美容を楽しめる美容師を育てたい 独立を目指すあなたへ vol.3【UMiTOS 砂原由弥(ちょきみ)さん】#1
「いつかはお店を持ちたい」と思って、美容業界を目指した人も多いはず。実際に自分でお店を持った先輩たちの経験談が、今後の参考になるかもしれません。今回ご登場いただくのは、ヘア&メイクアップアーティストとしても長年第一線で活躍を続ける『UMiTOS』代表の砂原 由弥さん。前編では、他業界からも注目を集める『UMiTOS』の教育について。一般的なサロン作りからは一線を画す教育システムと、それに至った砂原さんの想いをお伺いします。
妊娠&出産後、ゼロからのスタート
——独立がテーマの企画ですが、砂原さんが独立したきっかけは?
きっかけは出産でした。時代性なんですけど、出産したら退職となり、当時は妊娠したら退職になるのが普通でしたから。毎月の売り上げは400万~500万、ヘアメイクのギャラは別途150万くらい、お店に入れてきていたのを、そのまま置いてきて、角も立たずのなかで。0からのスタートになるけど、次のお店は絶対に大丈夫だなと思いました。
——それでオープンしたのが『海と砂原美容室』ですね。
昔から母が、南房総で美容室をやっていたんですが、そこを立て直してスタートしました。私は産後の子を見つつ都内へヘアメイクに出て、南房総のフロアには立たず、ヘアメイクで美容師でもある夫と母と他のスタッフさんがフロアに立つかたちで。ファッションの第一線でやっている夫のセンスと、超ド田舎の港町のブルージーな場所の合体が『海と砂原美容室』。すごくかわいいお店と組織に仕上がりました!
——由弥さんはサロンワークはされなかったんですね。
当時はヘアメイクの仕事をメインにしていました。産後すぐも、大河ドラマの仕事で呼ばれていたりして。赤ちゃんをシッターさんに預けて、20kgぐらいのメイク道具を持って、東京と南房総を往復してましたね。NHKの『篤姫』を担当していたのもあって忙しくて、できるだけ間をあけずに働いていました。『UMiTOS』を出すことも計画していたので、千葉で顧客を持ったら、そのあと動けなくなるから、新規の方は受けず、たくさんの芸能人の仕込みをやっていました。
——産後すぐにフリーで動かれるのは大変そうですが…。
全然! それまでかなりハードに働いていたこともあって、休んでいるのが暇に感じてしまって(笑)。出産前後の4カ月で、資格をとったぐらいでしたから。フリーで働いて気づいたのは、会社からのお給料よりもお金が入ってくること。さらに自由に動けるということ。でも、それよりも「美容師を育てる」という役目を果たしたいと思ったんです。
「育てたい」という気持ちで始めた『UMiTOS』
——2011年に2店舗目となる『UMiTOS』をオープンされましたね。
『UMiTOS』を作ったのは、「下の子を育てたい」という気持ちがあったからです。長年、青山にあるサロンで働いてきて、辞めていく子たちをたくさん見てきました。家賃の高い青山で、セット面を使えるスペースは限られているから、販売力がないと辞めざるを得なくなるんですよね。センスがあるけど、クビになっていく人もいる。すごくもったいないなぁって。じゃあ、センスを獲得してから、販売するまでの力のないところは、私の売り上げで埋めてあげられたらいいなと思ったんです。以前、店長をしていたときは、お金を生み出せない子をどういうふうに生かしていくか…っていうのができなかったから。それは、それぞれのオーナーの方向性によりますからね。
——店長では、決められないところですね。
ふつうなら、オーナーはまず売り上げを上げることしか言わないでしょ? そしたら店長も、そうするしかない。でも私は、自分が会社を持つならそういうことではなく、豊かなことを探していきたいなと思っていたので。売り上げはもちろん大事としても、さらに豊かに美容と関わっていきたいと思いました。
——「豊かなこと」とは?
スタッフには、お金を稼ぐ大切さプラス、美容を楽しんで欲しい。私のためじゃなく、お店のためでもなく、個々が美容を楽しむこと。その、一生持っていく気持ちを、身につけてあげたくて。美容を楽しむ気持ちとスタンダード以上の技術を持つ子を、英才教育で育てたいんです。そのために、体育会系じゃなくフラットで、保険や年金の完備も確実で、福利厚生のサービスが充実していて…、そのうえで、その子に合わせた教育を作っていくシステムを考えました。
「豊かさ」を育てるためのインテリジェンスな教育
——『UMiTOS』はユニークな教育が有名ですが、例えばどんなことをしていますか?
よく注目していただくのは「食育」ですね。サロン内に業務用キッチンを併設して、シェフを呼んで「まかない」を出すというのを続けていました。8年くらいずっと、昼食に取り入れていたんですが、当たり前になってくるとよくないので、最近はディナーや朝食など、変化をつけて取り組んでいます。あとは、文部科学大臣賞をとられた画家の方にデッサンを教わったり、伊勢丹でプロの接遇を学んだり。自分を見つめるために、山で自然に触れるアートな機会を作ったり…。
——いろいろされていますね。これらの教育には、どんな意味があるんでしょうか?
うちでは、まずデザインセンスをつけながら、技術とデザインを作るための粘り強さだったり、メンタリティなところを鍛えたうえで、最終的に販売に力を入れていく、という流れで教育しています。先ほどお伝えしたのは、主にセンスを育てるための教育。販売面を置いておけば、美容師は創作する仕事です。芸術家としてセンスを磨くのにも街だけでは限界がある。美術館やショッピングなんか、30歳にもなれば大したことじゃないでしょ。食育で日常よりおいしいご飯を食べたり、こういう食べ合わせがあるんだとか、そういう体で感じることって、センスを磨くためのインプットとして、すごくいいと思っているんです。インプットをたくさんすることで、アウトプットが効率よくできるようになる。だから、いろいろなことをさせてあげたいんです。
——すごく恵まれた環境だと思います。
お金はかかりますけどね(笑)。ビジネスとして考えたら、甘いと思います。そんなのはわかったうえで、一生涯の有能な美容師を育てるための英才教育には、必要なことだと思っています。心理学や脳科学も学んで取り入れているんですが、たとえばIQが低い子に算数をさせても苦手だけど、ピアノや習字やスポーツをさせたら、何かはひっかかる。でも、いろいろさせるには、お金がかかるでしょ? でも、「これだけやれ、できなかったらおしまい」にしたくないから、お金をかけてでも機会を作ってあげられるようにしています。(笑)
——心理学や脳科学など、すごく勉強されてるんですね。
いろいろ言ってますけど、ふだんは普通のフランクなオーナーですよ(笑)。でも、できるだけインテリジェンスにしていった方が、今の子たちにはフィットするのかな、というのは感じます。心理学やなど理屈を踏まえて伝えていくと、「オーナーの気持ち」じゃなくて「学問としてそうなんだ」って思ってもらえるので、まだ自分メインで考えがちな若い子たちには納得がいくみたいですね。まぁ、そういう、自分の物差しではかってしまうようなインプットのし方も、教育のなかで正していきたいとも思っているんですけど。例えば、なんとなくしてしまったことに対して、いかに考えていないかっていうことを提示する。若い子は大体怒っちゃうんですけど、そこで怒ってしまう子供っぽさについて問いかけて、その幼さを解いていくんです。それで気づける子は、豊かな子に育ってくれる。その成果が、この7・8年で出てきているなと感じています。
——そういったオーナーの姿勢が、離職率の低さにもつながるんでしょうか。
ある程度からは、その子がもともと持っている豊さっていうのも必要だと思いますけどね。タラレバばかり言わないとか、周りばかり否定するとか…、そういう子はやっぱり続かないですし。会社の体制は非の打ち所がないようにやっているので、本人が突き詰められるかが重要になってくるから、そういう点では余計苦しい環境かもしれません。ココにはない成長しない先輩の下で「こんなサロン、いやだ!」って言ってる方が、もしかしたら楽なのかも。でも、辞めずに育ってくれた子たちがたくさんいて、今でも美容を楽しみながら働いてくれているのは事実だから。これからも、豊かな子たちが社会に飛び出していけるように、サポートしていきたいと思っています。
オーナーとしてしてあげたいこと
出産を機に自分のお店を持つことになった砂原さん。それまでの経験を踏まえ、「美容を楽しめる美容師を育てたい」という気持ちで、さまざまな教育を取り入れながらお店を続けてきました。そんな砂原さんに、オーナーだからこそ、スタッフのためにしてあげられることとは何なのか、教えていただきました。
1.愛と美容で、社会のために何ができるかを一緒に模索する
2.スタッフ個々の才能に向き合って学びの機会を与える
3.一生持ち続けられる「美容が楽しい」という気持ちを育てる
後編では、なぜ砂原さんは、ここまでスタッフのためのサポートを厭わないのか、そのルーツを辿ります。
▽後編はこちら▽
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取材・文:山本二季
撮影:高嶋佳代