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学び・キャリア 2019-09-29

独立を目指すあなたへ vol.3【UMiTOS 砂原由弥(ちょきみ)さん】#2

独立を考える人の道しるべとして、先人の体験談を聞く本企画。前編につづき、他サロンと一線を画す教育が注目されている『UMiTOS』の代表・砂原 由弥よしみさんにインタビュー。前編で伺った、砂原さんの後輩たちを育てたいという献身的な想い。そのルーツを、後編で紐解いていきます。

経験をポジティブに受け止め、開放していく力

千葉県南房総市にある『海と砂原美容室』。会長でもある母・砂原初江さんが経営していた美容室をリニューアル。初江さんは現在でも現役でお店に立つほどパワフルだそう。

——美容師を目指したきっかけは?

母が美容室を経営していたので、その影響が大きいです。母はとてもストイックな人で、今でも着付けの仕事をしているんですが、一人ずつ帯のかたちを変えるんです。何千通り学んできたんだろう、この人は、というくらい着物オタクで。当時3歳くらいの私を柱の前に立たせて、大人の胴回りと同じサイズにして帯の練習をしたり。着付けの人形もあるんですが、生の人間で練習するというストイックさですよね。そういうのを身近で見ていたので、自然と美容師を目指していたんだと思います。

——そのころから経営にも興味があったんですか?

まったく興味はなかったですね。経営者としてというよりも、オタクな技術者としての母を見て育ったんですよね。それもあって、自分も好きなことに突き詰めた美容師になりたいと思っていました。最初に入社したサロンも、当時は群を抜いたエリート美容室だったので、ここなら確かな教育が受けられると思って決めました。日々、忙しくしていた両親を見ていたので、自分を甘やかして欲しいという気持ちよりも、鍛えて欲しい、早くモノにして欲しいという気持ちが強かったですね。そこでは、インテリジェンスを学びました。

——次のサロンも有名店ですよね。

そうですね。当時はまだ1店舗の構えでしたけど、すごくお客様の出入りが多いサロンでした。自分の敷地内に開業していた母のお店を見ていたからか、アットホームで楽しそうな営業の様子が気になっていたんですよね。最初のサロンはモダンでハイセンスな感じでしたけど、ここはキューティな感じでした。ここで学んだのは、販売力の面ですね。24・5歳でスタイリストデビューしましたが、そこから売り上げを出すのも早かったと思います。そうじゃないと、お店にいられないんですよね。1店舗ですからセット面の数も限りがあるし、売り上げがある人で回した方がお店も儲かるわけで。でもまぁ、そういうのは、今になってわかることですけどね。

スタイリストデビューからすぐに、サロンワークとヘアメイクアップアーティストを両立。当時から現在まで、月の売り上げ500万円以上をキープし続けている。

——ヘアメイクとしての活動もこのころからですか?

はい。デビューしてすぐのころ、雑誌に載せていた私のスタイルカタログを見て、芸能関係の方がお店に指名で来てくれるっていうのが頻繁にあって。スタイリスト1年目から、4・5人は芸能人の仕事を抱えていました。芸能のお仕事が今でも多いんですが、その世界ではヘアメイクっていくつになっても一番下なんですよね。腰を低くして、見てるけど見てない、聞いているけど聞いてない。そういう術を身につけないとできないので、常に低姿勢でいるスタンスになりました。でもそれって、サロンで働いているだけだったら、ヘアメイクさん側の目線は身につかなかったなと思います。

——サロンワークとヘアメイクの両立は、なかなか大変そうです。

オファーをいただけたら嬉しいし、断れないですよね。でも、ヘアメイクの仕事を優先して、サロンでの売り上げが上がらなかったら退職となるので、売り上げをキープしつつ、ヘアメイクの仕事でも認められるように、がんばりましたね。1日35人接客して、それを2週間すると4・500万の売り上げになる。それなら会社のなかでもトップレベルの売り上げになるし、いいでしょうと。それで、残りの2週間でヘアメイクの仕事ができるように交渉しました。あとは、自分の技量の問題ですよね。言っちゃった手前、やらないといけないから(笑)。許された日数と休みを使って、ヘアメイクで150万とれるようにやっていました。

——それだけ稼いでいたら、独立してもよさそうですが…。

5・600万売り上げがあると、1年で7000万くらいになりますからね。大きい組織に入れば入るほど、自分の手元にくる金額の比率は少なくなります。ふつうは、「このまま辞めれば儲かる」と思うでしょうけど、私は「このままやっていけば、会社にお金を贈呈できて、喜ばせてあげられる」と思っていました。実際、売り上げが上がってから10年くらい、前のお店にいましたし、産後も戻るつもりでしたしね。家が美容室をしていたからか、みんなで幸せになることや人にお金をあげるのを、損に思わないんですよね。

——自営業だと、お金にシビアになるイメージでした。

カット代の対価以上に、お客様に尽くしている母を見てきましたから、美容業ってそういうものだっていう感覚があって。例えば、当時3,000円くらいのカット代で、母はお客様にお寿司をおごったりするんですよ。学校から帰ってランドセルを店先に放り出して、そのお寿司をお客さんと一緒に食べて…。そういうのが、なんか良かったんでしょうね。「それはビジネスじゃない」と言われたら、そうなんですけど、ビジネスじゃない良さを知っている。そして、長年青山でサロンを続けている人って、そういう良さがわかっている人が多いんじゃないかなと思います。

豊かに育ててもらった、だから豊かに育てたい

新人をのぞく全スタッフが、何かしらの功績を持っているという『UMiTOS』。豊かさを求めた教育が、確実に結果をもたらしている。

——その生活を続けるのは、かなりハードですよね。嫌になることはなかったんですか?

なんででしょうね。私の先祖って出雲大社の神主で、だからかわからないけれど、陰がすごく嫌いなんです。楽しくやることやって、明るくしていたんですよね。そうすると、結果にもなりやすいと感じていて。途中で「こんな窮屈いやだ」とか「なんでこんなに虐げられているんだ」とか言って辞めたり、お金の欲が出たりして若いうちに独立していたら、良いお店は建てられたかもしれないけど、今頃うまくいってなかったんじゃないかな。「貢献したい」という気持ちも、今ほど持てていなかったと思います。「貢献する力」っていうのは、絶対に良いエネルギーになると思うんです。隠れた「陰」を、日に当たる「陽」にしたい。それはつまり、日が当たっていない才能を、世の中に広めてあげたいっていうこと。たまにやりすぎて、「大きなお世話だ」って言われちゃうこともあるんですけど(笑)。これまで豊かに育ててもらったのでね。私も、豊かに育てたいんです。関わった芸能の方も全員有名になっています。 

——それが積み重なって、今があるんですね。

そうですね。ビジネスとしてはダメかもしれないけど、実際に今残ってくれている子たちが、愛に満ちていてパートナーシップがあって、美容師としてもトロフィーをとるくらい優秀なので。間違っていなかったって、証明できている気がします。

——お店がうまくいった理由は、なぜだと思いますか?

フライングしなかったからですかね。お店を作るって決めたときから、全部見通しが立っていたんですけど、それってフライングせず経験を積んだから、視野が広く見えたんだと思うんです。そういう意味でも、開業にあたっての苦労話や、お店を軌道にのせるために大変だったこともありません。それは、月500万の売り上げを10年続ける力を養えたから。一般的に独立を考えがちな28~33歳の時期って、心理学的に見ても、イキって知ったかぶりになる時期なんですが、そこで独立すると、小さく納まるっていうのが、学問として言われているんです。それをうちのスタッフには伝えているので、その時期に変にダメにならない。それが離職率の低さにもつながっていると思います。

独立を目指すあなたへ

「家賃の高い場所でブランディングする独立をするなら、1カ月500万の売り上げを、5年は持続する力をつけたほうがいい。フライングせず、そこまで頑張れたら、力を蓄えたうえでオープンできます。何があっても自分の責任になってしまうオーナー業において、販売とブランディングを手にしてから独立することは、悩まないためにも必要なこと。脳科学的にも28~56歳は、誰かの下で力を蓄えながら模範演技をする時期。そうやって蓄えた豊かな美容の力は、あなたのなかに力強く残るはずです。」(UMiTOS 代表 砂原由弥(ちょきみ)さん)

▽前編はこちら▽
独立を目指すあなたへ vol.3【UMiTOS 砂原由弥(ちょきみ)さん】#1>>

取材・文:山本二季
撮影:高嶋佳代

Salon Data

UMiTOS(ウミトス)

住所:東京都渋谷区神宮前5-2-10アイリスビル2F
TEL:03-6418-8305
URL:https://umitos.com/

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