。
そのときに、医者ではなくて、美容師になろうと決めました。学校の先生からはちょっと怒られましたが、あのとき、髪を染めてよかったなと思います(笑)。
――その後、どのような進路を歩まれたのですか?
高校から公立の学校に通い、専門学校に通い始めました。両親も「やりたいことをやればいいんじゃない」と応援してくれたので、とてもありがたかったですね。
――専門学校はどのように選びましたか?
2つの専門学校で迷ったのですが、自由な雰囲気が強い専門学校を選びました。ただ、周りの生徒たちはみな、一生懸命勉強をする人ばかりでこの学校を選んでよかったなと感じています。
――専門学校時代、印象的だった出来事はありますか?
全国規模で行われるコンテストで最優秀賞をいただいたことが印象に残っています。提示されたテーマを自分なりにアレンジして、服装を含めてトータルコーディネートをするというコンテストだったのですが、それが本当に楽しかったですね。
私はカールをテーマに選んだのですが、そもそもカールをどうやって作るかすら知らないところからのスタートでした。何度も先生に「これってどうやって作るんですか?」と質問をして試行錯誤を重ねたり、必死にためたアルバイトの給料を衣装代につぎ込んだりした思い出があります。加えて、過去の受賞作品を何年分も見て、傾向と対策を考えて受賞を目指しましたね。
土日に自主練を重ねて苦手を克服
――「siika」とはどのように出会ったのですか?
Instagramがきっかけで知りました。Instagramで可愛い髪型を保存していたのですが、そのなかにたまたま「siika」のスタイルがあったのがきっかけです。
就職活動のときに「就職先にいいサロンはないかな」と思い、Instagramの保存欄を見ていたところ、数年前に保存していた「siika」の投稿を見つけて、採用試験を受けることにしました。
――入社後はどんなカリキュラムを受けましたか。
シャンプーから始まり、カラーやブリーチ、パーマやカットなどを勉強しました。技術を並行に学ぶのではなく、1つずつクリアしていく方式だったので、じっくり教えてもらうことができました。
通常は3年半でデビューできるカリキュラムですが、私は4年かかりましたね。
――そうだったのですね!どんなところで壁にぶつかりましたか?
ブリーチとカットですね。なかなかカリキュラムが終わらず、少しだけ心が折れそうな瞬間もありました。ブリーチはリタッチが難しく、白飛びさせてしまったり、色が塗り切れていないところがあり、ムラができてしまうなどとても苦戦しました。
――ブリーチはどんな風に壁を乗り越えましたか?
先輩から「ブリーチはとにかく数をこなすことが重要」とアドバイスをもらいました。そのため週に2回のレッスン日にプラスして、特別に土曜日や日曜日に先輩に見てもらって練習を重ねました。当時はアシスタントの人数も少なく、私が早くブリーチをできるようにならなければいけない状態だったため、先輩も熱心に指導してくださいました。
100人のカットを経験し、苦手なショートカットの技術を磨く
――カットはいかがでしたか?
一番苦戦したのはショートカットとメンズカットです。ショートカットやメンズカットはとくに髪質が影響してくるスタイルのため、硬めの髪質の方のカットを難しく感じました。専門学校で習った方法だと、髪質的に合わない場合がありよく失敗をしていました。
ウイッグの練習はうまくいっても、モデルさんだとうまくカットできないということも、よくありましたね。
――その点はどのように克服しましたか?
先輩にたくさん質問をすることで克服しました。「髪が硬い人の襟足はどのような感じで作るのがいいのか」、「ツンツンしてしまう部分をどのようにケアするべきか」など、何度も質問をさせてもらいました。
いただいたアドバイスを踏まえて練習を重ね、時間を掛けて克服しましたね。習得するまでには100人以上のモデルさんの髪を切ったと思います。
――100人以上!モデルハントは大変ではなかったですか?
大変でしたが、逆にメンタルはとても鍛えられましたね(笑)。私の経験上、路上でお声がけをする方がすぐにお返事をいただける確率が高かったので、SNSなどはあまり使わず、直接お声がけするようにしていました。
繰り返しているうちに気づいたのは、ひとりではなくふたりでモデルハントした方がよいということ。断られると落ち込んでしまいますので、ふたりでメンタルをケアし合いながらがんばるのが効果的だったように思います。
――そのほか、新人時代に技術面で失敗してしまったことはありますか?
カラーの施術に入りたてのころ、フォーミングが足りない状態で施術を始めてしまい、色が均一に入らず、カラーを塗り直した経験があります。フォーミング不足という理由がわかったので、その後はかなり気をつけて泡立てをするようになりました。
――下積み時代、心が折れそうなタイミングはありましたか?
珍しいかもしれませんが、実は私、そんなに「すぐデビューしたい!」とは思っていなかったんです。
ゆっくりじっくり練習をして、実力を蓄えてからデビューしたいと思っていたので、「下積みが長すぎて心が折れそう」と思ったことはあまりなかったように思います。あまり自信がなかったのでじっくりやりたいという気持ちが強かったです。
周りから見ているとわからないようなのですが、私はとても心配症。「じっくり技術を教えてもらえるサロンに入れてよかったな」と思ってます。
伊達さんの新人時代を充実させた3つのポイント
1.自主練習で試行錯誤を繰り返した
2.技術を研鑽するため、練習量をこなした
3.自分にあったサロンで、じっくり技術を習得した
後編では、伊達さんが新人時代にぶつかった壁について伺います。施術にどうしても自信が持てなかったという伊達さん。デビュー後も心配は続いていましたが、小さな成功体験を積み重ねたり、お客様がリピートしてくださる姿を見て、徐々に自信を感じられるようになってきたそう。後編もお楽しみに!