精神保健福祉士の倫理綱領とは? 目的や倫理原則を紹介
精神保健福祉士は、メンタルヘルスソーシャルワーカー(MHSW)とも呼ばれています。精神保健福祉士として業務をおこなううえで重要なのは、対象者の尊厳を守り、個人の価値を尊重する倫理観を持つこと。
それを具体的に明記したものが、精神保健福祉士の倫理綱領です。今回は、精神保健福祉士の倫理綱領について、制定された目的や概要を含めてご紹介します。
『精神保健福祉士の倫理綱領』とは?
医療と倫理は切り離すことはできません。それぞれの医療専門職に対して、どのようにクライエントの尊厳を守り、関わるべきなのかということを記した「倫理綱領」が存在します。クライエントや家族と地域社会の架け橋となる精神保健福祉士も同様です。専門職としての独自の倫理綱領があり、クライエントにとって最善の社会福祉支援をおこなう、専門職者としてあるべき姿を記しています。
「倫理綱領」と聞くと、むずかしく感じる方も多いでしょう。はじめに、倫理綱領が制定された経緯を含めた概要を解説します。
日本精神医学ソーシャル・ワーカー協会が1988年に制定
1948年に日本で最初に精神保健福祉士が「社会事業婦」として導入され、当時は看護師がその役割を担っていたといわれています。1960年代ごろより、全国の精神科病院での精神保健福祉士が雇用されはじめ、これをきっかけに1964年、日本精神医学ソーシャル・ワーカー協会が設立されました。
協会の設立により、精神保健福祉士が医療チームの一員として認識されるようになります。しかし、当時はまだ精神疾患をもつ人の権利が重視されておらず、1970年代に精神保健福祉士によるクライエントの人権を侵害する事件が発生。これは、被害者の両親から依頼を受けた精神保健福祉士が、両親からの情報をもとに、医師の診断や本人の同意なく無診断強制入院がおこなわれたという問題です。のちに「Y問題」と呼ばれます。
これを契機に精神障害を持つ人の権利擁護と、精神保健福祉士の専門性と倫理性のあり方について見直され、1988年に最初の日本精神医学ソーシャル・ワーカー協会の倫理綱領が制定されました。
その後、1999年に日本精神保健福祉協会に名称が変更され、翌年の2004年には社団法人日本精神保健福祉協会設立採択。2013年には、精神障がい者の生活と権利の擁護を含む事業目的を掲げた、公益社団法人日本精神保健福祉協会へと移行されました。現在は「精神保健福祉士の倫理綱領」という名称で、倫理原則や基準について規定されています。
『ソーシャルワーカーの倫理綱領』もチェックしておこう
精神保健福祉士の倫理綱領とは別に、「ソーシャルワーカーの倫理綱領」も存在します。ソーシャルワーカーとは、なんらかの問題により社会生活を送ることが困難と感じている人とその家族を対象に、問題解決に向けて社会福祉支援をする専門職種者の総称です。精神保健福祉士は、その専門職種のひとつになります。
この倫理綱領は、1995年に日本社会福祉会によって採択され、その後日本医療福祉協会、日本精神保健福祉協会、日本ソーシャルワーカー協会の団体により承認されました。ソーシャルワーカーの倫理綱領が正式に承認されたことにより、ソーシャルワークをおこなう職種の専門性がよりいっそう重要視されはじめました。
この倫理綱領の前文には、社会正義と人権の尊重を基本とするソーシャルワークの定義と、人々の福利を増進することが専門職としてのソーシャルワーカーであることが明記されています。ソーシャルワーカー対象者の人としての尊厳を守り、平等な社会を目指す社会正義と社会貢献、倫理綱領に対する誠実な姿勢を持つことが、ソーシャルワーカーとしての根幹であると記されています。
『精神保健福祉士の倫理綱領』の目的・原則とは?
ここまで精神保健福祉士の倫理綱領が制定された概要についてご紹介しました。次に倫理綱領はなにを目的として存在するのか、そして倫理綱領の原則にはどのようなことが記されているのかを具体的に解説していきます。
前文|精神保健福祉士の責務
倫理綱領の前文では、専門職としてあるべき姿について述べられており、下記が全文の要約になります。
・クライエントを個人として尊重し、社会のなかで共存できるよう人と環境の関係性に視点を向けること
・社会福祉学を基盤として、精神保健福祉士としての価値・理論・実践をもって精神保健福祉の質の向上に努めること
・倫理綱領に基づいて、クライエントの社会復帰と権利擁護のために、専門的・社会活動支援の質を高めながら責務をおこなうこと
目的|6つの目的の実現を目指す
倫理綱領は、次の6つの目的の実現を目指すものです。つまり倫理綱領には、これらを実現させるために必要な専門職としての意識や責務について記されています。
・精神保健福祉士の専門職としての価値を示す
・専門職としての価値にもとづき実践する
・クライエントおよび社会からの信頼を得る
・精神保健福祉士としての価値、倫理原則、倫理基準を遵守する
・ほかの専門職やすべてのソーシャルワーカーと連携する
・すべての人が個人として尊重され、ともに生きる社会の実現をめざす
倫理原則
次に、倫理原則について説明していきます。堅苦しく聞こえる言葉ですが、これはつねに考えておかなくてはいけない、業務上の守るべきルールです。
1. クライエントに対する責務|基本的人権を尊重し権利を擁護する
クライエントに対する責務は、以下の5つにわけて記されています。
・クライエントへの関わり
・自己決定の尊重
・プライバシーの秘密保持
・クライエントの批評に対する責務
・一般責務
ここでの最も重要な点は、クライエントに対して、その人の年齢や社会的地位などからその人を評価することではありません。その人個人の価値やプライバシーを尊重し、クライエントの権利を擁護することが基盤にあるべきということです。
2. 専門職としての責務|理論と実践の向上に努める
精神保健福祉士は国家資格を有する専門職者です。専門職の責務として、以下の5つについて記されています。
・専門性の向上
・専門職自律の責務
・地位利用の禁止
・批判に関する責務
・連携の責務同僚や他職種
他機関を尊重し、協働しながら、クライエントの利益を最優先させること、知識や実践の向上に努め専門性を高める努力を怠らないということが重要な責務なのです。
3. 機関に対する責務
一方的に所属機関からの指示を待つだけでなく、所属している機関に対する責務について記されています。精神保健福祉士を雇用している機関は、クライエントの社会復帰に向けた理念や目標を遂行できるように努めなければなりません。
また、その機関の業務が円滑にすすむようにはたらきかけることも、精神保健福祉士としての責務としています。
4. 社会に対する責務
多様な価値観を持つ人と関わりながら業務をおこないます。福祉と平和を念頭に、それぞれの価値観を尊重して、社会的・政治的・文化的な活動をとおして社会に貢献する重要性について記されています。
倫理基準
前項でお伝えしたとおり、倫理原則とは業務上の守るべきルールのことです。それに対して倫理基準は、そのルールを守るための業務や到達条件になり、倫理原則の項目ごとの内容をこまかく実践的に記しています。
1. クライエントに対する責務|信頼できる情報を与え、決定できるよう援助する
最善の支援をおこなうためには、クライエントや家族との信頼関係を築き、クライエントに適切な情報提供し、自己決定を尊重することが大切です。自己決定がむずかしい場合には、クライエントの利益を最優先に考え、最良の方法を選択することが求められます。
また、クライエントとその周囲の関係者に関わるすべての情報は、同意なしで第三者に提供してはいけません。提供されることがないよう、職務を離れたあとも守秘義務が適応されます。そしてクライエントからの希望があれば、本人に情報を開示しなければなりません。
そのほかに、専門職という立場から、クライエントとその関係者に対しての精神的・身体的・性的虐待、公的報酬以外の個人的金品の要求はしてはいけないという、一般的な行動基準も記されています。
2. 専門職としての責務|継続的な研修や教育への参加
質の高い支援をおこなうためには、新しい医療や社会制度の知識をつねに取り入れつづけなければなりません。協会や機関が開催する研修への参加や調査研究の実施により、継続的な自己学習と専門職としての自律性を高めることが求められます。
日々の経験や学習で得た知識や実践について、同僚や学生に適切に指導したり、他職種と協働しお互いの専門性を高めあったりすることで、よりよい援助を提供できます。これらの自己研鑽と周囲との協働は、専門職としてかかせない責務であることが述べられています。
3. 機関に対する責務
医療機関や福祉施設、教育現場などに所属して業務をおこなうことが多く、所属機関も所属する専門職者も、クライエントの利益を最優先に考えた目標をもつことが大切です。支援方法や内容に改善点がある場合には、必要に応じて所属機関に提言する必要も。
また、精神保健福祉士と所属機関が、ともに質の高い支援を目指せる環境づくりが求められています。
4. 社会に対する責務
クライエントと社会をつなぐ重要な役割を担います。その社会がクライエントや周囲の人にとって住みやすい環境となるように、平和と社会福祉の改善・向上にあらゆる面から貢献していくことが大切です。
倫理綱領は精神保健福祉士のあり方について示したもの
精神保健福祉士は、クライエントとその周囲の人が、その人らしく社会で健康的な生活を送ることができるように支援をする専門職です。精神保健福祉士の倫理綱領は、専門職としてのあり方について明記しており、クライエントの最善の社会復帰を目指すうえで欠かせない内容になります。
複雑化している現代社会と価値観の多様化により、綱領に遵守した倫理観と高い専門的価値をもつ精神保健福祉士の需要は、今後もますます高まっていくでしょう。
引用元サイト
日本精神医学ソーシャル・ワーカー協会 協会の概要
日本精神医学ソーシャル・ワーカー協会 精神保健福祉士の倫理綱領
桐原 尚之(2013) Y問題の歴史―PSWの倫理の糧にされていく過程―