【もっと知りたい!「ヘルスケア」のお仕事 vol.141】信頼関係を築き、解決のヒントを共に探すため、「病を診ずに人を診る」
「ヘルスケア業界」の多様な働き方を紹介する「もっと知りたい!ヘルスケアのお仕事」の企画。今回は「鍼灸師」の職業に焦点を当ててお届けします。
三重県四日市市で鍼灸院「はりきゅう処ここちめいど」を経営する鍼灸師、米倉まなさん。前回は鍼灸師となったきっかけについて伺いました。今回は鍼灸師となってから、また独立してから苦労したことをどう乗り越えたか、また鍼灸師という仕事の魅力についても伺います。
お話を伺ったのは
米倉まなさん
鍼灸師/「はりきゅう処ここちめいど」院長
10代から不登校、原因不明の体調不良を経験し、20歳頃からはうつ病、パニック障害、自律神経失調症、双極性障害を併発。投薬治療を始め8年が過ぎたころに鍼灸と出会い、1日30錠以上になっていた薬を断薬。なぜ自分に鍼灸が効いたのかを知りたいと考え、鍼灸専門学校に入学。国家資格取得後は整骨院・病院勤務を経験し、「まな鍼灸堂(2021年に「はりきゅう処ここちめいど」にリニューアル)」開院。自身の経験を元にメンタル鍼灸を掲げ、患者に寄り添った治療を行っている。
現在は東京有明医療大学所属の鍼灸師、松浦悠人先生と連携しながら、論文を発表するなど精神疾患と鍼灸の研究にも力を入れている。また精神疾患を診られる鍼灸師を全国に増やすべくオンラインサロン「ここちめいど」も主宰。
もっとお客さまと向き合いたい。1年3ヶ月で退職し、独立を決意
――鍼灸師として働きだした当初、どんなことを感じましたか?
鍼灸院ではなく、クリニックで働き始めたので、さまざまな症状の方がいらっしゃって、とても勉強になったと感じました。一方で、通ってくださる方の中には「女に鍼ができるのか」と仰る方がいて、それは大きな壁になりました。お医者さんなどもそうだと思いますが、鍼灸師も昔はほとんどが男性だったので、年配の方には不安だったのではないかと思います。
私が特別、そういった言葉を受けたかというとそうでもなくて、専門学校の同期でも同じような経験をしている女性の友人もいましたね。
――それはどのように乗り越えたのですか?
そうですね・・・。結局は、乗り越えられなかったのではないかと思います。同じような境遇の同期に気持ちを吐き出したりしながら、続けていました。ただその後、結局1年3ヶ月ほどでクリニックを辞めて独立することになったんです。当初は2院くらいを経験したいと思っていましたが、働いているうちに早めに独立するほうがいいのではないかと思うようになって。
独立すると私のところにわざわざ来て「女性は嫌だ」と仰る方はいないので、結果的に胸を張って働ける場所を自分で作ったということになるのかもしれません。
――なぜ早く独立したほうがいいと思ったのですか?
1つめの理由は、当時働いていたクリニックでは、1人の患者さんに対して鍼を打つ時間が1分くらいしかかけられず、症状が改善したかどうかも分からなかったからです。1分で鍼を打ち15分くらい電気を流して、鍼を抜いて終わりという、言い方は悪いですが、流れ作業のような感じだったので、もっと患者さん1人ひとりに向き合いたいという気持ちがありました。
もう1つの理由が、お客さまとの関係性を考えたときに、将来的に開業しようと考えているのであればクリニックに長く在籍すると迷惑をかけることになるかもしれないと思ったからです。
鍼は体のなかに打つものなので、この人になら打たれても大丈夫という関係性がとても大切です。せっかく信頼関係を築いても、職場を辞めるときにお客さまとは離れることになってしまうことは申し訳ないと思いましたし、私も里心が芽生えると辛い思いをするだろうなと思って。なるべく早く開業して、そこでお客さまとの関係性を築いていこうと思うようになり、2015年9月に開業しました。
――独立後は順調でしたか?
開業から3ヶ月後くらいには、バイトをしないといけないかもしれないと思うくらい、集客がうまくいかない時期もありました。そのころがちょうど年末だったので、とにかく人脈を広げようと、四日市市の主に医療関係の飲み会や忘年会を渡り歩いて、名刺を配って。おそらく14回ぐらいは忘年会に出たと思います(笑)。
そのうち、名刺を配っていたまつげサロンの方や美容室の方から、「美容鍼をうちのサロンでやらない?」と声をかけてもらうことがあり、治療院は週4日、あとの1日をサロンに出張して施術していました。そうしているうちに徐々にお客さまが増え、経営も安定していきました。
――現在は鍼灸院を精神疾患に特化されているとのことですが、何かきっかけがあったのですか?
いくつかのきっかけがありました。ひとつは2017年に統合医療の勉強会に参加した際に、精神疾患が鍼灸によって改善した私の経験をお話しさせてもらい、そのときに鍼灸師の先生からもっとその経験を発信したほうがいいと言われたこと。またメイプル名古屋さんというディーラーさんのウェブサイトに自分の経験が掲載されると、精神疾患を抱える鍼灸師さんなどから、「公表するなんて勇気がある」と大きな反響があったんです。
私としてはあまり大きなことだと捉えていなかったのですが、当時は隠したほうがいいと思っている人も多かったようで、私が公表することの意義を感じた瞬間でした。
また鍼灸師向けのオンラインサロンに在籍していたときに、それぞれのキャラクターを立てるという企画があり、精神疾患を持っていたことが私の強みなのではないかと思い始めたんです。このようなことが重なり、2018年くらいから精神疾患に特化していきました。
――実際に特化させてみて、いかがでしたか?
最初は特化させることに勇気がいりましたが、必要とされることも増えて、もっと早くそうしておけばよかったと思いましたね。県外から来院してくださる方も増え、日本各地で精神疾患にも対応できる鍼灸師をもっと増やしたいという思いから、2020年からメンタル鍼灸のオンラインサロンも主宰しています。
病だけではなく人を診る。何に困っているのか必ず聞く
――鍼灸師として心がけてきたのは、どんなことでしょうか?
病だけではなく人を診ることを心がけてきました。症状を改善することだけが私の仕事だとは思っていなくて、お客さまが何に困っているのかを具体的に聞くようにしています。例えばひとくちにうつ病と言っても、困りごとは人それぞれだと思うんです。仕事に行けなくて困っているのか、お金がないことに困っているのか、家族が悲しむ姿を見て困っているのか。
症状が改善したとしても、原因が別にあって、それがうつ病につながっていることもあるので、原因にアプローチしないとなかなか根本的な改善はできません。私が鍼灸師として原因を解決するのは難しいですが、ヒントなら提供できるかもしれないという思いで、お話を聴くようにしています。
――鍼灸師の仕事の魅力は?
自分の辛かった経験が、誰かのために活かせる仕事だと思っています。鍼灸師の仕事は、初めて会ったお客さまでも、奥深い話を聞けることがあるんです。私が過去に精神疾患を経験したことも、離婚をしたことも、同じような境遇のお客さまとの間に共感や連帯感を生むこともあります。また自分が経験していないことでも、自分の経験から、想像を広げて、痛みに寄り添うこともできるのではないかと思っています。
嫌だったことも悲しかったことも、これまでの経験が何ひとつ無駄じゃなかったと思える仕事だと思っています。
――今後の目標を教えてください。
少しずつ鍼灸と精神疾患の取り組みが広がっていっているので、それをもっと広げていきたいと思っています。いま目標としているのは、うつ病治療のガイドラインに鍼灸を掲載することです。ガイドラインに掲載されていないと、鍼灸を知らないお医者さんに患者さんが「鍼灸をやってもいいですか?」と相談したときに、許可がおりない可能性が高いからです。お客さまに安心して鍼灸を選んでもらうために、必要なことだと感じています。
ガイドラインに掲載されるためには、学会で論文を発表する必要があると考え、精神疾患を扱っている鍼灸師と連携しながら症例を集め、東京有明医療大学の松浦先生と共同発表で論文を1つ出すことができました。今後のさらなる研究のためには、症例を集める必要があり、そのために全国各地の鍼灸院で電子カルテを使えるよう、2024年5月には研究費を募るためのクラウドファンディングを行う予定です。
精神疾患に悩んでいる方に鍼灸を知ってもらい、選択肢の1つに入れてもらえるよう、これからも活動をしていきたいと思います。
米倉さん流!精神疾患特化の鍼灸師として活躍するための極意
1.お客さまとの信頼関係が築けるよう早めに独立し、自分の力が活かせる職場を自ら作った
2.症状を改善するだけでなくお客さまの困りごとを聞き、解決のヒントを共に探す
お話の端々からお客さまの力になりたいという思いがあふれていた米倉さん。1人ひとりに真摯に向き合い、「メンタル鍼灸」を一歩ずつ着実に広げている米倉さんから大きな刺激をもらった取材となりました。